第1134回・JR白河駅舎

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東北の玄関口として知られる福島県白河市福島県白河市にあるJR東北本線白河駅。赤い三角屋根が目を引く現在の駅舎は大正10年(1921)に建てられた。同時期に建てられた四国のJR琴平駅舎とは赤い屋根や正面の三角切妻などに相似が見られる。

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駅の開業は明治20年(1887)で、日本初の私鉄である日本鉄道の駅として設置されたが明治39年(1906)に国有化された。

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現駅舎は鉄道省時代の大正10年(1921)に建てられた2代目である。

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町の玄関口としての役目は新幹線停車駅である隣の新白河駅(旧磐城西郷駅)に譲り、現在は静かな佇まいを見せている。

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木造平屋建てで、赤い洋瓦で葺かれた屋根に大きな三角切妻を正面に向ける外観は同時期に建てられた先述の琴平駅舎や、現存しない旧小田原駅舎と共通している。

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ハーフチンバー風の外観だが、大正期の建造物らしく正面の三角切妻には簡素な幾何学意匠の装飾が施されている。

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後補と思われるが、正面玄関上部の窓にステンドグラスが嵌め込まれており、駅舎の名所となっている。

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かつては東北の玄関口の駅として、多くの人がこの駅舎を出入りした。

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駅内部の改札まわり。

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現在は駅舎内に「駅カフェ」が設けられ、周辺市街地の活性化を図るための資源としても有効利用が図られている。白河の観光名所のひとつである白河小峰城にも近い。
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第1122回・旧桑折郡役所

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福島県伊達郡桑折(こおり)町字陣屋にある旧桑折郡役所は、明治16年(1883)に建てられた擬洋風建築。洋風建築の導入を積極的に進めた当時の福島県令(知事)・三島通庸の方針が反映されていると推測されている。明治初期の擬洋風官公庁舎として国の重要文化財に指定されており、現在は一般に公開されている。

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桑折町の中心街に建つ旧桑折郡役所。真っ直ぐに伸びた道路の突き当りに洋風建築の庁舎を置く配置は、三島が最初に県令として赴任した山形市街でも見られ、ここでも同じ区割りの都市計画を進めたものと思われる。

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明治12年(1879)に設置された伊達郡役所は、当初は庁舎を保原村(現伊達市保原町)に置いたが、桑折村が誘致運動を行った結果現在地に移転された。明治16年(1883)10月に竣工した新庁舎の総工費2万5千円はすべて地元が負担、設計施工も地元の大工棟梁である山内長蔵ほか3名が請け負った。

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館内に展示されている明治16年竣工当時の古写真。大正15年(1926)の郡役所制廃止まで43年間郡役所として使用された。なお、屋根の上に載る塔は、振動が大きいとの理由で竣工から僅か4年後の明治20年(1887)に撤去されている。

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郡役所として使われていた時代の古写真。大部分の期間は塔の無い状態であった。
郡役所廃止後は、伊達郡各種団体や福島県の事務所として昭和44年(1969)まで使用されていた。

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昭和49年(1974)に福島県、同52年(1977)には国の重要文化財に指定され、大掛かりな半解体修理と復元工事が行われた。工事は昭和54年(1979)に完了した。

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平成23年(2011)の東日本大震災では内壁の崩落や基礎石にずれが生じるなどの被害を受けたが修復され、同時に耐震補強も施された。平成26年(2014)4月より一般公開が再開されている。

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昭和54年の修復工事に際し、92年ぶりに復活した塔。
塔の無かった期間を超えるには、あと半世紀必要である。

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福島県内には旧桑折郡役所のほかにも明治期の郡役所庁舎がいくつか現存しており、そのうち特に旧南会津郡役所(福島県指定重要文化財)は、規模や意匠に類似性が見られる。

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背面はペンキを塗らない白木の下見板張りとなっている。

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現在は桑折町が管理しており、無料で公開されている。

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玄関の半円アーチの欄間には色硝子が嵌め込まれている。

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1階階段ホール。正面向かって左側に旧事務室及び旧郡長室があり、右側に階段ホール、旧人民詰所、旧戸長詰所のほか、炊事場や小使室などのバックヤードスペースが設けられている。

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炊事場に続く湯沸場には囲炉裏が切られており、文明開化調の外観や主要室とは一転して古民家のような佇まい。

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湯沸場に続く和室は宿直室として使われていた。

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各室の天井に設けられたランプを吊り下げる照明台座には、それぞれ異なる図柄の鏝絵が施されている。

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階段の手摺。

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二階は旧郡会室及び控室、階段ホールで構成されている。
写真は旧郡会室。

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旧郡会室の一角にある塔屋への階段。
なお、旧郡会室の床板は他の部屋と異なり、溝が刻まれている。これは床板を敷き詰めると煉瓦敷の目地のように見えることを狙った工夫である。

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二階ベランダへの出入り口にも、色硝子を嵌め込んだ半円形の欄間が設けられている。

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ベランダ越しに桑折市街を望む。

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桑折町のシンボルとして大切に保存されている。

第790回・旧亀岡家住宅

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旧亀岡家住宅は、明治30年(1897)頃に福島県の伊達崎村(現伊達郡桑折町)に建てられた、擬洋風建築の民家である。現在は主屋部分が伊達市保原町に移築され、同市の歴史文化資料館の施設として公開されている。

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館内に展示されている、桑折町にあった当時の写真。現存する主屋のほかにも、煉瓦造の塀や門、複数の土蔵や蚕屋などの付属施設もひととおり残されていた。

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歴史文化資料館と旧亀岡家住宅は、保原総合公園の一角にある。

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旧亀岡家住宅主屋の正面全景。
右側の土蔵風の外観の建物は歴史文化資料館。

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背面からみた旧亀岡家住宅主屋。主屋は二階建の座敷棟と平屋建の居住棟から構成されている。当初、主屋以外の建物も併せて保存が模索されたが、諸事情から結局主屋のみが現在地に移築されることになった。

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外壁は小さく切った銅版を張り、柱や建具はペンキ塗りで仕上げた擬洋風の外観が特徴。

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座敷棟の屋根中央には煉瓦積の煙突が見られるが、既存の洋風建築を見よう見真似で造ったせいなのか、煙突としての機能は持たない、見せかけだけのものである。

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正面玄関の上部には八角形平面・三層の展望塔が張り出している。

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正面玄関と内玄関。

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玄関内部。擬洋風の外観とは対照的に、内部は一部を除き伝統的な和風の造りになっている。

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館内で唯一の洋室である主人書斎。
天井は垂木を放射状に配して中央部分を一段折り上げた、湯殿のような造り。

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手すりが洋風に造られた廻り階段。

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二階の書院座敷。
亀岡邸の座敷棟は戦後、結婚式場などに使われていたこともあった。

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床脇や書院窓などに意匠を凝らした二階座敷。

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同上、書院窓。

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サンルームのような趣の展望塔二階部分。三階への廻り階段がある。
なお三階は非公開。

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廻り階段の側面には、木の自然の形状を活かした柿の彫り物がある。

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一階居住棟、主人居間。折り上げ格天井や欄間の彫刻など、凝った造りの部屋となっているが書院造の部屋で構成される座敷棟と異なり、民家らしく囲炉裏や神棚を備える。

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主人居間から隣室を見る。

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この館を建てた亀岡家の当主・亀岡正元は、豪農であると同時に郡会議員もしていた名士であるという。

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居住棟も建具や欄間に凝った造形が見られる。

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居住棟の書院窓の下には亀がいる。

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土間に面した囲炉裏の間。

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屋内に設けられていた井戸の跡。釣瓶などがそのまま移築されている。

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土間への通用口がある居住棟の外観。

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平成8年に、福島県の重要文化財に指定されている。

第682回・池田種苗店他 七日町通りの建物

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会津若松市の七日町通りには前回まで紹介した塚原呉服店や白木屋漆器店のほか、洋館や伝統的な構えの古い商家が多く残されている。看板建築も塚原呉服店第二営業所のような奇抜なものから、写真の池田種苗店のようなユーモラスな装飾を施したものも存在する。

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塚原呉服店第二営業所と同じく昭和初期の建物と思われる池田種苗店。

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背面には和風の居住棟と土蔵がある。

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側面には小さな円形窓が開けられている。

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正面窓上部の2連アーチにはモルタル細工で造ったカブのレリーフ。

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正面と側面窓の欄干にもカブの形にくりぬいた装飾を施している。

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「池田種苗店」と刻んだ古風な木製看板と、「たね」の文字が入ったカブを象った看板。
共にいい感じである。

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池田種苗店と同じくモルタル仕上げの洋風外観を持つ、尚伸株式會社。

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背面にはやはり和風の居住棟が見える。

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一階店舗部分はギャラリーに改修されていた。

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両脇を白・黒二色の土蔵に挟まれている。

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池田種苗店に隣接する古道具店「寧々や」の建物も古い商家を改装したものと思われる。

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古い商家を改装したレオ氏郷南蛮館。領主として会津発展の礎を築いた戦国大名・蒲生氏郷を紹介する資料館として使われている。

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会津の民芸品などを販売している笑美((有)荒井工芸所) の店舗は煉瓦造りの洋風商家。

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土蔵造りに赤瓦葺きという会津の伝統的商家のスタイルを見せる、花と陶器・永山。
大正5年(1916)の建物という。

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大正期建造の渋川問屋。現在は宿泊施設及び料理店として使われている。
以上紹介した七日町通り周辺の建物群は、会津若松の観光資源として整備が進められているようである。

第681回・塚原呉服店

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福島県の会津若松には、塚原呉服店という面白い戦前の商店建築が残っている。
本店とその第二営業所として建てられた店舗の両方が今も健在であるが、堂々たる洋館風の本店と面白い意匠の第二営業所が好対照を為している。

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まずは本店。洋風三階建で、外装は石造風に仕上げている。大正15年(1926)の竣工とされている。

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現在はスポーツ用品店となっている。

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正面中央の赤煉瓦仕上げの部分は、近年の改装による後補のようである。元々は全面モルタル塗りであったようだ。

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屋上パラペット(手摺り)には、右書きで「株式會社」「塚原呉服店」の文字と屋号が金文字で掲げられている。

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右側ショウウインドウの上部には色硝子の欄間がある。

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「TSUKAHARA GOFUKUTEN LTD」の看板は、当初からのものと思われる。

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背後には土蔵造り・瓦葺きの住居棟と思われる建物が接続されている。

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本店とは同じ通りに面しながらも、少し離れた場所に建つ第二営業所。本店より1年遅れの昭和2年(1927)竣工。古典的な西洋建築風の外観を持つ本店とは対照的に、モダンな外観の店舗として造られたようである。

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壁面にモルタル細工で店名やキャッチフレーズを浮き上がらせた、文字通りの「看板建築」である。

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「第二営業所」

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モルタルで描き出した「Department Store」の文字の下には金属製看板で「だいに つかはら」

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側面にもモルタルによる文字が。
「新柄なら塚原へ」

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「株式會社 第二チエンストアー 塚原呉服店」
チェーンストアーの事だと思われる。

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こちらは洋風に作られているのは側面一間分だけで、背後には和風の住居棟とナマコ壁の土蔵がある。

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本店・第二営業所共々是非残して欲しい建物である。
なお第二営業所の一軒おいて隣は、先日紹介した白木屋漆器店旧郡山橋本銀行会津支店である。
これらの建物が建ち並ぶ七日町通りには、他にも多くの古い商家や看板建築が残っている。
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