第790回・旧亀岡家住宅

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旧亀岡家住宅は、明治30年(1897)頃に福島県の伊達崎村(現伊達郡桑折町)に建てられた、擬洋風建築の民家である。現在は主屋部分が伊達市保原町に移築され、同市の歴史文化資料館の施設として公開されている。

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館内に展示されている、桑折町にあった当時の写真。現存する主屋のほかにも、煉瓦造の塀や門、複数の土蔵や蚕屋などの付属施設もひととおり残されていた。

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歴史文化資料館と旧亀岡家住宅は、保原総合公園の一角にある。

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旧亀岡家住宅主屋の正面全景。
右側の土蔵風の外観の建物は歴史文化資料館。

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背面からみた旧亀岡家住宅主屋。主屋は二階建の座敷棟と平屋建の居住棟から構成されている。当初、主屋以外の建物も併せて保存が模索されたが、諸事情から結局主屋のみが現在地に移築されることになった。

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外壁は小さく切った銅版を張り、柱や建具はペンキ塗りで仕上げた擬洋風の外観が特徴。

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座敷棟の屋根中央には煉瓦積の煙突が見られるが、既存の洋風建築を見よう見真似で造ったせいなのか、煙突としての機能は持たない、見せかけだけのものである。

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正面玄関の上部には八角形平面・三層の展望塔が張り出している。

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正面玄関と内玄関。

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玄関内部。擬洋風の外観とは対照的に、内部は一部を除き伝統的な和風の造りになっている。

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館内で唯一の洋室である主人書斎。
天井は垂木を放射状に配して中央部分を一段折り上げた、湯殿のような造り。

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手すりが洋風に造られた廻り階段。

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二階の書院座敷。
亀岡邸の座敷棟は戦後、結婚式場などに使われていたこともあった。

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床脇や書院窓などに意匠を凝らした二階座敷。

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同上、書院窓。

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サンルームのような趣の展望塔二階部分。三階への廻り階段がある。
なお三階は非公開。

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廻り階段の側面には、木の自然の形状を活かした柿の彫り物がある。

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一階居住棟、主人居間。折り上げ格天井や欄間の彫刻など、凝った造りの部屋となっているが書院造の部屋で構成される座敷棟と異なり、民家らしく囲炉裏や神棚を備える。

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主人居間から隣室を見る。

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この館を建てた亀岡家の当主・亀岡正元は、豪農であると同時に郡会議員もしていた名士であるという。

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居住棟も建具や欄間に凝った造形が見られる。

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居住棟の書院窓の下には亀がいる。

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土間に面した囲炉裏の間。

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屋内に設けられていた井戸の跡。釣瓶などがそのまま移築されている。

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土間への通用口がある居住棟の外観。

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平成8年に、福島県の重要文化財に指定されている。
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第682回・池田種苗店他 七日町通りの建物

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会津若松市の七日町通りには前回まで紹介した塚原呉服店や白木屋漆器店のほか、洋館や伝統的な構えの古い商家が多く残されている。看板建築も塚原呉服店第二営業所のような奇抜なものから、写真の池田種苗店のようなユーモラスな装飾を施したものも存在する。

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塚原呉服店第二営業所と同じく昭和初期の建物と思われる池田種苗店。

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背面には和風の居住棟と土蔵がある。

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側面には小さな円形窓が開けられている。

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正面窓上部の2連アーチにはモルタル細工で造ったカブのレリーフ。

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正面と側面窓の欄干にもカブの形にくりぬいた装飾を施している。

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「池田種苗店」と刻んだ古風な木製看板と、「たね」の文字が入ったカブを象った看板。
共にいい感じである。

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池田種苗店と同じくモルタル仕上げの洋風外観を持つ、尚伸株式會社。

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背面にはやはり和風の居住棟が見える。

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一階店舗部分はギャラリーに改修されていた。

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両脇を白・黒二色の土蔵に挟まれている。

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池田種苗店に隣接する古道具店「寧々や」の建物も古い商家を改装したものと思われる。

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古い商家を改装したレオ氏郷南蛮館。領主として会津発展の礎を築いた戦国大名・蒲生氏郷を紹介する資料館として使われている。

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会津の民芸品などを販売している笑美((有)荒井工芸所) の店舗は煉瓦造りの洋風商家。

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土蔵造りに赤瓦葺きという会津の伝統的商家のスタイルを見せる、花と陶器・永山。
大正5年(1916)の建物という。

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大正期建造の渋川問屋。現在は宿泊施設及び料理店として使われている。
以上紹介した七日町通り周辺の建物群は、会津若松の観光資源として整備が進められているようである。

第681回・塚原呉服店

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福島県の会津若松には、塚原呉服店という面白い戦前の商店建築が残っている。
本店とその第二営業所として建てられた店舗の両方が今も健在であるが、堂々たる洋館風の本店と面白い意匠の第二営業所が好対照を為している。

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まずは本店。洋風三階建で、外装は石造風に仕上げている。大正15年(1926)の竣工とされている。

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現在はスポーツ用品店となっている。

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正面中央の赤煉瓦仕上げの部分は、近年の改装による後補のようである。元々は全面モルタル塗りであったようだ。

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屋上パラペット(手摺り)には、右書きで「株式會社」「塚原呉服店」の文字と屋号が金文字で掲げられている。

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右側ショウウインドウの上部には色硝子の欄間がある。

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「TSUKAHARA GOFUKUTEN LTD」の看板は、当初からのものと思われる。

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背後には土蔵造り・瓦葺きの住居棟と思われる建物が接続されている。

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本店とは同じ通りに面しながらも、少し離れた場所に建つ第二営業所。本店より1年遅れの昭和2年(1927)竣工。古典的な西洋建築風の外観を持つ本店とは対照的に、モダンな外観の店舗として造られたようである。

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壁面にモルタル細工で店名やキャッチフレーズを浮き上がらせた、文字通りの「看板建築」である。

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「第二営業所」

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モルタルで描き出した「Department Store」の文字の下には金属製看板で「だいに つかはら」

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側面にもモルタルによる文字が。
「新柄なら塚原へ」

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「株式會社 第二チエンストアー 塚原呉服店」
チェーンストアーの事だと思われる。

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こちらは洋風に作られているのは側面一間分だけで、背後には和風の住居棟とナマコ壁の土蔵がある。

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本店・第二営業所共々是非残して欲しい建物である。
なお第二営業所の一軒おいて隣は、先日紹介した白木屋漆器店旧郡山橋本銀行会津支店である。
これらの建物が建ち並ぶ七日町通りには、他にも多くの古い商家や看板建築が残っている。

第675回・旧高松宮翁島別邸(福島県迎賓館)

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前回紹介した天鏡閣の近くに建っている旧高松宮翁島別邸は、大正11年(1922)に有栖川宮威仁親王(大正2年薨去)の妃・慰子妃の静養を目的として、有栖川宮家の祭祀継承者である高松宮宣仁親王(1905~1987)によって建てられた和風の御別邸。天鏡閣と同じく国指定重要文化財。

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天鏡閣から少し離れた林の中に建っている。

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林の中の道をしばらく歩くと現れる藁葺の長屋門。

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欅造りの堂々とした門である。

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長屋門は栃木県内の旧家にあったものを移築したもの。陶芸家の濱田庄司(1894~1978)が高松宮宣仁親王の依頼を受け、自ら歩き回って建物の選定を行ったという。

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旧高松宮翁島別邸の建物は玄関棟・居間棟・台所棟の3棟から構成されている。
写真は玄関棟。

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居間棟。

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台所棟。

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設計は天鏡閣の設計にも関与したと考えられている、宮内省内匠寮技師の木子幸三郎による。

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木目の目立つ玄関扉など、希少な財を用いているものと思われる。

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昭和27年に天鏡閣と同様、高松宮家より福島県に下賜され、以後現在に至るまで福島県迎賓館として使われている。平成11年には近代和風建築としての価値が評価され、天鏡閣(昭和54年指定)に遅れながらも国指定重要文化財となった。

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5月から10月末まで、庭園は無料開放されているが、建物の内部は特別公開のときを除き非公開。
写真は廊下の硝子戸越しに撮ったもの。

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既存の有栖川宮家別邸である天鏡閣は純洋風の建物であることから、高松宮宣仁親王は還暦近い慰子妃殿下のために、より寛ぎやすい和風の別邸を新たに苗代湖畔に建設された。

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居間棟は格調高い書院造の部屋が並ぶが、一室のみ数寄屋風で造られた竹の間。慰子妃殿下の私室である。

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慰子妃殿下は大正11年の夏はこの御別邸で過ごされ、翌12年に薨去。江戸時代より続く宮家のひとつであった有栖川宮家は断絶した。

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なお、有栖川宮家の祭祀を引き継がれた高松宮家も子女がなく一代限りとなったため、平成16年に喜久子妃殿下の薨去を以て絶家となっている。

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庭園の四阿からは猪苗代湖が見える。

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現在も県の迎賓館として、天鏡閣と同様に今上天皇ほか多くの皇族を迎え入れている。

第674回・天鏡閣

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有栖川宮威仁親王(1862~1913)の御別邸として明治41年(1908)、福島県の猪苗代湖を望む高台の上に建てられた西洋館。竣工後間もなくこの西洋館に滞在、利用された大正天皇(当時は皇太子)によって「天鏡閣」と命名された。国指定重要文化財。

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赤煉瓦の表門。
この門も重要文化財である。門燈は保護のため四角い透明カバーで覆われている。
現在、周囲は樹木が鬱蒼と茂っているが、かつては丘の上の西洋館は猪苗代湖からもよく見えたという。

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正面。
明治40年に東北地方を巡遊された有栖川宮威仁親王は猪苗代湖の風光に魅せられ、御別邸がここに建てられることになったと言われる。御別邸は有栖川宮のみならず大正天皇、昭和天皇も宿泊、滞在に利用された。

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有栖川宮威仁親王は建築に大変関心を持たれていたとされ、御別邸の設計にも威仁親王の御意向が反映されていると考えられている。失礼乍ら外観に少々素人臭い印象があるのはそのためだろうか。

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避暑など夏の使用を主に考えて造られた建物であるが、冬は雪深い猪苗代の土地柄を考慮したのか、広いベランダなどは設けない閉鎖的な外観である。外壁の色彩も北国らしい。

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有栖川宮家が絶家になった後は、その祭祀を引き継いだ高松宮家に御別邸も引き継がれた。昭和27年に高松宮家より福島県に下賜、会議や宿泊施設などに使われたが老朽化が進み、昭和46年使用中止、その後国指定重要文化財となり大がかりな修復が行われた。現在は一般公開され、猪苗代湖周辺でも屈指の観光名所でとなっている。

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本館のほか、付属建物もよく残されている。写真手前の平屋建は調理所(厨房)として建てられたもの。
現在は見学者用の玄関と受付に利用されている。

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旧調理所と向かい合う位置に建つ別館。
管理用事務所及び関係者の宿泊棟として建てられたもので、これも重要文化財に指定されている。

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簡素ながらも、本館に準じた造りの西洋館となっている。

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別館(右)は窓や基壇、換気口飾りなど、本館(左)と異なるデザイン、仕上げが施されていることが分かる。

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玄関ホール兼階段室。暖炉上の円形の鏡飾りやその奥に置かれた帽子掛けなど、アールヌーボー調の装飾が施されている。

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客間。家具調度類も資料に基づいて再現が図られている。

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食堂。期間限定で、ここの大テーブルで見学者が喫茶を楽しめるようである。

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撞球室。
撞球台は横浜の原三溪の邸宅にあったものらしい。

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廊下や階段室にも暖炉を設けている。

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二階階段室の天井には展望台への出入り口と思われるものがあるが、階段がないのでその都度梯子を掛けて出入りするようである。

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二階は居間や寝室など、私的な部屋が配されている。

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二階居間に面した小さなベランダから外を見る。かつてはここからも猪苗代湖が見えたものと思われる。

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御座所と呼ばれているが、実際は書斎のような空間として使われていた部屋。

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一階玄関の暖炉飾りと同様円形の鏡が配された洗面所。
ただし創建当初からのオリジナルではなく、関係者の記憶をもとに再現されたもの。

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館内にある暖炉上部の飾りの大半は、古写真や関係者の聞き取りなどをもとに復元されたもののようである。

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暖炉自体は創建当初からのオリジナルである。細部にアールヌーボー調意匠が施されており、これらの装飾は当時宮内省内匠寮技師で、アールヌーボーなど当時の最先端デザインにも詳しかったとされる木子幸三郎(1874~1941 木子七郎の実兄)による可能性が高いようである。

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館内各所の暖炉。暖炉の石材は食堂のみが緑がかった大理石で、それ以外は白い石が使われている。

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用いられている暖炉タイルの多彩さは、この館のみどころのひとつである。

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天井の照明台座飾りも部屋毎に異なり、見応えがある。

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少々地味な外観とは裏腹に、内部は華麗な空間が広がっている。
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