第476回・旧聖園マリア園天使館

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以前取り上げた秋田県の旧小坂鉱山に建っているこの洋館は、昭和7年(1932)に建てられた幼稚園舎である。
聖園マリア園の園舎として建てられ、現在は旧鉱山事務所康楽館とともに保存・一般公開されている。

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聖園マリア園は聖心愛子会が小坂鉱山の協力を得て、鉱山従業員の子弟の保育を目的に昭和6年に設立された。
園舎として建てられたこの洋館は、昭和7年から平成4年まで使用されていた。

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平成4年に聖園マリア園は他所に移転、残った園舎は小坂町によって旧鉱山事務所、康楽館等と共に近代化遺産として整備・修復される。

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平成15年には国登録有形文化財となっている。

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現在は旧鉱山事務所・康楽館と共に小坂町の観光名所となっている。

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旧聖園マリア園は旧小坂鉱山病院の向かいに建てられた。即ち現在の旧鉱山事務所の向かいである。

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上げ下げ窓。

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木造平屋建、下見板張りペンキ塗りの外壁。

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下見板張りペンキ塗りの外壁は、明治から昭和初期までに全国各地に建てられた洋館の中でも最も多く見られた外壁仕上げ。

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玄関上部の破風には、モルタル仕上げで園のマークのようなものがある。

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十字架と白い鳥に「マリア園」「小」は小坂町の小か。
素朴な手作り感が漂う。

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用途は変わったが、周囲には花が植えられ美しく整備されている。
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第448回・旧小坂鉱山事務所

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前回取り上げた康楽館に隣接した場所にある旧小坂鉱山事務所。
大規模な木造三階建ての洋館は、当時日本一の産出量を誇った鉱山の事務所にふさわしい風格を備える。康楽館と共に平成13年、国の指定重要文化財に指定。

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康楽館と異なり、この建物は本来別の場所に建っていた。
現在地からやや北にある、小坂鉱山選鉱所の構内に明治38年(1905)に建てられた。以後施設の増改築で事務所が移転する平成9年まで90年以上にわたり使用された。門柱も旧所在地から移築されている。六角形の守衛所は復元。

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正面全景。
この建物が建っている場所は、かつての小坂鉱山病院跡である。鉱山事務所や康楽館と同様華麗な明治の洋風建築であったそうだが、第二次大戦後、失火で一部を残して焼失してしまった。

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焼失を免れ、今も健在である旧小坂鉱山病院の遺構。別棟になった霊安室のみが残る。

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現在小坂鉱山では、鉱石の採掘こそ行っていないが、長年培った製錬技術を活かして家電製品や携帯電話に含まれる貴金属回収等の事業を行っている。そのため施設の増改築の必要が生じた。このとき増築に伴い撤去された煉瓦造の壁面の一部は、旧鉱山事務所と共に保存されている。

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平成9年に小坂町へ譲渡され、平成13年に移築復原工事が竣工した。
現在は小坂鉱山の歴史を伝える文化施設・観光施設として公開されている。

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正面から見ると3階建てだが、旧所在地では山の斜面に建っていたので、背面及び側面の一部は2階建になっている。
現在地でも、敷地を造成して旧所在地の地形を再現している。

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旧所在地では、事務所の正面に広くもない道を隔てて、煉瓦造の精錬工場があったため、事務所の建物は正面全景を見渡すことはできなかった。写真のアングルは現在地に移築されて初めて得られたものである。

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明治末期で、東京や大阪でも一企業がこれだけ規模の大きな事務所を構えることは稀であったと思われる。
それだけに小坂鉱山の当時の繁栄が偲ばれる。

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同じ大きさ、形状の窓が三層にわたって均等に並ぶ。

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装飾的要素は玄関まわりに設けられたベランダに凝縮されている。

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ベランダ周りのみ、切紙細工のような装飾などアメリカの木造建築によく見られるスタイルが用いられている。

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正面玄関。

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玄関を入るとすぐ大きな円形の螺旋階段が現れる。

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螺旋階段は3層を貫いている。

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3階から見た螺旋階段。内部ではここが最大の見どころ。

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内側からみるベランダも美しい。藤田組の「藤田」をフジの花と、「田」の文字を表す透かし彫り装飾で表現している。

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少し離れた先に、康楽館の銅版葺屋根が見える。

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螺旋階段親柱の照明燈。

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旧鉱山事務所と康楽館は創建当初、杉の厚い板で屋根を葺いていた。
現在は旧鉱山事務所のベランダ部分の屋根のみ、当時の屋根材で復原されている。

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内部は螺旋階段を除けば、実用重視の簡素な造りになっている。

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ロの字型平面で、中庭を有する。

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中庭に面した部分は硝子戸を全面に建てこんでおり、外壁とは異なり開放的な造り。

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中庭窓下の装飾のためにくり抜かれた部分は、室内表示板として再利用されていた。

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3階にある、幹部等限られた社員しか入ることのできなかった旧所長室。とはいえ広いだけで、他の部屋と造りに差はなく簡素なことに変わりはない。

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非常に珍しい、明治時代の大規模事務所ビルである。

第447回・康楽館

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秋田県鹿角郡小坂町にある康楽館は、旧小坂鉱山の従業員のための慰安施設として、明治43年(1910)に建てられた劇場(芝居小屋)である。国指定重要文化財。

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この地にはかつて、大阪に本拠を持つ藤田組(のちの同和鉱業㈱、現・DOWAホールディングス㈱)が経営する小坂鉱山があり、この建物が建てられた明治末期には日本有数の鉱山として空前の繁栄を見せていた。

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最盛期には、秋田県下で秋田市に次ぐ人口を誇ったとも言われるこの町に、鉱山労働者とその家族へ娯楽を提供するための施設として建ったのが康楽館である。

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正面は洋風劇場の外観を有するが、内部は伝統的な芝居小屋の間取りである。
昭和に入ると映画館としても使用され、昭和45年に閉鎖されるまで使用される。その後昭和60年に小坂町が取得、修復後再開館、現在は歌舞伎や大衆演劇が演じられ、観光名所として人気がある。

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側面。ペンキ塗りの洋館の外観は正面だけであることが分かる。
屋根は現在銅版葺きだが、かつては杉板で葺かれていた。

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正面の華やかな外観とは全く異なる趣の側面。

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屋根の上に載る換気塔。

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正面中央には切符売り場、その両脇に入口を配する。

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内部。天井がペンキ塗りの洋風格天井である点を除けば、江戸時代以来続く伝統的な芝居小屋の造りである。
なお開館当初からこの劇場は自家発電により電気を灯していた。明治末期の東北の山間部において、電気が通っていた場所は小坂町ぐらいであったと思われる。

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舞台から花道を望む。

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舞台の下にある回り舞台の装置。上演期間でなければ、このような設備も含めて見学が可能である。

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看板の下の細長い窓は、日中に上演するときの明り取り用の窓であった。

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旧小坂鉱山の歴史的建造物として知られるのは、康楽館と共に旧鉱山事務所が知られている。
次回紹介させて頂きたい。

第413回・十和田ホテル本館

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秋田県と青森県の境にある十和田湖のほとりに建つ十和田ホテル本館は、昭和13年(1928)竣工の木造3階建。
国登録有形文化財。

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十和田湖から望む十和田ホテル遠景。
右側が昭和13年竣工の本館、左側が平成10年に戦後の増築部を撤去、改築した新館。

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十和田ホテルは、昭和15年の開催が決定した東京五輪を前に、外国人観光客用のホテルとして秋田県により昭和11年着工、2年後の13年に建物が竣工するが同年政府は五輪開催権返上を決定する。翌14年より営業を開始するものの、間もなく戦時下に入り営業を休止する。

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ホテル館内に飾られていた開業時の古写真。
設計は日本大学工学部土木建築科教授の長倉謙介による。

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東京五輪中止により、開業当初は本来の目的を果たすことは殆ど無く、結局この建物に多くの外国人が訪れることになった最初の機会は、敗戦後の米軍接収時であったと思われる。

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接収解除後は昭和天皇の宿泊所に充てられたほか、秋田県における迎賓館として内外の要人を迎えている。

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平成10年、新館の改築と同時に本館も大規模な改修工事が行われ現在に至る。

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半分に割った丸太を縦に並べて貼りつけた壁面が外観の特徴。

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欧米の山荘風と日本の民家風を融合させたような外観。

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玄関ポーチ。
新館に新しい玄関ができたため、こちらは現在玄関として使われていないが、出入りは可能。

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玄関ポーチも太い丸太を組み上げた豪快なもの。

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旧玄関の扉。欄間には組子細工が施されている。

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旧玄関を入ると技巧を凝らした数々の意匠が目に入る。

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土間の床には、十和田湖の湖底から採取した石が敷き詰められている。

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十和田ホテル内部の最大の見どころは、旧玄関ロビーの二層吹き抜け部分。

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十和田ホテルの建設に際しては地元の秋田杉をふんだんに使い、秋田・青森・岩手3県から宮大工80名を集め技術を競わせたという。この吹き抜けはそれらの要素が凝縮されたような空間である。

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2階より吹き抜けを見下ろす。

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2階吹き抜けに面したギャラリー。現在は図書室となっている。

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かつては吹き抜けの奥にフロントがあった。その名残を残す大金庫。

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金庫のすぐとなりが階段室。

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一階から階段室を見上げる。

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手摺や親柱に太い丸太を用いた階段室も見どころのひとつ。

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木組みの豪快さを見せる階段としては、長崎県が雲仙に設置した雲仙観光ホテルの階段を連想させる。

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数寄屋風の階段室天井。

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各客室の扉も部屋毎に意匠を変えている。
新築かと思われるほどきれいになっているが、建物自体は内外共に旧状を残している。

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客室床の間の一例。客室もそれぞれ意匠が異なる。
外国人用ホテルとして建設された割には、本館客室は全て床の間付きの座敷になっている。

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「秋田杉の館」として現在も多くの宿泊客を迎えている。

第125回・旧秋田銀行本店

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明治45年(1912)に現在も秋田県の地方銀行として盛業中である秋田銀行の本店として、3年の工期をかけて竣工した。設計・山口直昭、内装設計・星野男三郎。現存する戦前の地方銀行の本店建築の中でも屈指の豪華さを誇る。国指定重要文化財。

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煉瓦造だが、1階部分は白色化粧煉瓦を貼り上下で赤白2色に分けた外観が特徴的。

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ツートンカラーの外壁と並んで特徴的なのは、正面両端の円筒形に張り出した城郭風の外壁。

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円筒部分頂部の飾り。

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屋根の棟飾り。

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秋田県を代表する近代洋風建築と言える。

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袖塀と通用門。

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同上、内側から見る。

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通用門を入った奥にある書庫。昭和に入ってからの増築。
煉瓦タイルを貼った鉄筋コンクリート造。

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現在は秋田市の所有で「赤れんが郷土館」として公開されている。

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営業室内部。
華麗な外観が抱かせる期待を裏切らない、すばらしい空間。

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玄関内側上部の石膏飾り。

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営業室の客溜。
カウンター及び腰壁には緑色の蛇紋岩を貼った非常に贅沢な造り。

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至る所に見事な石膏装飾が施されている。

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客溜にあるラジエーター。円形のものは珍しい。

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営業室内部には暖炉がある。

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営業室の奥にある頭取室の暖炉。

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2階への階段。階段は白大理石でできている。

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階段手摺。これは明治45年当初からのものではない。もとは金属製の装飾豊かな手摺があったらしい。
もとの手摺は戦時中の金属供出で取り外されたため、現在の木製手摺は昭和10年代のものと思われる。
営業室のギャラリーやカウンターも本来は全て金属製で、創建当初はもっと装飾的で華麗な空間だった。

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階段室天井。

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2階からみた階段室。

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2階には貴賓室がある。
蛇紋岩を贅沢に使った暖炉。

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同上、暖炉正面アップ。

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貴賓室天井。

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現存する同時期の銀行建築と比較しても、その豪華さは際立っている。
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