第1119回・ホテルおとわ(旧音羽屋旅館)

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ホテルおとわは、山形県米沢市のJR米沢駅前にあるビジネスホテル。
昭和初期に建てられた木造三階建の旧館は、今では極めて希少となった「駅前旅館」の佇まいを残している。国登録有形文化財。

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昭和中期ごろまでは全国各地の駅前には「駅前旅館」と呼ばれる商人宿があった。そのほとんどがビジネスホテルに取って代わられた現代において、当時の建物が今も現役で使われているのは極めて珍しい。

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かつての名称は「音羽屋旅館」で、奥羽線開通に伴い明治31年(1898)に開業したという老舗である。

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現在は隣接してレストランも併設した鉄筋コンクリート造の新館があり、経営形態は現代的なビジネスホテルとなっているが、旧館は客室として現役である。

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旧館の建物は大正末期に計画され、昭和2年(1927)に着工、10年後の昭和12年(1937)に竣工した。
当時は現在新館が建っている場所に元々の旧館があり、(当時の)新館として建てられたようだ。

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窓枠や建具に彩色を施し、洋風のアーチ窓や和風の花頭窓が並ぶ竜宮城のような派手な外観。

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客室も床の間周りに螺鈿細工を施すなど、趣向を凝らした座敷があり著名人の宿泊も多い。

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屋根には鯱を載せる。

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一度は泊まってみたい宿のひとつである。
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第1118回・旧赤穂村役場庁舎(駒ヶ根市郷土館)

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長野県駒ヶ根市赤穂の大沼湖畔にある駒ヶ根市郷土館は、大正11年(1922)に、同市の前身のひとつである赤穂(あかほ)村役場庁舎として建てられた。設計は地元出身の建築家である伊藤文四郎による。昭和46年(1971)に現在地に正面部分が移築され、郷土館として保存・公開されている。駒ヶ根市指定有形文化財。

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郷土館内に展示されている竣工当時の写真。当時の村役場庁舎としては非常に先進的かつ豪華な建物である。当時の村の総予算が19万円余であったのに対し、工費は約5万4千円であったという。

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正面全景。かつてはロの字形平面を持つ広大な庁舎であったが、現在は正面部分のみが移築保存されている。正面中央に時計塔を載せた二階家を据え、その両脇から背面(現存しない)にかけて平屋建の棟が広がる構成は、米国で伝統的に用いられたパラディア二ズムを採りいれており、日本の官公庁舎では非常に珍しいとされる。

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地元の大工棟梁や役場の技術者ではなく、建築家に設計を依頼するというのは当時の村役場庁舎としては異例なものであった。これは当時赤穂村村長であった福沢泰江が全国町村会会長や内閣参与を務めており、中央との人脈があったことが背景として考えられる。

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設計者の伊藤文四郎は米国で建築を学び、大正12年に東京・丸の内に竣工した日本郵船ビルの建設工事に際しては、設計者である曾禰中條建築事務所、施工者である米国フラー社とは別に、施主側の利害を代弁する建築家として参画することで建築界の注目を浴びた。赤穂村役場庁舎は、丁度郵船ビル建設工事の最中である大正11年に竣工している。

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背面にある半円形の階段室張り出し部分。
かつては中庭になっていたが、先述のとおり背面部分は移築に際し除却されている。

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正面には3つの玄関が配されており、両翼に設けられた玄関は木製の円柱に半円アーチを載せる。

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正面玄関には御影石の石柱を立てた堂々としたポーチを張り出す。

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現在の郷土館の玄関は、正面向かって右側の玄関に設けられている。

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正面玄関は貴賓専用として使われていたものと思われる。
現在はくぐることは出来るが、ここから郷土館に入ることは出来ない。

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館内から望む正面玄関。

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正面玄関の突き当りには、半円形に張り出す広場を備えた階段室が配されており、二階の正庁(重要な式典などの時のみ使用された部屋)に続いている。

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廊下。突き当りの扉は旧事務室。

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カウンターを備えた旧事務室内部。かつては現在の倍以上の広さがあり、村役場としての機能の大半がここにあったものと思われる。

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カウンターの外側は役場を訪れる住民の待合場所で、当時は公衆溜と称されていた。

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円柱の柱頭にも洋風建築として装飾が施されている。

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旧事務室には重厚な木製の付柱と漆喰装飾が施された一角があるが、これは除却された背後の会議室より、正面の装飾のみ旧事務室へ移設したものである。

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郷土館内に展示されている旧会議室の古写真。村会(のち町議会、市議会)の議場として使われていたものと思われる。写真の左奥に現存する部分が写っている。おそらく演壇としてこの部分のみ重厚な装飾が施されたものと思われる。

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二階は正庁1室のみとなっている。
正庁は庁舎内で最も格式の高い部屋として戦前の道府県庁舎あるいは市庁舎では必ず設けられているが、町村役場でこのような正庁を備えているものは非常に珍しいと思われる。

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正庁正面に配されたパラディアン・ウインドウ。

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地方自治確立に力を注いだ村長・福沢泰江と米国帰りの設計者・伊藤文四郎の意気込みが伝わる建物である。

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竣工から約半世紀にわたり赤穂村役場、赤穂町役場、駒ヶ根市役所として使用された。昭和46年(1971)に新市庁舎が新築されることに伴い正面部分が現在地に移築され、現在に至るまで郷土資料館として活用されている。

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移築後の昭和51年(1976)、駒ヶ根市の有形文化財に指定された。

(参考)「長野県史美術建築資料編」抜粋資料 (来館者配布用資料)

しばらくお休みします

いつも弊ブログをご訪問頂きありがとうございます。
いつもご訪問頂く皆様には申し訳ありませんが、仕事の関係であと1週間ほど更新をお休みします。
引き続き弊ブログをどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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結局9月の見学会に行ってきた多度津町の合田邸。(また記事にします)

第1117回・旧紳士服トラヤ(旧山陰道産業(株)社屋)

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島根県松江市東本町にある旧紳士服トラヤの店舗であった建物は、昭和7年(1932)に、当時大陸貿易を促進するために設立された山陰道産業株式会社の社屋として建てられた。スクラッチタイル張りの洋風建築で角に設けられた窓の装飾が特徴。以前紹介した出雲ビルと同様、平成29年(2017)に松江市の登録歴史的建造物として認定されている。

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松江市東本町2丁目、飲食店が軒を連ねる一角に建っている。

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鉄骨造 一部木造2階建で、瓦屋根の部分は後年の増築と思われる。

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設計は、島根県仁多郡奥出雲町にある国の登録有形文化財で、大正12年に建てられた横田相愛教会(旧救世軍会館)を手掛けた成田光次郎による。

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建物は大橋川に面した南東側までの一区画分を占め、異なる意匠の南東側(写真の左奥)は一見すると別の建物に見える。

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この建物を最も特徴づけているのが、北東の正面角に設けられたアールデコ調の飾窓と、その間に配されたレリーフ。

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来待石(松江市宍道町来待地区で産出される凝灰質砂岩)製のレリーフが全部で8枚縦に並び、それぞれブドウ・ヤギ・サル・子供などをモチーフとしたデザインが施されている。

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8枚のレリーフをそれぞれ拡大。

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現在は大橋川に面した南東側が店舗として使われているようだが、北東側は空家の様子。

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平成29年(2017)に松江市が導入した登録歴史的建造物認定制度に基づき、第2号建造物として認定された。今後の活用に期待したいところである。

第1116回・堀家時計店

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香川県丸亀市西平山町にある堀家時計店は、木造二階建て、モルタル塗で石造風に仕上げたファサードを持つ看板建築である。もとは医院で、細部に施された精緻な装飾が美しい洋風建築である。国登録有形文化財。

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JR丸亀駅の北東、北口から歩いてすぐの位置に建っている。

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昭和初期の創建とされるが、丸亀市の西隣にある多度津町に同時期に建てられた山本医院と似た正面外観を持つ。

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洋館風に造られているのは正面外壁だけで、建物本体は木造瓦葺の和風建築である。(先述の多度津町の山本医院の斜め向かいに建つ旧楽天堂病院と同じようなタイプの建物である)

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石造風に仕上げられた正面外壁には、モルタル(もしくは人造石)によると思われる精緻な装飾が施されている。

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大正期の洋館の細部装飾に多く見られる、バラの花の意匠。

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所有者が大切に手入れをされているためだと思われるが、各装飾の保存状態は非常によい。

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正面アーチの上部には微かに右書きで「・・・院」の文字が見え、かつては医院であったことがわかる。

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正面玄関の開口部には、柱頭飾りを持つ円柱で支えられた扁平アーチが載る。

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玄関脇の腰壁には登録有形文化財のプレートが埋め込まれている。
これからも何とか保存して頂きたい。

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東京都心や関東近郊に多い「看板建築」であるが、西日本では少し珍しい。

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街中にひっそりと建つ名建築である。
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