第1153回・荒川家(荒為)住宅

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茨城県筑西市(旧下館市)甲にある荒川家住宅は、明治中期に建てられた商家である。「荒為」の屋号で肥料・荒物・雑貨などを扱う商都下館を代表する卸問屋であった。建物は明治から昭和戦前に増改築を重ね、家具調度類などに往年の繁栄が偲ばれる洋風の応接間なども残されている。国登録有形文化財。

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正面から見た荒川家住宅。
明治41年(1908)頃に建てられた土蔵造二階建の店蔵と、隣接する三階建の袖蔵が国道50号線に面して建っている。袖蔵は昭和8年(1933)に道路拡幅により店蔵を曳家で後方に移設した際に増築された。

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国道を挟んで、以前紹介した荒川家住宅が荒為の荒川家住宅と向かい合って建っている。こちらも明治末期に建てられた店蔵と昭和8年に増築された三階建という組み合わせ。三階建の増築部分の一方は土蔵で、もう一方は洋館である。

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店蔵は現在内部を改装し、建築設計事務所として使われている。

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店蔵の脇にはアーチ型の石門が設けられ、背後の主屋へ続いている。

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アーチ上部の要石に施された装飾。

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石畳の通路には、かつて主屋の奥の土蔵へつながっていたトロッコのレールが一部残されている。

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店蔵の背後に建つ主屋は敷地内で最も古い建物で、江戸時代末期に建てられた。当初は平屋建であったが明治21年(1888)に荒川家が買い取り、卸問屋を開業した。明治25年に2階が増築され、その後大正から昭和にかけて客座敷と洋風の応接間が増築された。

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主屋とは小さな植え込みを挟んで建つ土蔵。店蔵とほぼ同時期に建てられ、かつては10棟の蔵があったが、現存するのはこの1棟のみである。

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主屋は現在、かつての屋号に因んだ店名を付けた日本料理店「食の蔵 荒為」として活用されている。玄関先にあるのはかつて当家で使われていたと思われる電話室。

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電話室の中には古い壁掛け式の電話機と黒電話が残されている。仕切りの硝子には、明治期の建物で多く見られる絵入り砂摺り硝子が用いられている他、戦前の建物に多く見られる結霜硝子も見ることができる。

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囲炉裏のある一階の一室。古民家に見られる根太天井となっており、主屋内でも最も古い部分と思われる。

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庭越しに土蔵を望む。

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この家がかつては商家であったことが分かる大きな金庫。

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主屋一階便所の飾り窓。

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洋風に造られた階段室の照明とステンドグラスは、昭和初期の増築時のものか、もしくは近年に改装によって取り付けられた後補品かも知れない。

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家具調度類に至るまで戦前の商家の雰囲気をよく残しているのが主屋二階の応接間で、商談や顧客の接待用の部屋と思われる。洋室のほかに床の間を備えた書院造の座敷も設けられており、用途に応じて使い分けられていたものと思われる。

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椅子の脇に置かれている火鉢は手あぶり用の火鉢で、床に置かず椅子の高さに合わせている。奥の観音開きの硝子戸はバルコニーに続いている。

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バルコニーは床をタイル貼りとし、開口部周りにはモルタルによる重厚な装飾が施されている。奥に見えるのは主屋奥の土蔵。

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淡いピンク色のタイルで仕上げられた暖炉。
中に瓦斯ストーブを嵌め込んで使用する形式のもの。

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天井の照明台座に施された漆喰飾り。

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暖炉脇に置かれた、昭和初期のものと思われるモダンなデザインの飾り棚。

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それぞれ異なる特色を備えた2つの荒川家住宅が向かい合う姿は、商都下館の歴史的景観を代表するもののひとつと言え、貴重である。
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第1011回・篆刻美術館(旧平野家表蔵棟・裏蔵棟)

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茨城県古河市中央町二丁目にある篆刻美術館は、この地で酒類卸売業を営んできた平野家によって大正9年(1920)に建てられた2棟の石蔵を、古河市が全国的にも珍しい篆刻専門の美術館として活用したもの。城下町及び宿場町として繁栄していた古河の隆盛を伝えている。国登録有形文化財。

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現在は表蔵・裏蔵の2棟のみが現存する。主屋の跡地には、美術館の別館が建てられている。

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栃木県及び茨城県ではよく見られる大谷石を用いている。

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内部はかつて一階が洋間、二階が納戸、そして三階には数寄屋風書院の座敷があったという。

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現在は内部を改装し、二層の展示室になっている。
階下の展示室のみ、壁や天井にかつての洋間の面影を残している。

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3階建の石蔵は当地のランドマークであったが、平成3年(1991)に古河市の手によって、日本で初めての篆刻専門の美術館として生まれ変わった。

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裏蔵。こちらは2階建。
表蔵と裏蔵の間には鎮守社の跡も残されている。

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館内では古河出身の篆刻家・生井子華(1904~1989)の作品を中心に、篆刻にかかわる封泥や石印材を常設展示している。

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主に裏蔵を会場として、現在活躍している篆刻家たちの作品展示や、古河市内小中学校生や全国高校生の篆刻作品展示も行われているという。

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古河城の城下町及び日光街道の宿場町として、江戸時代から近代に至るまで繁栄していた古河の歴史を伝える建物のひとつである。

第979回・武蔵屋店舗

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茨城県古河市横山町にある鰻料理店・武蔵屋の店舗は、明治中期に建てられた重厚な外観が特徴。元々は茶屋の建物として建てられ、明治末期に武蔵屋が譲り受けて今日に至っている。国登録有形文化財。

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武蔵屋店舗は旧日光街道の古河宿に西面して建っている。明治中期に、茶屋(遊郭であったとも言われる)「漆屋」の店舗として建てられた。明治44年(1911)に武蔵屋が取得、それ以降は鰻料理店として使われている。

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背面。
平成22年から翌年にかけて、背面にあった後年の増築部分を撤去するなど大規模な改装を行っている。

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重厚な土蔵造ながらも、茶屋として建てられたためか、二階前面には開放的な縁側を設け、街道を見下ろす造りになっている。

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外観でもとりわけ重厚さが現れている屋根瓦。

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一階の腰壁部分は石貼とする。北関東でよく見られる大谷石にも見える。

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銘木が真ん中に立っている店舗内部。

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当初からの造りか後年の改装であるかはわからないが、内部は吹き抜けになっている。

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江戸時代以来の宿場町の面影を伝える料理屋建築である。

第969回・旧古河町役場

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茨城県古河(こが)市中央にある古河テクノビジネス専門学校の建物は、昭和3年(1928)に建てられた旧古河町役場庁舎を増改築したもの。古河市に残る数少ない近代洋風建築である。

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旧建物の壁面のみを残して建て替えたようにも見えるが、ガラス張りの部分は増築であり、旧建物は構造体も含めて現存する。(但し内部は改装されている)

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古河は江戸時代には古河城の城下町及び日光街道の宿場町として繁栄していた。戦災も免れたため、今日も市街地の中心部には土蔵造の商家や武家屋敷が点在するが、近代洋風建築は珍しい。

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昭和25年(1950)の市制施行に伴い、初代古河市庁舎としても使われた。

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古河テクノビジネス専門学校のホームページによると、校舎の竣工は昭和62年(1987)とあるので、現在の姿になったのはこの時期と考えられる。

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外壁に貼られた明るい黄褐色のタイルは、昭和初期の建物によく見られる引っ掻き傷を付けたスクラッチタイルである。

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新旧のデザインの取り合わせの良し悪しは、ここでは触れない。旧い建物を残したことに対して敬意を表するに止めておきたい。

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側面の外壁。
背面にも旧建物の外壁が残されているが、背面はスクラッチタイル貼りではなくモルタル仕上げになっている。

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側面の窓の一部には、創建当初のものと思われるスチールサッシが残されている。

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茨城県内では同時期の町役場庁舎で現存するものとして、昭和11年竣工の旧太田町役場(現・常陸太田市郷土資料館)がある。

第960回・旧太田銀行(塩町館)、旧太田協同銀行(常陸太田市郷土資料館分館)

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前回紹介した茨城県常陸太田市の旧太田町役場(梅津会館)の傍に、明治時代に建てられた土蔵造の銀行建築が2棟残されている。

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常陸太田市の中心部は「鯨ヶ丘」と呼ばれる 台地上にあり、棚倉街道沿いの商業の集積地として繁栄していた。現在もその名残として古い商家や土蔵が多く残されている。

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そのような家並みの中に、洋風意匠を加えた土蔵造の建物が建っている。
明治時代に建てられた旧太田銀行の建物で、現在は改修され、「塩町館」という蕎麦屋になっている。

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屋根瓦には「銀行」の文字がある。

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アーチ風の曲線を描く玄関ポーチ。おそらく創建当初からの形状と思われる。それまでの伝統的な商家には無い、明治期ならではの洋風を意識した造りである。

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内部。
店内の一部は吹き抜けになっているが、一階の天井梁はそのまま残されている。
菱形の硝子戸は改修に際し新たにデザインされたものと思われるが、建物の雰囲気によく調和している。

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吹き抜けの上部は二階の小屋裏まで見えるが、これも改修後のデザインと思われる。

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太田銀行は明治18年(1885)から大正2年(1913)まで存在していた銀行である。
建物の建設時期も、この間と思われる。

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大正2年に土浦五十銀行に買収された後は、五十銀行を経て現在の常陽銀行に続いている。

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旧太田銀行とは目と鼻の位置にある、旧太田協同銀行の建物。前回紹介した常陸太田市郷土資料館の分館として使われていたが東日本大震災で被災、現在も休館中である。

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旧太田銀行(右)と旧太田協同銀行(左)。
なお、旧太田町役場は写真撮影場所からすぐ後ろの位置に建っている。

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太田協同銀行は明治14年(1881)から大正10年(1921)まで存在していた銀行である。その後常磐銀行を経て、旧太田銀行と同じく現在の常陽銀行に続いている。(以上、「銀行変遷史データベース」を参考にさせて頂いた)

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東日本大震災では怪我人は無かったものの、屋根瓦は大きく崩れ、壁には大きな亀裂が生じ、内部では金庫が倒れるなど大きな被害を受け、未だ復旧していない状況である。(参考:常陸太田市郷土資料館ホームページ

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なお、旧太田協同銀行だけではなく、周辺には未だ屋根などに震災の傷跡を残している建物が点在している。

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常陸太田市郷土資料館の本館である旧太田町役場の修復は完了したので、次は分館の修復が待たれる。
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