第1023回・スミス記念堂(旧須美壽記念禮拝堂)

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滋賀県彦根市本町三丁目、彦根城の堀端に建つスミス記念堂は、昭和6年(1931)に日本聖公会彦根聖愛教会の牧師で彦根高等商業学校の英語教師でもあったパーシー・アルメリン・スミス氏の祈願により、彦根城の旧・中濠端(現・外濠)に建設された和風礼拝堂。平成19年(2007)に現在地に移築された。国登録有形文化財。

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以前紹介した旧彦根高等商業学校講堂陵水会館がある滋賀大学彦根キャンパスの近くに建っている。和風の礼拝堂は、国の重要文化財に指定された奈良の日本聖公会奈良基督教会(昭和5年)があるが、スミス記念堂はほぼ同時期の建物である。

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パーシー・アルメリン・スミス氏(1876~1945)は米国イリノイ州ディクソンに生まれ、明治37年(1904)に来日、広島高等師範学校へ英語教授として赴任した。大正14年(1925)に彦根高等商業学校に赴任、健康を害し米国へ帰国する昭和14年(1939)まで彦根に定住、キリスト教の布教活動や文化活動に従事していた。

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昭和6年(1931)、スミス氏は両親の慰霊のため、そして日米両国の人々の基督教を通じた交流を願って礼拝堂の建築を祈願する。スミス氏自ら醵出した多額の資金に日米双方からの醵金を加え、彦根の宮大工である宮川庄助氏の協力を得て、「須美壽記念禮拝堂」が完成する。

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キリスト教の普遍的精神と、彦根の風土と日本の精神を調和を目指したという礼拝堂は、花頭窓・唐破風・屋根などは、借景となっている彦根城をモチーフにしたものであるという。正面の扉や梁、屋根瓦、釘隠しなどには十字架や葡萄など、キリスト教に関連するモチーフが随所に織り込まれている。

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平成8年(1996)、都市計画道路の拡幅工事により礼拝堂は取り壊しの危機に瀕するが、移築活用を願う「スミス記念礼拝堂を彦根に保存する会」により解体保存される。保存運動はその後、彦根の各界各層有志によって平成15年(2003)に設立された「特定非営利活動(NPO)法人スミス会議」に引き継がれる。

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彦根市の協力により、旧所在地と同じく彦根城を望む堀端の現在地が再建用地として用意され、平成19年(2007)に再建が実現する。再建に際しては、彦根の各界各層有志による多額の醵金が寄せられた。

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現在はNPO法人スミス会議が建物を管理、一般公開を行うと共に催事等の会場としても貸し出しを行っている。

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正面の観音開きの扉は、上には葡萄と十字架、下には松竹梅の浮き彫りが施された和洋折衷の意匠。

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周囲に欄干を巡らせる。

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彦根城天守閣にもある花頭窓に、斜め格子の建具を嵌め込んでいる。

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窓は最も洋風の色合いが濃い。

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側面に設けられた非常に幅の狭いドア。
創建当初からのものと思われる硝子製のドアノブが取りつけられている。

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正面の唐破風の下の懸魚(げぎょ)には十字架が彫り込まれており、その下の蛙股(かえるまた)の中にも十字架が彫り込まれている。梁には葡萄と鳩の浮き彫りが見える。

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屋根瓦など、至る所に十字架と葡萄をあしらっている。

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なお、一般公開は土日のみ実施している。訪問は土曜日であったが、このときは臨時休館日であった。残念!
内部はまた再訪の機会があれば紹介したい。
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第1016回・滋賀大学陵水会館(旧彦根高等商業学校同窓会館)

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滋賀県彦根市馬場の滋賀大学のキャンパス内には、同学の前身である旧彦根高等商業学校の施設として、前回記事で紹介した経済学部講堂のほか、同窓会館として昭和13年(1938)に建設された陵水会館が現存する。講堂と同じく国の登録有形文化財である。

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正門をくぐり、右手に講堂を見ながら真っ直ぐ進んだ突き当りに陵水会館の建物が見えてくる。

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左手前に配された噴泉。おそらく同時に造られたものと思われる。

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ライオンの水吐き口。

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設計は、彦根から近い近江八幡を拠点に設計活動を行っていたヴォーリズ建築事務所による。淡いクリーム色の外壁とスペイン瓦の屋根が特徴のスパニッシュスタイルでまとめられたシンメトリーの外観。

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現在は、滋賀大学の福利厚生及び教育研究関連諸活動への利用を目的とした施設として、大学関係者や同窓会(陵水会)メンバーによる宿泊等の利用に供されている。

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タイルで縁取られた開口部が印象的な玄関ポーチ。

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玄関ポーチの石段にも、色鮮やかな豆タイルによる装飾が施されている。

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2階正面に張り出したベランダ。
内部は昭和58年に行われた改修工事で改装されているとのことだが、外観は創建時の姿を残している。

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背面からの眺め。

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側面外観。
両端は平屋建てになっている。

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先すぼまりの煙突や、モコモコとしたモルタル塗りの壁面が素朴な雰囲気を出している。

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滋賀県内に多く残されているヴォーリズ建築の中でも、代表的なものの一つと言える洋館である。

第1015回・滋賀大学経済学部講堂(旧彦根高等商業学校講堂)

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滋賀県彦根市馬場にある滋賀大学経済学部講堂は、同学部の前身である彦根高等商業学校の設立に伴い、大正13年(1924)に建てられた。大正期における旧高等専門学校の講堂の典型的な建築様式を今に伝える事例として、国の登録有形文化財に選定されている。

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滋賀大学は、昭和24年(1949)に新制大学として、滋賀師範学校と彦根高等商業学校を母体に発足した国立大学である。本部のある彦根市馬場のキャンパスは旧彦根高等商業学校から引き継がれた。

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彦根高等商業学校は、大正11年(1922)に全国で9番目の官立高等商業学校として発足した旧制専門学校であり、現在の滋賀大学経済学部の前身である。

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旧彦根高等商業学校講堂は、彦根城西部の堀に面して建っており、木造2階建の部分が講堂、平屋建の部分は大教室である。現在も滋賀大学経済学部の講堂として使用されている。

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外装の大部分は下見板貼り仕上げとなっている。

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屋根には半円形の屋根窓を3つ連ね、その上にはドーム屋根の附いた小塔が載る。

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正門側の妻面に正面玄関を設けている。

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屋根窓と小塔。
小塔は換気口としての機能を有する。

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御影石の円柱を両側に配した正面玄関。

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簡素な側面玄関。

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細部の造形。

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設計は文部省建築課による。

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旧彦根高等商業学校の施設で現存する建造物は、講堂と同窓会館として昭和13年に建てられた陵水会館の2棟のみである。旧高等専門学校の施設で、現存するものは非常に少ないという。

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建造物ではないが、御影石の正門も旧彦根高等商業学校時代のものと思われる。

第695回・蘆花浅水荘(山本春挙旧邸)

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日本画家の山本春挙(1872~1933)が、自らの生地に近い滋賀県の膳所(現在の大津市中庄)に営んだ別荘。
大正4年~12年(1915~23)にかけて現在残る建物と庭園が造営された。現在は円融山記恩寺として拝観も可能である。国指定重要文化財。

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山本春挙は明治から昭和初年にかけて竹内栖鳳と共に京都画壇の雄と称された日本画家である。大正6年には帝室技芸員に任命、昭和3年の昭和天皇即位御大典に際しては饗宴場を飾る屏風の制作を川合玉堂と共に拝命、大作「主基地方風俗歌御屏風」を完成させている。

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山本春挙は自宅を京都御苑の近くに置いていたが、大正3年、別荘を建てるため生地に近い膳所の土地を購入、翌年より8年がかりで写真の主屋及び持仏堂が建てられた。また写真には写っていないが、最晩年の昭和8年には庭園内に茶室を一棟建てている。

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大正4年の造営当初に建てられた書院座敷。

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床や書院の造りに特徴がある。

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書院縁側は畳廊下、船底天井となっている。

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書院縁側からの庭園の眺め。

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庭園が琵琶湖につながっていたかつての庭園の眺め(昭和40年頃)。見学に際し拝見させて頂いた古い写真である。現在は、琵琶湖と蘆花浅水荘の間は道路で分断されている。

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茶席への寄付にも使われていた四畳半の小座敷。

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上記小座敷から望む路地庭。奥に茶席を兼ねた持仏堂「記恩堂」の茅葺屋根が見える。

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「記恩堂」全景。主屋とは吹き放しの渡廊下で結ばれている。山本春挙は自らが師事した画家・森寛斎と両親の霊を祀るためこの堂を造った。

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書院座敷に連なる「莎香亭」。

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「莎香亭」内部。円形窓の内側は神棚。

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「莎香亭」に連なる小室「無尽蔵」。山本春挙が書斎として画想を練ったという一畳半ほどの小部屋。
極めて小さな部屋であるが作り付けの書院や床の間、地袋まである。

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「無尽蔵」の窓からの眺め。

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「無尽蔵」と向かい合って配された座敷「竹の間」の窓。

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同上、室内から。

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「竹の間」から「無尽蔵」を望む。

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「竹の間」の床の間。その名の通り床柱から落掛、書院窓など竹尽くしの部屋。

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照明器具の外枠も竹。

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作り付けの書棚の取っ手も竹、襖絵は山本春挙自らの手になる竹藪、引手は竹藪に因んだ雀の形。

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中庭。四方竹を植えている。
竹の間から上記、竹藪の襖絵越しに眺められるように造られている。

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二階は洋風を基調とする。写真は応接間で暖炉も備えた本格的な洋室。

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応接間天井。家紋をあしらったシャンデリアも大正時代のものが残されている。

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暖炉。飾りではなく煙突があり、実際に燃料を焚くことができる。火掻き棒などの付属品も残されている。

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家具も一式残されている。半円形の椅子は同時期に建てられた洋館である兵庫県川西市の旧平賀義美邸にあるものと似ている。

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応接間の窓からは紅葉に色付いた庭木が見える。

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和洋折衷の画室。

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岩絵具を収納する作り付けの戸棚。手前のコードは呼び鈴のボタンが付いている。

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同じ大津市にある旧伊庭貞剛邸と並び、滋賀県下に現存する近代邸宅建築の白眉である。
拝観は円融山記恩寺へ。(有料・要予約)

http://www001.upp.so-net.ne.jp/rokasensuisou/top.htm

第693回・旧大津市公会堂

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滋賀県大津市浜大津にある旧大津市公会堂は昭和9年(1934)の建築。
茶褐色のスクラッチタイルを貼った風格ある外観が特徴。国登録有形文化財。

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京阪電車の石山坂本線浜大津駅のそばに建っている。先日紹介した石田歯科医院にも近い。
なお、この路線の終点、石山寺駅の近くに以前紹介した旧伊庭貞剛邸が建っている。

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創建当初は大津商工会議所と大津市立図書館とを併設していたという。

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かつては公会堂の真向いに、時計塔のある旧大津市庁舎が建っていた。

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第二次大戦後に大津商工会議所が移転した後は、公民館、大津市の診療所、社会教育会館と用途を転々とする。

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昭和初期の建物ではよく見られる円形窓。
同時期の建造物では神戸の御影公会堂(昭和8年)、旧新港相互館(昭和9年)などが、同系色のタイル貼り仕上げ、かつ円形窓で外観を飾っている。

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正面上部のパネル飾り。

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正面玄関から内部を望む。

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平成21年から翌年にかけて耐震補強を伴う改修工事が行われ、現在はレストラン等商業施設が入居するほか、集会施設としても活用されている。

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この照明器具は、創建当初から残されているもの。

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大津市内に現存する近代建築物の中でも当初の姿をよく残しており、地元でもとりわけ親しまれている建物のひとつのようだ。
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