第493回・福久屋石黒傳六商店・旧石黒ファーマシー

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古い町家や近代洋風建築が点在する金沢市尾張町において、江戸末期の商家の一角に昭和初期のビルディングが並立して残る面白い建物がある。加賀藩時代から続く薬種商・福久屋石黒傳六商店と、昭和初期にその分店として建てられた旧石黒ファーマシーである。

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尾張町界隈は以前取り上げた旧三田商店旧村松商店旧高岡銀行など近代建築の他、町家も多く残されている。
金沢市の指定保存建造物にも指定されている福久屋石黒傳六商店は、幕末に当たる嘉永5年(1852)に建てられたことが当家に残る普請帳から判明している。

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石黒傳六家は現在の当主で20代目となるという歴史ある家。
建物は今も現役の薬局である。

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歴史を感じさせる薬商の看板。

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古風な看板兼用の照明。もとはガス燈だったのかも知れない。

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建物はもとは間口が13間あったが、大正末年に18代目石黒傳六により、写真右手の平屋建て部分のうち3間分を取り払い、跡地にはモダンなビルディングを建てた。

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京都帝国大学教授であった武田五一の設計、清水組の施工で鉄筋コンクリート造4階建、昭和2年(1927)に竣工した石黒ファーマシービル。

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一階を石黒ファーマシーと称するドラッグストア、上階にはダンスホールなどが置かれる一方で、同じく上階に設けられた広間には檜舞台を設け、能囃子など伝統芸能行事が開催されるなど、モダンと伝統が同居していた。

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現在はドラッグストアのあった1階にコンビニエンスストアが入っているほか、改装が目立つ。
側面の窓の下には装飾が施されているが、正面にも同じものがあったのかも知れない。

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重厚な商家と昭和初期のモダン建築と、これからも両者一体で保存・使用され続けて欲しいものである。
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第306回・尾山神社神門

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金沢にある尾山神社は明治6年(1873)創建の神社。加賀藩の藩祖・前田利家を主祭神とする。
写真の神門は、創建2年後の明治8年(1875)に建てられた。

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昭和10年には、文部省により現行の重要文化財に相当する旧国宝の指定を受けている。戦前の段階で文化財指定を受けた近代洋風建築は長崎県の大浦天主堂(昭和8年旧国宝指定)と尾山神社神門のみである。

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昭和25年に現在の文化財保護法が制定されたことにより、重要文化財に移行して現在に至る。なお大浦天主堂は現行制度の下で改めて国宝に指定されている。

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神門を手掛けたのは津田吉之助。大工棟梁と発明家の二つの顔を持つ天才的な人物だったようである。

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門の向こうに見えるのは拝殿。神門以外はオーソドックスな伝統建築である。

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アーチ上部には前田家の家紋。

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洋風か中国風か和風か分からない、国籍不明の形をした建物である。

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竜宮城のような感じもする門である。

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建てたのは上述のとおり津田吉之助だが、設計はホルトマンというオランダ人と言われている。

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頂部には日本最古の避雷針が備え付けられている。

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最上層には色ガラスが嵌め込まれ、かつては内部に神灯を灯していた。神灯は日本海からも見ることが出来、灯台のような役割も果たしていたという。

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兼六園、金沢城などと並ぶ金沢のシンボル的存在である。

第237回・旧陸軍第九師団長官舎

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前回に引き続き、金沢の旧陸軍第九師団関連の遺構。大正11年(1922)建築の旧師団長官舎。

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この建物も兼六園に隣接した場所にある。

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正面全景。

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現在は石川県立美術館広坂休憩所として使われている。

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裏側は広大な芝生の庭に面している。

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洋風の外観でまとめられているがよく見ると日本座敷があることが外観からも分かる。ペンキが塗られていなければ日本建築の縁側と全く変わらない。

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芋目地を切ったモルタル塗りの外壁、窓を縁取る茶褐色のタイル等、明治建築である旧旧陸軍金沢偕行社・旧第九師団司令部とは異なる大正建築の特色が見られる。

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玄関ポーチ。

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玄関脇の洋室。かつての応接間か?

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庭園に面した広い洋室。ここはかつての食堂であろうか。

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いずれの部屋も同じデザインの暖炉がある。

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第236回・旧陸軍金沢偕行社・旧第九師団司令部庁舎

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金沢城とその周辺には、かつての帝国陸軍第九師団の施設として建てられた建造物がいくつか残っている。
今回はそのうち旧陸軍金沢偕行社・旧第九師団司令部庁舎の二棟を紹介する。

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現在は兼六園に隣接した場所に移築されているが、かつては旧陸軍金沢偕行社が大手町、旧第九師団司令部庁舎は金沢城内二の丸跡にあった。

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二つの建物は共に第九師団が設置された明治31年(1898)の建築。

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旧第九師団司令部庁舎は中央部分のみが移設されている。かつては左右に長大な両翼を有する建物であった。

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偕行社とは帝国陸軍の将校准士官の親睦等のための倶楽部。現在も陸上自衛隊幹部OBの親睦会として続いている。

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偕行社の建物は金沢以外にも現存し、うち青森の弘前、北海道の旭川、香川の善通寺に残る旧偕行社は国指定重要文化財となっている。金沢偕行社も登録有形文化財に認定されている。

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昭和42年に現在地に移築、近年まで石川県庁石引分室として使用されていた。

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正面付け柱の柱頭飾り。

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現在は石川県立歴史博物館の所管となっている。しかし今のところ特段使用はされていないようである。

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旧陸軍金沢偕行社と隣り合わせて保存されている旧第九師団司令部庁舎は偕行社に比べると簡素な外観。

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偕行社と同様近年まで石川県庁石引分室だったが、これも現在は使用されていない状況のようである。

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兼六園に隣接し、金沢城も近い好条件の場所にあるので、いずれは二棟共建物の特性を活かして再活用されるときが来ると思う。

第227回・浅野川大橋

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金沢市の浅野川に架かる浅野川大橋は、金沢を代表する景色のひとつとして紹介されることも多い橋である。

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大正11年(1922)に現在の鉄筋コンクリート造3連アーチの橋になった。

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欄干はのちの改修で形を改めていたが、近年の改修で大正期の形態に復された。

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構造体及び3連アーチ周辺の装飾は大正期のままである。

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浅野川大橋は文禄年間に加賀藩初代藩主・前田利家によって架けられたとされる金沢でも由緒ある橋のひとつ。

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側面の装飾。

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主計町の茶屋街から浅野川大橋を望む。

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弊ブログで以前紹介した旧三田商店や旧高岡銀行金沢支店はこの橋のすぐ近所に建っている。

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夕景。

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平成12年には国登録有形文化財に認定されている。
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