第899回・旧大喜多寅之助邸(愛知県議員会館)

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名古屋市東区東外堀町にある愛知県議員会館は、元々は名古屋市長も務めた弁護士・大喜多寅之助の自邸兼事務所であった。大正9年(1920)に建てられた邸宅は、木造平屋建の洋館と木造二階建の日本家屋、土蔵で構成されており名古屋市の中心街に残る数少ない戦前の邸宅建築である。

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正面全景。
東外堀町は旧名古屋控訴院(現名古屋高等裁判所)庁舎に近いため、裁判所が移転した現在も法律事務所が多く存在する。

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それらの多くが長屋建ての中で、弁護士事務所を兼ねた洋館と重厚な土蔵を備えた旧大喜多邸はひと際広壮な構えを見せている。

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正面に洋館と土蔵を配し、奥に二階建ての日本家屋と平屋建ての離れと附属棟が連なる構成。

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二階建て部分には名古屋市内の古い邸宅の例に漏れず、茶席があるという。

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正門越しにまず目につくのが、弁護士事務所と応接間を兼ねた洋館。概ね創建当初からの佇まいを残しているが、近年の改修で建具が木製サッシからアルミサッシに代えられてしまったようだ。

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洋館の玄関。こちらは古い扉がそのまま(ドアノブは交換されているが)のようだ。

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洋館の奥にひっそりと配された日本家屋の玄関。
第二次大戦後大喜多家の手を離れ、現在は愛知県議員会館として県議会議員の会合や宿泊等に使われている。

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大喜多寅之助(1868~1961)は岐阜県の出身で、名古屋弁護士会会長、名古屋市会議長、名古屋市長(在職大正10~11年)、中京法律学校(現中京法律専門学校)校長など名古屋の法曹界・政界・教育界で活躍した人物である。

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現役の施設として今も使われているのは喜ばしい限りであるが、重要文化財に指定された愛知県庁舎に匹敵する文化財級の建造物として、今後もひきつづき維持保全されることを望むばかりである。
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第898回・松重閘門

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愛知県名古屋市中川区にある松重閘門は、昭和7年(1932)に建設、昭和43年(1968)まで供用されていた閘門(水位の異なる河川や運河、水路の間で船を上下させるための装置)である。その特徴ある姿から役目を終えた後も、住民の要望で保存されることとなった。名古屋市指定有形文化財、土木学会選奨土木遺産。

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名古屋駅に比較的近い位置にある松重閘門は、東海道新幹線の車窓からもよく見える。

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現在は、4本ある尖塔の間を名古屋高速の高架が横切っている。

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松重閘門は堀川と中川運河とを結び、名古屋の産業発展を水運面から支えていた。

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中川運河の開削工事が始まった大正15年(1926)に着工、6年後に完成、運用を開始した。
当時は「東洋一の大運河」「東洋のパナマ運河」とも称されたという。(写真は現地に置かれた解説版より)

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第二次大戦後、物流の中心が水運から自動車輸送に移行すると閘門の必要性も減少し、昭和43年(1968)に閉鎖、昭和51年(1976)には名古屋市は松重閘門を廃止した。

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4本の尖塔を持つ姿は地元住民に親しまれ、当初撤去が予定されていた松重閘門は、住民の要望で保存されることになった。

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松重閘門の設計は名古屋市建築課の藤井信武による。

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構造は鉄筋コンクリート造で尖塔の壁面は人造石塗り洗出し仕上げ、基壇の一部に花崗岩が張られている。

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西欧の城郭を思わせる尖塔。

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松重閘門は、名古屋に残る代表的な近代土木遺産と言える。

第895回・鶴舞公園普選記念壇

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名古屋市昭和区にある鶴舞公園にある普選記念壇は、大正14年(1925)の普通選挙法施行を記念して、昭和3年(1928)に名古屋新聞社(現・中日新聞社)が寄贈した野外演壇。名古屋市指定有形文化財。

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鶴舞公園は明治42年(1909)に開設された名古屋で最初の近代的な都市公園である。当ブログでも以前紹介している噴水塔及び奏楽堂(明治42年、但し奏楽堂は平成9年の復元)、名古屋市公会堂(昭和5年)は同公園内にある。

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明治23年(1890)の帝国議会開設以来、我が国の選挙制度は納税額による制限選挙であったが、大正時代に入ると大正デモクラシーの風潮を受け、普選運動が盛り上がりをみせた。その成果が大正14年施行の普通選挙法である。

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なお、このときの普通選挙法で選挙権が与えられたのは、日本国籍を持ち(当時日本領土であった台湾・朝鮮を含む)かつ内地に居住(台湾、朝鮮、樺太等の外地、及び国外居住は含まない)する満25歳以上の全ての成年男子であった。

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正面中央には、普通選挙の基本精神とする「五箇条の御誓文」(慶応4年(1868)に明治天皇が示した明治政府の基本方針)が掲げられている。

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正面向かって右側には名古屋新聞社による銘文が刻まれている。但しオリジナルは戦災で失われており、現在のものは昭和43年(1968)に明治改元百周年を記念して名古屋市によって復元されたものである旨の添え書きがある。

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正面向かって左側には「五箇条の御誓文」の英訳文が刻まれている。なお鶴舞公園には戦前、普通選挙法成立時の首相で、愛知県出身でもある加藤高明の銅像があったが戦時中に供出され、今は台座のみが残されている。

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壇上より客席を望む。現在は野外劇場として、各種の催しの会場に使用されている。

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背面からみた普選記念壇。
設計は、日比谷公会堂群馬栃木滋賀の各県庁舎などの設計で知られる佐藤功一(1878~1941)による。

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昭和61年(1986)に噴水塔とともに名古屋市の指定有形文化財に指定されている。

第892回・伊勢久

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名古屋市中区丸の内三丁目にある伊勢久株式会社の本社屋は、昭和5年(1930)竣工の近代洋風建築。名古屋市内でも現存する数少ない質の高い洋風意匠を有する昭和初期の事務所ビルである。

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昨年(平成26年)国指定重要文化財となった愛知県庁舎名古屋市庁舎に近い場所に建っている。隣接する愛知県庁大津橋分室(旧愛知県信用組合連合会会館)も昭和7年竣工の近代洋風建築で、現在改修工事中である。

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近年の改修で取り外されたが、正面屋上の軒にはスペイン瓦が葺かれていた。但し写真に一部写っている屋上の塔屋部分には、スペイン瓦が現在も残されている。

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屋上部分のスペイン瓦が取り払われ、のっぺりした印象になってしまったのは惜しまれるが、それ以外は創建当初からの外観をよく残している。

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設計者の島武頼三(1894~1947)は、名古屋建築界の近代化に貢献したことで知られる鈴木禎次(1870~1941)の片腕として活躍した建築家である。

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島武頼三は鈴木禎次の設計事務所の筆頭スタッフとして、松坂屋大阪店(現高島屋東別館)など多くの鈴木作品の設計や現場監理に参加しているが、伊勢久の本社屋は個人で設計を引き受けたものである。

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伊勢久は名古屋でも有数の老舗企業であり、江戸時代中期の宝暦8年(1758)に薬種商として創業した。

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現在は医療、環境関連分野の企業・研究所・大学・病院などを対象に、試薬・化成品・臨床検査薬・セラミックス原材料・分析機器及びプラント等設備の提供を主業務としている。(伊勢久(株)ホームページより)

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現在も同社の社屋として大切に使われている。

第717回・名古屋市役所本庁舎

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以前当ブログでは、全ての都道府県庁所在地で、戦前建築の市役所庁舎が残されている静岡、名古屋京都、鹿児島の4市のうち、静岡京都の市庁舎を紹介済であるが、今回は名古屋市庁舎の紹介。昭和8年(1933)竣工で、隣接する愛知県庁舎と共に、国の登録有形文化財となっている。

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名古屋市役所は明治22年の市制施行後、現在の栄交差点付近に木造の庁舎を構えていたが、明治40年に火災で焼失する。跡地はいとう呉服店(現在の松坂屋)に売却され、名古屋建築界の大御所・鈴木禎次の設計による名古屋初の欧米式デパートメントストアーが明治43年に開店、円形ドームを戴く洋風建築は名古屋市民の間で評判となった。

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火災後、現在の中区役所のあたりに移転するが、昭和天皇即位御大典の記念事業として名古屋城三の丸への移転新築が計画され、昭和8年に現庁舎が竣工、再度移転し現在に至る。なお同時に計画された愛知県庁舎の移転新築は県会の反対などから事業は遅れ、市庁舎より5年後の昭和13年に竣工した。

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設計は建築設計競技で選ばれた平林金吾の案を基に名古屋市建築課が行い、施工は大倉土木(現大成建設)が当たった。平林金吾は大正15年に竣工した大阪府庁舎の設計競技でも応募、一等当選を果たしている。

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隣接の愛知県庁舎や神奈川県庁舎京都市美術館などと共に、帝冠様式の代表的建築である。平成元年に名古屋市の都市景観重要建築物、平成10年には国の登録有形文化財となり、近年耐震改修工事が行われている。

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本庁舎の背面に建てられた東庁舎は分庁舎の中でも新しく建てられたものだが、本庁舎との調和を重視した外観となっている。

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愛知県庁舎との2ショット。帝冠様式の建築が二棟並ぶのは全国でもここだけ。
なお、愛知県庁の奥にある財務局庁舎の敷地には、県庁舎に引き続き税務監督局の庁舎新築が予定されていたが戦争のため実現しなかった。税務監督局が帝冠様式で実現していたら、一層迫力のある景観になっていたと思われる。

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名古屋城天守閣を意識して塔屋の頂上には、四方睨みの鯱が載せられている。
大時計は平林金吾の設計原案には無く、名古屋市建築課の実施設計の段階で付け加えられた。

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塔屋の屋根の下には、テラコッタでできた魔除けの鬼面が24面配されている。遠目にしか見えないが、近くで見れば前回の旧大阪ビル東京分館と同様、結構迫力がある(もしくは不気味)のではないだろうか。

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正面5階内部には和風の格天井を持つ正庁があり、現在も各種式典のための部屋として使われている。近年は11月3日の文化の日前後に、正庁を含めた内部公開のイベントが行われているようである。

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正面玄関ポーチ。テラコッタ製の瓦で縁取られている。名古屋市庁舎では玄関ポーチや塔屋を中心にテラコッタが多用されている。

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側面玄関。

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内部も先述の正庁のほか貴賓室、階段室など見どころが多いので、機会があれば内部の写真も追加したい。
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