第1068回・旧中江種造別邸(豊岡カトリック教会)

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旧中江種造別邸は、兵庫県豊岡市妙楽寺にある大正期の洋風邸宅。豊岡出身の鉱業家である中江種造の別邸として、大正11年(1922)に建てられた。現在は豊岡カトリック教会として使われている。

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別邸として建てられたためか、豊岡市の市街地から少し離れた郊外に建っている。周囲を濠で囲い、その内側に石垣と土塀で囲まれた宅地がある。

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門を入ると、洋館がまず目に入る。
キリスト教会となった現在も、敷地全体が別邸当時の佇まいをよく残しているようだ。

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敷地内には洋館と土蔵、洋館に付属する日本家屋があるが、洋館と土蔵が特に創建当初の姿をよく残しているものと思われる。また、広大な日本庭園も残されている。

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但馬国豊岡藩(現兵庫県豊岡市)に生まれた中江種造(1846~1931)は、幕末には豊岡藩士として動乱の時期を過ごす傍ら火砲技術や理化学を学び、明治維新後は鉱山技術者として新政府に雇われたフランス人技師コワニェと共に生野銀山の再興に努める。

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その後上京、古河市兵衛の顧問技師として栃木県の足尾銅山などの経営に当たり、古河財閥を礎を築く。その後古河家を辞して鉱業家として独立、全国各地の鉱山の買収・経営に加えて山林経営にも手を出し「鉱山王」「山林王」と称された。

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中江種造は故郷・豊岡における産業振興や人材育成にも力を注ぎ、大正10年(1921)には豊岡町の上水道建設費を全額寄付している。現在も豊岡市の中心街には銅像が建っている。

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現在も残る別邸の建物は、上水道敷設とほぼ同時期に当たる大正11年(1922)に竣工し、中江種造が故郷に戻ったときに過ごすための場であった。昭和25年(1950)、建物・土地ともに中江家より豊岡市に譲渡され、翌年に豊岡カトリック教会が購入し、現在に至る。

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設計は不詳、施工は戦前の関西における大手建設請負業者のひとつであった大阪橋本組(今はない)による。洋館は木造二階建てで赤い瓦葺きの屋根を載せ、外壁は2種類のタイルを貼って仕上げられている。

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玄関ホールのアーチ窓上部に穿たれた小窓には、ステンドグラスが嵌め込まれている。

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内部は一階を洋室、二階を日本座敷とする和洋折衷の造りとなっているが、現在でも旧態がよく保存されているようだ。

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兵庫県には、明治から昭和戦前にかけて建てられた質の高い和洋の邸宅が数多く残されているが、いずれも南東部の神戸市や西宮市、芦屋市など、阪神間と称される地域に集中している。北部の但馬地方でこのような洋風の邸宅は、極めて珍しい存在と思われる。
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第1060回・関西学院大学

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兵庫県西宮市上ヶ原にある関西(かんせい)学院大学の上ヶ原キャンパスは、米国人建築家・ヴォーリズの設計により昭和4年(1929)に造成された。スパニッシュ・ミッションスタイルで統一された一連の建築群は、増改築を経た現在も当初の雰囲気を損なうことなく受け継がれている。

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旧図書館前の芝生広場から望む上ヶ原キャンパスの眺め。時計台のある旧図書館を中心に、各学部の教室棟や講堂が芝生広場を囲む形で建ち並んでいる。そのうち旧図書館は国の登録有形文化財となっている。

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関西学院は、明治22年(1889)に米国南メソジスト監督教会から派遣された宣教師 W. R. ランバスによって開設された神学校併設の旧制中学校に始まる。開学当初の敷地は、当時神戸の郊外であった原田村(現在の神戸市立王子動物園の敷地)にあり、約40年に亘って使用された。写真は昭和4年竣工当時の図書館。

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現在の旧図書館全景。昭和30年(1955)に両翼が増築され、現在の姿となった。屋根が二重に見えるのは、背後に新図書館が建てられたためである。

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旧図書館の前には、正面向かって右側に文学部棟、左側には経済学部棟が建っている。
写真の建物は文学部棟。

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文学部棟玄関。

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反対側に建っている経済学部棟の玄関。
経済学部棟も文学部とほぼ同一規模、意匠であるが、玄関周りにはそれぞれ異なる造形が施されている。

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文学部に隣接して建つ神学部棟。文学部や経済学部棟に比べると小規模で、同じヴォーリズ設計による京都の旧駒井家住宅などを思わせる住宅風の佇まい。

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神学部玄関。
芝生広場を取り巻くこれらの一連の建物は、昭和4~9年頃にかけて整備された。

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正門の近く、芝生広場からは少し離れた位置に建っている学院本館。各学部棟と異なり、玄関ポーチを大きく前に張り出した外観が特徴。昭和11年(1936)竣工。

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学院本館の向かい側に建つランバス記念礼拝堂。昭和34年(1959)に創立70周年を記念して建てられた。(設計:日建設計)戦後の建物であるが、周囲の環境に調和した様式建築である。

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礼拝堂入口。
入口周りの装飾はスパニッシュミッションというよりはロマネスク調に見える。

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建て替えられたものの、旧建築の意匠をある程度踏襲してキャンパスの雰囲気を壊さないよう配慮した建物もある。芝生広場に面して建っている中央講堂は、創立125周年を記念して平成26年(2014)に竣工した。正面玄関周りは昭和4年竣工の旧中央講堂の意匠がほぼ忠実に再現されている。

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平成9年(1997)、旧図書館は背面に新築された新図書館の竣工により、その役目を終えた。現在は内部を改修して関西学院大学博物館として一般に公開されている。

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モザイクタイル貼りの小ドームを戴く時計台の尖塔の上には、同学院のシンボルである三日月を冠した十字架がある。

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旧図書館玄関。

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玄関ポーチの天井には、ヴォーリズ建築でよく見られるアラベスク文様が施されている。

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1階玄関ホール。床のモザイクタイルや石造りの階段など、昭和4年竣工当初からの内装を見ることができる。

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受付の小窓。

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階段側から玄関を望む。

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階段を登って2階の展示室に向かう。

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1階よりも天井がずっと高い2階。
なお、本記事のはじめに紹介した創建当初の旧図書館の写真は、展示物の一部を撮ったものであることを申し添えておく。

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二度目の務めとなった現在も時計台のある建物として、旧図書館は関西学院のシンボル的存在となっている。

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(弊ブログ内関連記事)
神戸文学館(旧原田キャンパス時代の礼拝堂)

第1042回・城崎温泉橋梁群

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前回記事でも紹介した兵庫県豊岡市の城崎温泉は、大正14年(1925)の北但大震災で焼け野原と化したが、時の町長・西村佐兵衛によって立ちあげられた復興計画に基づき、現在も残る城崎温泉の街並みが築かれた。温泉街の真ん中を流れる大谿川にはこのとき架けられた5つの橋が残されており、国の登録有形文化財となっている。

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震災前の大谿川は大雨の度に洪水を起こしていたことから、復興に際しては治水対策も同時に行われた。川幅を広げると同時に両岸の嵩上げが行われ、その上に側壁が設けられた。そのため新たに架けられた橋は、いずれも弓形の太鼓橋となっている。

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鉄筋コンクリート造の5つの橋はいずれも、温泉街の風景との調和を意識した和風の意匠が施された。また、川の両岸には城崎で産出される玄武岩で護岸を築き、柳の木を植えるなど、風情ある温泉街を甦らせるため、景観も十分考慮した復興事業であることは特筆に値すると思われる。

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川の両岸に広がる旅館街は、前回記事で紹介したゆとうや旅館や、三木屋、西村屋(町長・西村佐兵衛は西村屋の4代目館主である)など、木造での再建であったが町の要所には防火対策も兼ねた鉄筋コンクリート造の共同浴場(外湯)や公共建築が建てられた。

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ゆとうや旅館の対岸にある、城崎温泉のシンボルである外湯のひとつ「一の湯」は、歌舞伎座を手掛けた岡田信一郎の設計により、鉄筋コンクリート造の和風建築として再建された。残念ながら現在の建物は当時からのものではなく、平成10年に旧建物の外観イメージを継承(忠実な再現ではない)する形で改築されたものである。

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ゆとうや旅館と一の湯の間に架かる王橋は、昭和2年(1927)の竣工。架橋当初の名称は「玉橋」であったが、昭和30年代に川は濁らないほうがよいとの理由から点が除かれ、「王橋」に改められた。

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御影石で造られた高欄や親柱にブロンズ製の装飾を施した、城崎温泉の橋梁群の中でもとりわけ重厚で豪華な橋である。

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王橋は後年に車両通行のため拡幅されており、当初はもっと幅の狭い橋であったようであるが、高欄や親柱は架橋当初から変わらない姿を残している。

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震災復興で架けられた5つの橋梁のうち、最も上流に架かる王橋を除く4橋は弓形の統一されたデザインの太鼓橋となっている。写真は王橋のすぐ下流に架かる愛宕橋。

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親柱には石燈籠風の照明燈を載せ、周囲に4つの擬宝珠を飾る。

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愛宕橋の次に架かる柳湯橋。橋の名前はたもとにある外湯「柳湯」に因む。
残る2橋(桃島橋・辨天橋)も含め、規模は多少異なるが同じデザインで統一されている。

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架橋当時は太鼓橋とすることについて、人力車が通れなくなると反対する町民も居たという。現在では、歩行者しか通れない4つの太鼓橋は温泉客の格好の休憩場所となっている。(王橋も拡幅前はこのような形状だったのかも知れない)

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愛宕橋の親柱には登録文化財であることを示すプレートが取り付けられている。
現在からしても画期的な震災復興計画の遺構である5つの橋梁は、平成27年(2015)に国の登録有形文化財に認定された。

第1041回・ゆとうや旅館

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ゆとうや旅館は、兵庫県豊岡市の城崎温泉にある元禄元年(1688)創業の老舗旅館。温泉街の中心に位置しており、城崎温泉のシンボルである外場の「一の湯」と向かい合って建っている。皇族の宿所にも充てられた写真の別館「詠帰亭」を始め、昭和初期から中期にかけて建てられた6件が国の登録有形文化財となっている。

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ゆとうやは元々は「油筒屋」と称し、徳島の蜂須賀家など大名家の逗留先として利用されていたほか、明治以降は島崎藤村や与謝野晶子など文人にも利用された。戦後は昭和天皇が宿泊されるなど、城崎温泉における皇室御用達の宿となっている。

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城崎に壊滅的な被害を与えた大正14年(1925)の北但大震災により、建物は全て倒壊焼失するが、城崎町長も務めた12代目当主・西村六左衛門は直ちに再建に着手、約10年がかりで復興を果たしている。現在残る建物はこのとき建てられたものにその後増改築を施したものである。

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正門は震災後最初に完成したもので、大正15年(1926)の竣工。両袖の塀とともに登録有形文化財。門柱に玉石を埋め込んだ特異な意匠は、当主の西村六左衛門の考案による。

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正門をくぐり、植え込みの左手に現れるのが唐破風付きの玄関を備えた貴賓専用の別館「詠帰亭」。棟続きの「扶老亭」とともに昭和3年(1928)に再建された。共に登録有形文化財である。

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「詠帰亭」「扶老亭」は皇族など貴賓専用の別館として使われており、一般向けの客室としては使用されていない。

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「詠帰亭」とは植え込みを挟んで向かい合って建つ木造三階建ての本館。一般の宿泊客はここから入る。昭和初期の再建と思われるが改装が加えられており、鉄筋コンクリート造りの玄関ポーチなど、戦前よりは昭和30~40年代の雰囲気が漂う造りの建物である。

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客室の縁側から望む土蔵。昭和7年(1932)に再建された。これも登録有形文化財。

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昭和中期(20年代~30年代)に造られた渡り廊下。松竹梅紋様の飾り窓などが特徴で、館内の登録文化財となっている建物の中では最も新しい。

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本館から望む渡り廊下及び付属の休憩所、そしてその内部。
ハチの巣のような意匠を有するコンクリートの格子壁が目を引く。

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敷地奥にある、登録文化財の客室棟2棟のうちのひとつである「雲生亭」の階段室。昭和初期の旅館の雰囲気をよく残している、

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すぐ前を流れている大谿川(おおたにがわ)からやって来たのか、客室棟の廊下の壁をサワガ二と思しき小さなカニが這っていた。

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北但大震災後から復興を果たした城崎温泉の街並みは現在に受け継がれており、ゆとうや旅館と同様に、昭和初期の建物を現在も使い続けている旅館も多い。志賀直哉が贔屓にしていたことでも知られる写真の三木屋もそのうちの1件で、城崎では最初に登録文化財の認定を受けた旅館である。

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三木屋の近くにあり、同じく登録文化財となっている西村屋。昭和初期に建てられた本館大広間棟のほか、数寄屋建築の大家である平田雅哉(1900~1980)の設計施工によって昭和35年(1960)に建てられた特別室や別館が登録文化財になっている。

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ゆとうや旅館と同様に堂々とした門と塀を構え、高級感ある佇まいの西村屋。

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城崎温泉では、ゆとうや旅館、三木屋、西村屋のほかにも、昭和初期から中期にかけて建てられた旅館や、川に架かる震災復興事業で架けられた橋梁も登録文化財になっており、昭和情緒が色濃く残る街並みの保全が図られている。

第1014回・旧龍野醤油同業組合事務所

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兵庫県たつの市龍野町上霞城にある旧龍野醤油同業組合事務所の建物は、大正13年(1924)に建てられた木造洋風建築。煉瓦タイル張りのモダンな洋風建築は前回記事で紹介した旧菊一醤油本社(うすくち龍野醤油資料館)と共に、城下町の風情を残す龍野の旧市街に異彩を添えている。国登録有形文化財。

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龍野の旧市街の中心地、旧龍野城址のすぐ近くに位置して建っている旧龍野醤油同業組合事務所。平成27年までうすくち龍野醤油資料館の別館として使われていたが、現在は閉鎖されている。建物は現在たつの市が所有しており、新たな用途を得て復活する日を待つ状態にある。

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大正5年(1916)頃の龍野醤油醸造同業組合(当時)。現在と同じ位置にあり、明治32年(1899)に旧龍野町役場庁舎を移築、大正13年まで使用された。(本記事の古写真は全てうすくち龍野醤油資料館の展示写真より)

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竣工間もない頃の旧龍野醤油同業組合事務所。
大正12年(1923)の摂政宮(のちの昭和天皇)の御成婚を受け、記念事業として改築が決議された。翌大正13年に木造2階建て、煉瓦タイル張りの新組合事務所が竣工した。

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角の玄関周りの外壁仕上げが一部タイル張りに改変された以外は、現在も竣工当初と殆ど変っていない。

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旧事務所に隣接して建つ旧龍野醤油同業組合醸造工場。旧組合事務所の建物が移築された明治32年(1899)以前からあったと考えられている。組合試験場での試験醸造や、組合員に販売する醤油や麹を製造していた。

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現在もほぼ変わらない姿で建つ旧醸造工場。旧事務所と同様に現在はたつの市が所有しており、国の登録有形文化財となっている。

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モダンな洋風建築の新事務所は当時の龍野では非常に珍しく、人目を引いたものと思われる。内部には事務所のほか、恒温室などが設けられ、醸造試験場としての機能も備えていた。

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2階にはホールが設けられ、組合の会議や全国大会の会場として使用されたほか、音楽会などの文化的な催しの会場としても使用されていた。

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昭和48年(1973)まで組合事務所として使用されていたが、事務所が龍野協同醤油㈱に移転したためその役目を終えた。その後、昭和59年(1984)には先述のとおり、うすくち龍野醤油資料館の別館として再利用されることとなった。

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平成27年(2015)に二度目の務めも終え、現在は再び眠りに就いている。
ところで、写真の右端に写っている銅像は先代事務所の頃からあったもので、旧醸造工場と共に現在も変わらない姿を残している。

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敷地を囲うモルタル仕上げの塀はアーチを連ね、旧事務所の2階窓と対応したようなデザインとなっている。
背後に写っているのは旧醸造工場。

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角に設けられた玄関ポーチ。
竣工当初の古写真を見ると、かつてはアーチの上部の角に門燈が付いていた。

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玄関部分の外壁のみ明らかに改変されており、竣工当初とは異なる形になっている。

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柱の上部に施された植物模様のレリーフはアールヌーボー風の意匠である。

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龍野の旧市街の中心に位置しており、旧事務所・旧醸造工場共々、龍野観光の拠点となりうるのでないだろうか。再生される日が待たれる。
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現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

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