第1074回・旧生方家住宅

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群馬県沼田市西倉内町、沼田公園内にある旧生方(うぶかた)家住宅は、切妻造、妻入、板葺屋根の大型町家である。江戸時代中期(17世紀末)の創建と考えられており、東日本では最古の町家とされる。以前取り上げた旧土岐家住宅洋館と隣接する位置に移築、保存されている。国指定重要文化財。

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元々は沼田市中心街の上之町にあったが、昭和45年(1970)に国指定重要文化財となった後、沼田市が生方家から寄贈を受け現在地に移築された。移築に際しては建築当初の形態への復原が図られ、昭和48年(1973)に移築復原工事が完成した。

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移築前の姿。生方家は「かどふぢ(角藤)」の屋号で代々薬屋を営み、1階は移築前まで薬局の店舗として使われていた。右側の一部はアーチ窓が連なり洋風に改装されていたことが分かる。江戸中期から明治、大正を経て、昭和40年代半ばに至るまで、300年近く使われていたことになる。

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生方家は、江戸時代には沼田藩御用達の薬種商として沼田でも指折りの豪商であったという。写真は大正時代頃の生方家。まだ一階部分は洋風に改装されていないが、「PHARMACY(薬局)」と大書された横文字の看板が時代を感じさせる。

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戦時中の防空訓練の模様を写した珍しい写真。背後には生方家住宅(かどふぢ薬局)が写っている。一階の一部は洋風に改装されており、移築直前の姿とほぼ同じ形になっていることが分かる。

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沼田は群馬県と長野県の県境に近いためか、正面に大きな切妻を見せ、屋根の先端には雀おどしと呼ばれる棟飾りを置いた姿など、長野県下で多く見られる本棟造の民家に似ている。(軽井沢万平ホテルはこの本棟造を基調としている)

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正面には店舗として使われていた上店、下店の二間が並ぶ。

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下店に置かれている薬棚は移築直前の昭和40年代まで使われていたもので、棚のラベルには現在でも売られている市販薬の名前がいくつも記されていた。

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店の奥が炉を切った居住空間となっており、その横を敷地背後まで貫く形で「通り庭」と称される土間の通路が通っている。二階は使用人が寝起きするための空間で、梯子を使って出入りするようになっている。

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移築直前の内部。上記写真とほぼ同じ位置と思われる。旧宅を沼田市に寄贈した生方家は、当主の生方誠(せい 1894~1978)は、家業の薬局を営むほか、国家公安委員や沼田町長も務めた町の名士でかつ、芸術に造詣の深い文化人でもあった。また妻の生方たつゑ(1905~2000)も歌人として著名な人物である。

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それぞれ海外留学もしくは都会生活の経験を持つ生方夫妻は、新婚当初はこの古い家ではなく、沼田市内に建てた洋館の新居で生活していたようである。

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旧生方家住宅に併設された生方記念資料館では、生方夫妻の足跡や生活を知ることができるが、東京からの来客に洋菓子や洋食を振る舞うなど戦前の地方都市としては驚くほどハイカラな生活をしていたようだ。移築前は一部が洋風に改装されていたのもそのためかも知れない。

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移築に際しては江戸時代の創建当初の姿に戻されたため、その後の増改築が施された部分は失われているが、一部の装飾や建具などが土間や室内に保存展示されている。

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天井の小屋組み。

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二の間。

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床の間がある三の間。仏間として使われていたようだ。

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四の間。

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五の間。最も奥の部屋である。

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寒さの厳しい土地であるため窓は殆ど設けられていないが、閉鎖的な造りはそれだけではなく、嫁や使用人の逃亡防止のためでもあったとか。展示の説明文で「牢獄」と表現されていたのもむべなるかな、である。

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旧生方家住宅に隣接する旧土岐家住宅洋館は中心街に再移築されることになったが、旧生方家住宅は引き続き現地で保存されるのか、場所を移して保存されるのかは今のところ不明である。いずれにせよ生方記念資料館共々、沼田市の宝として有効に活かして頂きたいものである。

なお、本記事の古写真はいずれも、生方家住宅の館内もしくは併設の生方記念資料館の展示品であることをお断りしておく。
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第1049回・安中教会教会堂(新島襄記念会堂)

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群馬県安中市の日本基督教団安中教会教会堂は、同志社大学の創設者として知られる新島襄の召天(逝去)30年を記念して、大正8年(1919)に建てられた大谷石造の会堂である。国登録有形文化財。

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前回紹介した旧碓氷郡役所に隣接して建っている安中教会教会堂。

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外観はゴシック様式とし、石造の壁体にバットレス(控壁)を設ける。正面玄関左には鐘塔を配置する。

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屋根はかつては天然スレート葺であったが、現在は銅板葺に改められている。

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内部は天井をロマネスク風の円筒ヴォールトとし、突き当りの祭壇には2本の茨城県産大理石の石柱を立て、小川三知の作というステンドグラスを飾る。写真は祭壇側の外観。

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大谷石はフランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテルに用いられたことで有名になったが、元来は北関東で蔵の建材などに使われてきた石材である。

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同じく大谷石を用いたキリスト教会堂として、栃木市のカトリック松が峰教会(昭和7年)がある。

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宗教家であり、教育者でもある新島襄(1843~1890)は、安中藩士の長男として天保14年(1843)に江戸で生まれ、元治元年(1864)に密航、米国のボストンに渡り、現地でキリスト教の洗礼を受けた。

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明治維新後の明治7年(1874)に宣教師として帰朝後、最初に伝道を行ったのが安中の地であった。

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安中教会は明治11年(1878)、新島襄に洗礼を受けた海老名喜三郎(安中教会初代牧師、のち同志社大学総長)などによって設立された。

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新島襄記念会堂とも称される現在の教会堂は、5代目牧師の柏木義圓、教会設立時からの信徒で群馬県会議長も務めた湯浅治郎などの尽力によって建てられた。

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大正7年(1918)の8月に着工、翌大正8年8月に竣工した。
設計者は古橋柳太郎。

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2階建の鐘塔を見上げる。

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正面扉の上には、新島家の家紋「根笹」のレリーフを飾る。

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教会堂のほか、宣教師館(旧ベーケン邸)、義圓亭(旧柏木義圓書斎)、温故亭(旧牧師館)の3棟が、平成16年(2004)に国の登録文化財となっている。

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通常は敷地内への立ち入りは出来ないが、平日に限り、事前予約制で内部見学が可能である。(日曜日は外観のみ見学可能)

第1048回・旧碓氷郡役所

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群馬県安中市安中3丁目にある旧碓氷郡役所は群馬県内で現存する唯一の旧郡役所庁舎で、明治44年(1911)に建てられた。安中市指定重要文化財。

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明治11年(1878)、郡区町村編成法の公布により、群馬県では17の郡が設置され、そのうち碓氷郡役所は中山道の宿場町である安中宿の旧本陣に置かれた。

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明治21年(1888)、旧安中城内の町口門北側に位置する現在の場所に移転、洋風建築の庁舎が新築されたが、明治43年(1910)、原因不明の火災によって焼失してしまった。

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翌明治44年(1911)、跡地に和風意匠の庁舎が再建された。再建に際しては、江戸時代に中山道沿いに植えられ、安中宿の名物として知られていた安中の杉並木が、外壁の腰壁や内部の天井板として用いられた。

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大正15年(1926)に、各郡役所が廃止されたことに伴い役目を終えた後は、碓氷郡農会、碓氷地方事務所、安中農政事務所と変遷を重ねたが最後は空屋となり、昭和49年(1974)に群馬県から安中市に移管された。

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平成8年(1996)、安中市指定重要文化財に指定されて創建当時の姿に復元、平成10年(1998)より「旧碓氷郡役所」として一般公開されている。

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群馬県内に残る唯一の郡役所建築であるが、全国的に見ても旧群役所の庁舎は貴重な歴史的建造物である。

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敷地内にある蔵は、かつての文書庫だろうか。

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展示されている古写真を見ると、石の門柱は焼失した先代庁舎の頃から存在するもののようだ。

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群馬県以外に残る郡役所建築では、兵庫県の旧七美郡役所旧出石郡役所や、山梨県の旧東山梨郡役所(現在は明治村に移築)などがある。

第1046回・山本館本店

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山本館本店は、群馬県吾妻郡草津町の草津温泉にある老舗旅館で建物は昭和初期の木造建築である。草津温泉のシンボルである湯畑に面して建っている。国登録有形文化財。

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湯畑越しに見る山本館本店。木造三階建てで、地階及び塔屋を備えている。

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地階に天井の高い浴室があり、1階部分に浴室の高窓がある。かつての草津温泉は外湯(共同浴場)が主流で、内湯を備えた宿は少なかったが、山本館では古くから内湯を備えていた。

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古い歴史を有する草津温泉の中でも、山本館は文化年間(1804~1817)の創業と伝わる老舗である。

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現在の建物は、正面右側(湯畑に面した側)が昭和3年(1928)の竣工である。

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正面左側は昭和10年(1935)の増築。

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明治から昭和戦前に建てられた温泉旅館によく見られる、唐破風付きの車寄せを備えている。

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フロント。旅館の屋号が書かれた玄関の硝子戸などに昭和情緒が感じられる。

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フロント脇にある談話室。

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建物の内外にわたって古い建物の趣を損なうことなく上手に改装されている。

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洋風の手摺りを備えた階段。

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二階階段室。

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三階に続く階段。

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三階階段室。
館内には大小2箇所の階段室があり、以上の写真は全て大階段である。

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もうひとつの小階段の3階には、屋上の塔屋に続く階段がある。(但し宿泊客の利用は不可)

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3階の廊下。

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2階大階段横の花頭窓。

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客室の床の間。写真は2階の客室。

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2階客室から玄関の車寄せを望む。

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塔屋を備えた4層の外観は、草津温泉街のランドマークとなっている。

第1044回・旧沼田貯蓄銀行

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群馬県沼田市にある旧沼田貯蓄銀行は、明治40年(1907)頃に建てられた擬洋風の銀行建築である。現在は沼田市によって旧所在地の材木町から程近い上之町に移築復原され、平成28年(2016)7月より一般公開されている。群馬県指定重要文化財。

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旧沼田藩の城下町として繁栄した歴史を有する沼田市には、現在も沼田城址や、街中に点在する商家の土蔵などに城下町の名残を残している。旧沼田貯蓄銀行もそのひとつである。

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沼田貯蓄銀行は明治31年(1898)創業、現存する旧本店店舗は、材木町に本店を移転した後の明治40年頃に建てられた。銀行はその後合併を繰り返し、旧本店店舗は昭和9年(1934)まで銀行店舗として使われていた。

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銀行店舗としての役割を終えた後は、職業安定所、土地改良区組合事務所、酪農組合事務所と用途は変遷を重ねるが、昭和58年(1983)に使用を終え、翌年群馬県の文化財に指定された。

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それから30年近く経った平成24年(2012)から解体調査が行われ、現在地に移築保存されることとなる。平成26年から移築復元工事に着手、2年後の平成28年に竣工した。写真の棟飾りは移築に際し復原されたものである。

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一部が土蔵造となっている木造2階建で、外観を洋風、内部は和室も備えた和洋折衷とする。

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周囲の鉄柵や淡い緑色の柱や窓枠は、屋根の棟飾りと同様に、移築に際しての調査により旧状が判明したので、復原されたものである。

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正面の玄関ポーチは移築前から残されていたが、階上の手摺は失われており、移築に際して復原されたものである。

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玄関ポーチの内側と天井には漆喰による鏝絵細工が施されており、この建物の見どころのひとつである。

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玄関ポーチ天井の照明台座。かつてはここにランプなどの照明器具を吊るしていたものと思われる。

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1階旧営業室。

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同上、天井に取り付けられた木製の照明台座。

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旧営業室から入口側を望む。

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2階への階段。下にあるのはかつての電話室と思われる。

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階段の親柱。

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階段から二階を望む。二階は和風の色合いが強い。

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旧店長室の天井と照明台座。
明治から大正期の洋風建築で多く用いられた金唐革紙が貼られている。

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床の間を備えた二階広間。

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紙張りの天井やアーチ型の欄間を備えた玄関ポーチへの出入り口など、和洋折衷となっている。

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沼田市内における近代の金融史を伝えるただひとつの建物である。
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