第1069回・佐藤医院

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京都府宮津市字京街道にある佐藤医院は、大正15年(1926)に建てられた洋館建ての医院建築。以前紹介した宮津カトリック教会と並び、宮津市内に残る洋風建築の中でも随一の存在である。

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全景。京街道に面した正面に主屋を置き、その背後には病室棟が続く奥行きの深い造りとなっている。

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洋風の外観は、設立者である佐藤理兵衛氏がそれまで勤務していた東京の順天堂病院の建物をイメージして建てさせたと伝わる。また、背面の病室棟は、旧宮津中学校(現・宮津高等学校)寄宿舎の古材を転用しているという。

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近年行われた、前を通る京街道の拡幅によって、かつて主屋の前にあった正門と塀が撤去されているが、主屋とその背後の病室棟などはそのまま残されている。

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主屋の正面中央部分の外壁は人造石洗出し仕上げで、目地を切り石造風に仕上げる。

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中央部を除く外壁は粗く塗ったモルタル仕上げとする。

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人造石の円柱を立てた重厚な玄関ポーチ。

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玄関ポーチの上部はバルコニーになっている。主屋の内部は玄関ホールを中心に薬局、診察室、待合室、検査室などが配されているという。

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現在も産婦人科・産科の医院として現役である。

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文化財等にはなっていないが、今後も宮津の代表的な洋風建築として永くこの地にあって欲しいものである。
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第1061回・月桂冠旧本店

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京都市伏見区南浜町に、日本最大の酒造メーカーである月桂冠㈱の旧本社屋がある。大正8年(1919)に建てられ、洋風の作りも取り入れた土蔵造の重厚な外観が特徴。隣接する大倉家本宅や月桂冠大倉記念館などの建造物群とともに、伏見界隈でも歴史的な街並みを構成している。

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鍵の手に曲がった街路に沿って、月桂冠旧本店と大倉家本宅が並んで建っている。平成5年(1993)に現在の本社屋が完成するまで、月桂冠本店として現役で使われていた。

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外観は伝統的な町家の作りとなっているが、内部は洋風の事務室が中心となっており、1階に事務所、2階に応接室、会議室、印刷室などを配している。

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側面から望む。主屋と土蔵の間に建つ平屋建ての棟は社長室で、ステンドグラスのある出窓を備えるなど、洋風の造りになっているという。

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宇治川の氾濫による水害を防ぐため、1階は石囲いを築いて床を高く作っている。
建ちの高い外観は黒い外壁と相まって、白壁の酒蔵や軒の低い町家が並ぶ伏見の酒蔵界隈でも目立つ存在である。

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現在は1階の一部を開放して喫茶、土産販売、観光案内所として活用されている。

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明治から大正にかけて、黒漆喰仕上げの外壁を有する土蔵造の銀行店舗が各地に建てられた。(当ブログでは土蔵造の銀行建築として、現在は黒漆喰塗ではないが、富山県礪波市の旧中越銀行本店を取り上げている)

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旧月桂冠本店も、それらの銀行建築から何かしらの影響を受けているものと考えられている。

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現在は1階の旧事務室部分だけが公開、利用できるようになっているが、旧社長室や2階なども見てみたい建物である。

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旧本店に隣接する大倉家本宅(非公開)。文政11年(1828)に建てられ、京都市内では最大規模の町家とされる。

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慶応4年(1868)の鳥羽伏見の戦いでは、周囲の町家や船宿が戦乱に巻き込まれ焼失した中、大倉家は罹災を免れたという。

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大倉家本宅と月桂冠旧本店を比較すると、同じ伝統的な町家と言ってもかなり趣が異なることがお分かり頂けるのではないだろうか。

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大倉家本宅の裏に続く酒蔵。明治39~42年(1906~09)にかけて建てられた酒蔵が並び、現在は月桂冠大倉記念館として保存、公開されている。

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酒蔵に続く、月桂冠大倉記念館の玄関。

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江戸時代の建造である大倉家本宅を除き、これらの明治以降の建物や酒造りの道具類は、経済産業省の近代化産業遺産に認定されている。

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こことは別にある北蔵の施設も近代化産業遺産に認定されていたが、近年の再開発によって失われてしまった。

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酒蔵及び月桂冠大倉記念館の背後にまわると、濠川に面して酒蔵が並ぶ景色を見ることができる。

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酒どころ伏見を代表する景色のひとつとなっている。

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月桂冠旧本店から少し北側に位置し、大倉家本宅に劣らぬ重厚な佇まいを見せる山本本家。月桂冠と同様に古い歴史を有する酒蔵で、延宝5年(1677)の創業である。

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鳥羽伏見の戦いでは大倉家本宅とは異なり全焼の憂き目をみたが、直ちに再建されたのが現在残る建物であるという。

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高塀を巡らせた部分は大正時代の増築で、茶室や応接間を備えた近代和風建築である。

第1040回・京都大学旧農学部演習林事務室

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京都市左京区北白川追分町の京都大学農学部キャンパス内にある旧演習林事務室は、昭和6年(1931)に京都帝国大学(当時)営繕課長であった大倉三郎の設計により建てられた。スペイン瓦葺でベランダを巡らせたバンガロー風の木造建築で、現在は全学部共用の会議室やセミナー室として利用されている。国登録有形文化財。

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周囲を樹木と芝生で囲まれた緑豊かな敷地内に建っている。創建から近年まで、農学部演習林の事務室及び会議室として使われていた。

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木造平屋建、バンガロー風の外観は、農村的な雰囲気であったと思われる当時の京大北部構内の風景に調和させたものと思われる。

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設計者の大倉三郎(1900~1983)は、京都帝国大学建築学科の第1期生として卒業後、宗建築設計事務所を経て京都帝国大学営繕課に昭和15年(1940)まで在籍、農学部演習林事務室のほか、本部本館(時計台)の裏にある法経学部本館などの設計に従事した。

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その後京都帝大から台湾総督府に移籍、営繕課長在任中に終戦を迎える。戦後は昭和23年(1948)まで台湾に留まり、台湾大学(中華民国に接収された旧台北帝国大学)の教授を務めた。

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日本に引揚げた後は、大阪工業大学などの教授に就任、その後昭和58年(1983)に逝去するまで、京都工芸繊維大学や西日本工業大学の学長を務めている。

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なお、宗建築設計事務所在籍時に担当した建造物として、大阪の旧生駒時計店、京都の旧鴻池銀行七条支店が現存する。(いずれも国登録有形文化財)

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平成10年(1998)に国登録有形文化財となり、平成22年(2010)度には耐震補強工事および内装修繕工事が施された。

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リニューアルに際し農学部演習林事務室としての役割は終え、現在は会議室やセミナー室、ラウンジを備えた全学共用の施設として使用されている。

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屋根のスペイン瓦。

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モダンな意匠を有する玄関ポーチ及びベランダの天井。
なお、裏側も同様にベランダを巡らせた外観になっている。

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玄関ポーチの照明燈。

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京大キャンパスの近代建築群の中では異色の建物である。

第1026回・旧駒井家住宅

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京都市左京区北白川伊織町にある旧駒井家住宅は、我が国遺伝学の権威であった動物学者で京都大学名誉教授・駒井卓博士の私邸として、昭和2年(1927)にヴォーリズ建築事務所の設計により建てられた。現在は駒井家から公益財団法人日本ナショナルトラストに寄贈され、修復を進めながら一般公開されている。京都市指定有形文化財。

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白川疏水沿いに建つ旧駒井家住宅。周囲は大正末期から昭和初期に形成された住宅街で、京都帝国大学にも近く、「学者村」と言われた地域。以前紹介した京都大学人文科学研究所も近くに建っている。

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駒井卓(1886~1972)博士は動物遺伝学、進化論等を研究していた動物学者で、京都、東京両帝国大学の教授を務めたほか、第二次大戦後設立された国立遺伝学研究所の部長も務めた人物。

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駒井博士は大正12年(1923)から2年間、静江夫人を同伴して米国コロンビア大学へ留学、帰朝後は京都帝国大学教授に就任する。その後、昭和2年(1927)に当時宅地開発中であった北白川の地に新居を建てた。

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ヴォーリズ建築事務所に設計を依頼したのは静江夫人の縁によるものと推測されている。夫人は神戸女学院で英文学を学び、ピアノを弾き、洋食を得意料理とする当時としては極めてハイカラな女性であったようだ。

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敗戦後しばらく米軍将校の宿舎として接収されていた時期を除き、駒井夫妻はこの家で暮らし、昭和47年(1972)に駒井博士が死去、そして翌年に静江夫人も世を去った。

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駒井夫妻亡き後の家は、企業の研修所兼保養所として平成9年(1997)まで使用されていた。その後、平成14年(2002)に駒井家から公益財団法人日本ナショナルトラストに寄贈され、現在は駒井夫妻の記念館として公開されている。

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平成10年(1998)には昭和期の洋館としては初めて、京都市の有形文化財に指定された。

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玄関。旧駒井家住宅はヴォーリズが得意とし、昭和初期の洋風住宅に流行したスパニッシュスタイルの住宅である。

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玄関から廊下及び階段を望む。

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1階には居間、食堂、サンルーム、和室、台所等が配されている。
規模としては中規模程度だが、コンパクトにまとまった造り。

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サンルーム。
窓には全て内側に網戸が取り付けられている。

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居間の造りつけソファ。

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食堂。テーブルもヴォーリズの設計。家具や照明器具も創建当時からのものがいくつか残されており、また駒井家の協力により、持ち出された家具も徐々に戻されてきている。

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和室。真ん中の正方形の畳は掘りごたつになっている。

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淡い黄色の色硝子が嵌め込まれた階段室の窓。

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階段はヴォーリズ建築に共通する、使いやすさを重視した緩やかなものになっている。

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2階から望む階段。2階には駒井博士の書斎や夫妻の寝室が配されている。

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造りつけの箪笥がある2階の1室。
ヴォーリズの住宅建築の特色である合理性重視の姿勢が随所に見られる。

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駒井博士の書斎。蔵書もそのまま残されている。
蔵書の保護のためか、窓には色付きのブラインドが下ろされている。

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2階にもサンルームを設けている。
創建当初は2階は吹きさらしのベランダであったが、その後硝子戸を入れてサンルームに改造されている。

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主屋の脇にある二階建ての離れ。内部は畳敷きの和室になっている。元々は書生部屋として建てられたが、米軍接収中は駒井夫妻の住居となっていた。他、敷地内には洗濯室や、ダーウィンの邸宅を模した温室も現存する。

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塀に穿たれたアーチ型の通用口。半円形にくり抜かれた扉がお洒落。

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公開日は毎週金・土曜。

第1021回・旧三井家下鴨別邸

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京都市左京区下鴨宮河町にある旧三井家下鴨別邸は、三井財閥の三井家が、祖先を祀る祖霊社参拝に際しての休憩所及び例祭の場として使うため、一族11家で共有していた別邸。敗戦後の財閥解体に伴い国の所有となり、近年まで京都家庭裁判所所長官舎として使用されていた。平成23年に国の重要文化財に指定されたのを機に修復・整備が行われ、平成28年10月より一般公開されている。

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旧三井家下鴨別邸は、下鴨神社の「糺の森」の南側にあり、建物だけではなく、庭園及び門や塀まで往時の姿をよく残している。この地は明治31年(1898)に三井家の所有となり、同42年に三井家の祖霊社「顕名神社」が遷座された。その後、大正14年(1925)に三井財閥総帥で三井北家(総領家)当主である三井八郎衛門高棟によって下鴨別邸が整備された。

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下鴨別邸の建物は、写真の玄関棟と、主屋、茶室の3棟で構成されている。 主屋と茶室は他所からの移築で、玄関棟は別邸整備に伴い大正14年に新築された。なお、背後に写っているのは主屋の望楼で、玄関棟は木造平屋建。

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玄関棟の背後に建っているのが木造3階建、望楼を備えた主屋。明治13年(1880)に鴨川東岸に建てられた旧木屋町別邸を下鴨に移築したもの。写真中央は内玄関で、元々の旧木屋町別邸の玄関と思われる。

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玄関棟の内部。玄関脇の広間は書院造を基調としながらも天井が高く、洋室として使えるように造られている。実際、別邸時代は洋家具が置かれていたという。下鴨別邸は敗戦による財閥解体まで、約20年にわたり三井家の例祭の場として使われた。

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財閥解体により、顕名神社は二条の油小路邸に移され(その後再度移転、現在は東京向島の三囲神社内にある)、別邸は昭和24年(1949)に国有化、隣接する京都家庭裁判所の所長官舎となった。なお、油小路邸の建物は空襲で壊滅した東京の本邸再建のため、昭和27年に移築されている。(現在は江戸東京たてもの園で保存。当ブログ過去記事参照)

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玄関棟の洗面台は洋風の造り。壁面には当時は新建材として珍しかったベニヤ板が使われている。

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旧木屋町別邸の造りをそのまま残している主屋の一階座敷。欄間は元々はあったものと思われるが、現在は失われている。

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主屋の中庭。

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旧木屋町別邸の玄関と思われる内玄関。

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主屋の洗面室は玄関棟と同様洋風の造りが見られ、移築に際し改造されているものと思われる。
建具には、中華風の意匠も見られる。

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主屋の浴室。

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主屋から茶室へ続く渡り廊下。
茶室は建築年代は不詳だが、明治初期頃の建物と考えられている。

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主屋一階座敷の床の間。簡素な造りである。
なお、主屋の二階及び中三階、望楼は特別公開の時期を除き、通常は非公開となっている。

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主屋一階座敷から庭園を望む。
障子の硝子部分が極めて大きく造られている。

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主屋一階の縁側。奥に見えるのは茶室。

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建物内部を見学した後、縁側から庭園に出ることができる。
庭園から望む主屋全景。

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庭園から玄関棟を望む。

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同じく、茶室を望む。

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庭園の池越しに見る主屋。
かつては鴨川の水面にその姿を映していたものと思われる。

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庭園側から見た望楼。主屋は木屋町別邸の形状を変えることなく、そのまま下鴨に移築したことが判明しており、望楼も元々は鴨川や東山の眺望を楽しむために造られたものと思われる。

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望楼を反対側から望む。
下の屋根に明り取り用の硝子製の瓦が見える。

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現存する三井家の旧邸宅の遺構としては旧下鴨別邸、先述の旧油小路邸のほか、旧札幌別邸(現北海道知事公館)、旧綱町別邸(現三井倶楽部)、旧拝島別邸(現啓明学園)がある。また京都市内に残る三井家関係の遺構として、四條烏丸の京都三井ビルには旧三井銀行京都支店の外壁の一部と、三井家当主上洛の際に使われていた貴賓室が保存されている。

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旧三井家下鴨別邸から北に徒歩数分ほどの場所にあり、「糺の森」の東側に建っている谷崎潤一郎の旧邸「潺湲(せんかん)亭」。元々は商家の隠居所として明治44年(1911)に建てられ、谷崎は昭和24年(1949)から7年間この家に住んでいた。

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「潺湲亭」は、谷崎晩年の作品「夢の浮橋」の中では主人公の住まいとして登場し、写真の門を始め母屋や茶室、離れ(実際は谷崎の書斎)が詳細に描写されている。異なるのは北東角の土蔵が存在しないのと、門の脇に簡素な造りの洋館(元の所有者により昭和11年に増築されたもの)が建っている点だけと思われる。

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現在は日新電機㈱の迎賓館「石村亭(せきそんてい)」として大切に保存されている。公開はされていないが、機会があれば是非見学したい邸宅である。
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現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

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