第1071回・耕三寺聴聲閣

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前回記事にて紹介した広島県尾道市瀬戸田町の耕三寺には、寺を開いた金本耕三(耕三寺耕三)が母親の居宅として昭和2年(1927)から建設に着手した和洋併置式の書院「聴聲閣」がある。贅を尽くした造りの母親の居室や濃密な空間を持つ洋館など見どころの多い建物である。国登録有形文化財。

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耕三寺を開いた耕三寺耕三(旧名・金本福松 1891~1970)は、明治24年に神戸に生まれ、溶接工から発明家、実業家となり、昭和の初めには大阪で大口径特殊鋼管の製造会社を経営していた。昭和2年(1927)より母親の故郷である瀬戸田に母親のための別荘を建て始めた。

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昭和9年(1934)に母親が没すると、その菩提を弔うと共に報恩感謝の念を込めた寺院の建立を発願、翌昭和10年には得度し「耕三」の法名を受けた。(昭和31年には姓を金本から耕三寺に改め、耕三寺耕三となった)その後、昭和45年(1970)に78歳で没するまで、生涯をかけて伽藍の造営を行った。

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耕三寺の伽藍は既存の聴聲閣に隣接する形で造営が行われ、鉄筋コンクリート造2階建ての洋館と木造平屋建ての書院から構成される聴聲閣も、耕三寺の書院、客殿として一部増改築が加えられ、現在残る形になった。

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庭園越しに見る書院棟。

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正面玄関は洋館の隣にあり、唐破風付きの車寄せを備える。その内側の天井は、写真のように彫刻と天女像に飾られた豪壮な造りであるが、ここから入ることはできないので、内側から見学する形になる。

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正面玄関は写真の来客用玄関とその脇に設けられた内玄関で構成されている。台所側には勝手口があり、見学に際しては勝手口から入るようになっている。

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畳廊下のある縁側。

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主座敷。床の間の掛け軸に描かれている人物が耕三寺耕三。

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仏間は格天井となっており、天井画で華やかに飾られている。

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聴聲閣は母親の居室に最も贅を尽くしているのが特徴である。天井は折上格天井、銘木を据え床柱、色鮮やかな金襖や欄間彫刻など、絢爛豪華の一語に尽きる造りとなっている。

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母親のために建てた住まいと言えば、以前当ブログで取り上げた埼玉県川島町の旧遠山元一邸(遠山記念館)がある。いずれも母親への感謝の念を込めて建てた点では共通するが、その趣は対照的であるのは興味深い。(旧遠山邸の過去記事も御参照頂けると幸いである)

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欄間には梅と小鳥がいる。
桃山調の彩色された欄間彫刻は個人邸では珍しい。

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洋館と書院の間には石組を配した中庭を設ける。写真は洋館側から見た母親居室。

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洋館に隣接して浴室及び脱衣場・化粧室が設けられている。
ステンドグラスを嵌め込んだ円形窓は浴室の窓である。

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以前取り上げた小樽の和光荘(旧野口喜一郎邸)では、象が照明を吊り下げていたが、聴聲閣では小鳥が照明を咥えぶら下げている。

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洋風に造られた脱衣場・化粧室。写真の反対側には造りつけの鏡台が置かれている。

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石造りの湯船を備えた浴室。

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ステンドグラスと型押し硝子を組み合わせた浴室の窓。

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浴室側からみた円形窓。

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円形窓のステンドグラス。

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ステンドグラスを嵌め込んだ円形窓は、ほかに2箇所ある。
洋館応接間の入口前には貝の図柄。

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階段踊り場には船の図柄。
いずれも瀬戸内の島にある館にふさわしい図柄と言える。

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洋館の1階応接間には、庭に面してテラスを兼ねたポーチが設けられており、来客はここから直接中へ入ることも出来る。

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中華風の家具調度品で飾られた洋館1階応接間。

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部屋の角に設けられた暖炉。

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洋館の2階は来客用の寝室となっているが、非公開である。

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勝手口がある台所の土間。現在は見学者用の玄関及び受付として使われている。造りつけの戸棚など創建当時の設備が残されている。

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裏方である台所の建具や窓の欄干にも意匠を凝らす。

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広島県内に現存する戦前の和洋併置式の邸宅の中では、耕三寺聴聲閣の造りの充実ぶりは群を抜いている。
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第1070回・耕三寺

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広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田にある耕三寺は、発明家で実業家の金本耕三(耕三寺耕三)によって、昭和10年(1935)から造営が開始された浄土真宗本願寺派の仏教寺院である。境内には日光東照宮など全国各地の著名な寺社仏閣を模した堂宇が建ち並び、「西の日光」の異名を持つ。平等院鳳凰堂を模した本堂など、戦前から戦中にかけて建てられた建物は国の登録有形文化財となっている。

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耕三寺がある尾道市瀬戸田町は、芸予諸島のひとつである生口島にあり、隣接する因島などと西瀬戸自動車道(しまなみ海道)でつながっている。港町として尾道と並び古い歴史を有し、港に近い瀬戸田の街中には古い屋並みが残されている。写真は製塩業で財を成したという三原屋(堀内家)の屋敷。明治初年の建物とのこと。

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珍しいのはつし二階の窓で、西日本では縦格子の虫籠窓にする場合が多いが、瀬戸田の町家は横向きの格子となっている。

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瀬戸田港から10分程度歩くと、耕三寺の山門が現れる。様式は京都御所紫宸殿の御門と同じであるが、鋼鉄製で極彩色を施している点で異なる。昭和15年(1940)の建造。

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山門の先にある中門。昭和14年(1939)の建造で、法隆寺の西院伽藍を原型とするが、山門と同様に装飾は本家とは似ても似つかないぐらい派手で自由奔放なものとなっている。これは他の建物にも同じことが言える。

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中門の先にある五重塔を挟む形で、同一意匠の法宝蔵・僧宝蔵が建つ。
大阪・四天王寺の金堂を原型とする。昭和16年建造。

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法宝蔵と僧宝蔵に挟まれて建ち、境内のほぼ中央に位置する五重塔。奈良・室生寺の五重塔が原型になっているが、本家とは全く異なる趣の絢爛な塔である。元々は溶接技術者であった金本耕三の発案により、心柱には鋼管が用いられている。昭和30年(1955)建造。

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五重塔の先に見えるのが、日光東照宮陽明門を模した孝養門。昭和28年(1953)から造営を始め、10年の歳月をかけて建てられた。

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造営に際しては、日光東照宮陽明門の図面コピーを文部省から入手したという。

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細部意匠は独自の改変を施しているが、規模、意匠とも最も本家に忠実に造られた建造物である。

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孝養門は「西の日光」と称されている耕三寺を代表する建物となっている。
なお、五重塔と孝養門は竣工時期が新しいため、現時点ではまだ国の登録有形文化財にはなっていない。

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孝養門の先には、大理石造りの石舞台を挟んで本堂が建っている。平等院鳳凰堂を模して昭和15年(1940)に建てられた。

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本堂は訪問時、外装の一部補修工事が行われていたため、全景を捉えることができなかった。写真は翼廊部分。

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外壁の色彩や細部装飾は他の建物と同様、耕三寺独自の絢爛豪華なものとなっている。

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側面から見た本堂。

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背面から望む。

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石山寺多宝塔を模した多宝塔。昭和17年(1942)建造。

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境内でも一段低くなった場所にひっそりと建っているのが、昭和18年(1943)建造の銀龍閣。京都の銀閣を模して造られた。

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目も眩みそうな派手な建物ばかり並ぶ中で、唯一と言ってもよい落ち着いた趣のある建物。

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茶室としても使えるようになっている。

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銀龍閣の玄関まわり。

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耕三寺境内にある建造物のうち、昭和戦前期に建てられた15棟が現在、国の登録有形文化財となっている。その中でも最初に建てられ、元々は金本耕三が母親の居宅として建てた和洋併置式の書院「潮聲閣」は、耕三寺の原点とも言える建物であり、また見どころに富んだ邸宅建築である。これは次回記事にて紹介したい。

第1063回・島居邸洋館

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広島県尾道市東土堂町にある旧島居邸は、昭和初期に建てられたスパニッシュ風の木造洋館である。現在は外観をそのまま残しつつ内部を改装、1棟貸し切りで滞在ができる施設「せとうち湊のやど 尾道島居邸洋館」として利用されている。

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昭和6年(1931)に建てられたという島居邸洋館は、JR山陽本線の北側、尾道を代表する観光地のひとつである千光寺に続く坂道沿いにある。

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尾道の街と瀬戸内海を一望できる眺望の良い場所に建っている。地元の豪商・島居氏が明治期に所有していた土地の一角に建てられたことから、地元では長らく「島居邸」の名称で親しまれてきたという。

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広島県下随一の商業都市として繁栄した尾道では、以前当ブログで紹介した旧和泉家別邸のように、市内の商家の主によって高台に多くの別邸が建てられた。その多くは和風もしくは小規模な洋館を併設したタイプのもので、島居邸のように洋館造のものは珍しい。

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外回りを黄褐色のスクラッチタイルを貼った塀で囲み、外壁はクリーム色のモルタル塗仕上げとし、屋根には赤いスペイン瓦を載せている。

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現在この建物は、家具や家電製品、調理器具等が完備された短期滞在ができる貸別荘として利用されている。滞在用の空間は洋館の主屋と、その西側にある蔵に分かれているが、一体で利用することも可能となっている。(参考:せとうち湊のやどホームページ

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内装は和風を基調とした現代的な内装に一新されているが、外観は玄関扉や窓のサッシなどの建具に至るまで昭和初期の洋館の佇まいを損なうことなく残している。 

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玄関脇に穿たれたアールデコ風の円形窓。

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(左)土蔵の西隣には、白壁に囲まれた茶室付きの日本家屋が建っているが、こちらも「せとうち湊のやど」によって運営されている「尾道 出雲屋敷」。(右)主屋と同様、赤いスペイン瓦葺きの島居邸土蔵。

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古民家や洋館を改装して、短期利用型の貸別荘として営業する事例は、島居邸洋館の他にも各地で増えてきているようである。個人的には神戸の塩屋にある旧後藤家住宅(当ブログ過去記事参照)など、眺望の良い立地や建物の規模など島居邸と共通するものがあり、このような利活用にはうってつけの建物ではないかと思ってしまう。

第1047回・旧和泉家別邸(尾道ガウディハウス)

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広島県尾道市三軒家町、千光寺山の南西斜面に建っている旧和泉家別邸は、急斜面かつ三角形という悪条件の敷地を巧みに利用して建てられた小住宅。3年がかりの工事を経て昭和7年(1932)頃に完成したという。独特の存在感から「ガウディハウス」の愛称が付いている。国登録有形文化財。

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JR尾道駅より北西へ徒歩2分程度の場所に位置する旧和泉家別邸。もともとは尾道で箱物の製造販売を手掛けていた和泉氏の別宅として建てられた。

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昭和55年(1980)頃まで住居として使われていたが、その後長らく空家となっていた。

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現在は、尾道の空き家再生を進めている「NPO法人尾道空き家再生プロジェクト」によって修復・再生が図られている。

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狭い変則的な敷地に合わせた複雑な形状の外観。

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外壁は洋館などに見られる南京下見板張りとなっているが、日本家屋なのでペンキなどを塗らない白木仕上げとなっている。

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2階の背面には外壁をドイツ壁と呼ばれるモルタル塗り仕上げとした小さな洋館がある。洋館は建物の中でも最も老朽が激しかったとのことで、現在修復が進められている。

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商家の別宅として建てられたので、建物の造りは内外にわたって凝ったものとなっている。内部には上質な造りの座敷があるほか、変形の敷地に合わせた階段、創建時の形をほぼそのまま残す台所など、見どころが多いという。

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現在も引き続き修復中であり、催しのときなどを除き通常は非公開となっている。

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いつかは是非内部も見学したい建物である。

第1039回・旧ファーナム住宅(白滝山荘)

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広島県尾道市(旧因島市)因島重井町にある旧ファーナム住宅は、宣教師住宅(ミッションハウス)としてウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により、昭和初期に建てられた洋館。日立造船のゲストハウスとして使用された後、現在は宿泊施設「いんのしまペンション白滝山荘」 として使用されている。国登録有形文化財。

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昭和6年(1931)頃、キリスト教バプテスト派の宣教師である米国人、マーレン・ファーナム氏のためにヴォーリズが設計した。

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第二次大戦後は因島に工場がある日立造船のゲストハウスとして使用されていたが、その後の造船不況により使用されなくなっていた。

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一時は荒れ放題となっていたが、昭和62年(1987)に現在のオーナーが買い取りペンションとして開業、現在に至る。

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白滝山荘で販売されていたポストカードの古写真。
昭和23年(1948)頃の全景。

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因島の北部、白滝山登山口の斜面に建っている旧ファーナム住宅。

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2階の屋根窓と煙突。

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簡略化されたチューダーゴシックスタイルの洋館であるが、柱を赤く塗っているのは珍しい。同じように赤く塗られた建物としては旧三井家札幌別邸(北海道知事公館)などがある。

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背面の中二階パラペット(屋上の手摺壁)には、西欧城郭風のバトルメントの意匠が見られる。

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鉄筋コンクリート造の地階の上に木造2階建が載っている。

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ヴォーリズ設計の建物で宿泊できるのは、東京の山の上ホテルと白滝山荘だけではないだろうか。

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玄関の開口部はゴシック風の尖頭アーチになっている。

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玄関ホール。

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1階食堂。
硝子戸の仕切りの奥には続き間になった居間がある。

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階段室。
2階には和風の円形窓がある。

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2階の階段室に面して、ヴォーリズの住宅建築の特色である造りつけの箪笥がある。

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階段室の踊り場から中二階の客室に通じている。

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階段室の円形窓には、日本家屋の床の間などに見られる竹の斜め格子が組まれている。

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トイレにある古い洗面台。現在は使われていない。

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ブログ主が今回宿泊させて頂いた客室。

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暖炉のある居間。

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居間の造りつけソファ。
ヴォーリズ設計による旧駒井家住宅にも同じような造りが見られる。

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簡素ながらもゴシック風意匠をもつ暖炉。
横には造り付けの戸棚がある。

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客室は4室と小規模な宿であるが、食事は瀬戸内の魚を中心とした本格的な和食が提供される。
食事のみの利用もできるという。
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現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

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