第1055回・旧和歌山水力電気高津尾発電所(関西電力高津尾制御所)

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旧高津尾発電所は、和歌山県日高郡日高川町高津尾尾曽谷にあった関西電力所轄の発電所。写真の赤煉瓦の建物は、大正7年(1918)に和歌山水力電気高津尾発電所として建てられた。発電所としては平成9年(1997)に役目を終えたが、現在は隣接する新高津尾発電所の制御所として使用されている。

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日高川沿いに美しい佇まいを見せる旧高津尾発電所。右手の建物が平成11年(1999)から稼働している新高津尾発電所。

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和歌山水力電気は明治38年(1905)に設立された会社であり、和歌山における電燈供給事業のほか、和歌山市内の路面電車の運行も行っていた。大正7年(1918)に、日高川の上流にある高津尾に水力発電所が建設され、稼働を開始した。

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大正11年(1922)、和歌山水力電気は京阪電鉄と合併する。その後、発電所の運営は京阪電鉄→合同電気→東邦電力→関西配電→関西電力と変遷を重ねた。昭和25年(1950)に関西電力の所有となり、現在に至っている。

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平成9年(1997)に隣接地に新高津尾発電所が建設されることに伴い高津尾発電所は廃止、79年の歴史に幕を下ろした。

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現在は平成11年(1999)より稼働を開始した新高津尾発電所の制御所として、第二の務めを果たしている。

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設計・施工は、当時和歌山市に本社を置いていた西本組(現・三井住友建設)による。

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煉瓦は英国からの輸入品で、神戸港から海路と陸路を経て運ばれてきたという。

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南側のパラペット(手摺)には、和歌山水力の社章が現在も残されている。

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反対側には関西電力の社章が掲げられている。

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和歌山県内で現存する近代の煉瓦造建造物としては、大規模でかつ質の高いもののひとつである。
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第1053回・旧和歌山県会議事堂

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明治31年(1898)に和歌山市一番丁に建てられ、昭和13年(1938)まで使用されていた旧和歌山県会議事堂の建物が、3度の移築を経て、和歌山県岩出市根来にて平成28年(2016)より保存・公開されている。現存する最古の和風意匠の県会議事堂である。和歌山県指定有形文化財。

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正面全景。現存する明治期の県会議事堂の建物としては、新潟(明治16年竣工、国指定重要文化財)、京都(府庁舎に付属、明治37年竣工、国指定重要文化財)が現存するが、和風意匠のものは和歌山のみである。

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和歌山県会(現・和歌山県議会)は、明治12年(1879)に開設されたが議事堂は在来の建物を使用、和歌山城に近い和歌山市一番丁に専用の議事堂が新築されたのは約20年後の明治31年(1898)のことであった。

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同じく和歌山城に近い和歌山市汀丁に、明治22年(1889)に新築された和歌山県庁舎が洋風建築であったのに対し、県会議事堂は和風意匠で建てられた。
 
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正面前面には傍聴人控所や議員休憩室、議長室が配された二階建の本館を配し、その後に大屋根を持つ平屋建の議場、背面には高等官控所や参事会員室を備えた平屋建の控室を配していた。

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昭和13年(1938)に県会議事堂を併設した現県庁舎が竣工するまで、40年にわたり県会議事堂として使用された。その間、県会議事堂のみならず、講演会や選挙会場にも使われ、明治44年(1911)には和歌山を訪れた夏目漱石による講演会場としても使われている。

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昭和16年(1941)に保証責任和歌山県信用購買販売利用組合連合会(現・JA和歌山)に売却、和歌山駅に近い美園町に移築された。市街の大半が焼失した昭和20年(1945)の和歌山大空襲も免れ、戦後まで事務所として使用された。

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昭和37年(1962)、事務所の建て替えにより2度目の移築が行われ、岩出市の根来寺境内に再移築、同寺の大客殿「一乗閣」として3度目の務めを果たすこととなり、集会や合宿などに利用された。また、根来寺に移築後、和歌山県の文化財に指定されている。

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その後、老朽が進み根来寺でも使用されなくなっていたが和歌山県が取得、保存復原のための調査が行われ、根来寺に近い現在地に移築して保存・公開されることとなった。

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移築に際しては、改変が施されていた議場や、建物自体が失われていた控室棟の復原が行われた。
平成28年(2016)より、「旧和歌山県会議事堂」として公開されている。

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旧議場内部。2層吹き抜けで正面には唐破風付きの床の間を配し、三方に傍聴席を巡らせ、天井は折上格天井とする。

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館内に展示されている、議場として使われていた当時の様子を再現した模型。
床の間の前に議長席などを配し、それを取り巻く形で馬蹄形状に議員席を配していた。

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床の間側から旧議場を望む。

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根来寺一乗閣として使われていた当時は、床の間が反対側に移されていたが、移築に際し旧状に戻された。

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床の間。議場として使われていた当時は日の丸を掲げ、盆栽などを飾っていた。

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床の間上部の唐破風詳細。

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旧議場の折上格天井は、杉の杢目板を前後左右で木目の向きを変えて市松模様に張っている。

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傍聴席。

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柱を見ると、3度にわたる移築を重ねた痕跡が分かる。

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正面本館の階段室。

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本館二階にある旧議長室。本館二階は建物の来歴や県会(県議会)の歴史を紹介する展示室になっており、本記事で紹介した議場の模型や古写真はここにて展示されている。

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明治期には裁判所ホテル図書館銀行など、和風意匠の公共建築が多く見られるが、旧和歌山県会議事堂は和風意匠の県会議事堂として現存する希少な事例である。

第1051回・上御殿

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和歌山県田辺市龍神村龍神にある龍神温泉上御殿は、江戸時代初期に紀州藩主の宿として建てられた歴史を有する温泉旅館。明治18年(1885)に建てられたとされる本館が国の登録有形文化財となっている。

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和歌山県と奈良県の県境に近い位置にある龍神温泉は、約1300年前に開かれたとされる由緒を持つ。

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寛永16年(1639)には、紀州藩の初代藩主である徳川頼宣によって、藩主のための湯治宿である上御殿と、家来のための下御殿が建てられた。

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明治維新によって紀州藩が廃された後は、上御殿と下御殿は共に一般向けの温泉宿となったが、明治17年(1884)、火災によって旧紀州藩時代の建物は全て失われた。

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現在も上御殿と下御殿は共に営業を続けており、下御殿は現代的な鉄筋コンクリート造の温泉旅館となっているのに対し、上御殿は伝統的な木造建築で営業を行っている。

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上御殿の建物は、火災の翌年である明治18年(1885)に再建された本館と、昭和末期に建てられた新館で構成されている。新館は本館の背面、日高川に面して建っているため正面からは見えないが、旧館と同様の木造建築である。

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本館は平成11年(1999)に国の登録有形文化財に認定されている。

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時代を感じさせる構えの玄関。

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玄関の両脇は宿泊客のためのロビー的な場所になっている。写真は正面向かって右側の小部屋。

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正面向かって玄関左側、紙障子が建てこまれている部屋の内側は、現代的に改装されている。

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二階階段室。

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二階廊下。

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本館は二階にのみ客室が設けられている。

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上御殿本館で最も格式の高い座敷である御成りの間。
但し、現在は一般の客室として利用できる。

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藩主用の座敷を火災後の再建に際し、同じ間取りで再現したという。

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襖などは火災時に持ち出されたのか、旧紀伊藩時代から伝わるもののようだ。

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御成りの間とは続き間になっている控えの間。
現在は御成りの間と一体で客室として利用できる。

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日暮れ時の上御殿本館。

第1050回・旧長井邸(赤別荘)

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和歌山県田辺市下屋敷町にある旧長井邸は、神戸の貿易商の別宅として、大正8年(1919)に建てられた。地元では「赤別荘」の名で親しまれている洋館である。

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江戸時代は海上交通の要所として、また城下町として繁栄していた田辺には、現在も中心街に当たる中屋敷町、下屋敷町などに古い家並みを残している。

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そのような田辺の街において、洋館建の旧長井邸は異色の佇まいを見せている。

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赤い洋瓦葺きの外観から、今日に至るまで地元では「赤別荘」と称されてきた。

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戦後から昭和の末頃までは、愛称をそのまま屋号にして「赤別荘」という名の民宿として営業していた。

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現在は個人邸として大切に使われている。

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屋根裏部屋付きの二階建てで、外観は洋風だが室内は和洋折衷の造りになっているという。

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煙突を備えており、暖炉を備えた本格的な洋室があるものと思われる。

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京都の大山崎山荘に似ている屋根窓。

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煉瓦とモルタル塗を組み合わせた門や塀も、古い佇まいをよく残している。

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現在の所有者が建物の雰囲気を損なわないよう、細心の注意を払いながら維持改修に努められている様子が窺えた。地元からも親しまれている、幸福な建物である。

第801回・滋野医院

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滋野医院は、和歌山県庁にも近い和歌山市真砂町に建つ大正時代の医院建築。建具なども含め非常によい状態で残されており、かつ今も現役の病院として使われている建物である。

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正面全景。鉄筋コンクリート造二階建の洋風建築である。

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写真奥、医院に隣接して建つ、モダンな外観の院長の住宅も戦前の建物。

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大正10年(1921)の竣工で、地方都市の鉄筋コンクリート建築としては極めて古い部類に属する。

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東京の「島藤」という建設業者の設計施工によるとされているが、昭和62年に戸田建設と合併した旧島藤建設工業のことであると思われる。

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正面の外壁、柱と窓枠以外の壁面には褐色のタイルを貼る。(現在はその上から化粧直しの塗装が施されている)全体的に装飾は少ないが、柱頭部分にはメダリオン飾りが見える。

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背面及び側面はコンクリートに塗装を施しただけのようである。なお、窓のサッシは、新しいサッシの下に古いスチールサッシを撤去せずにそのまま保存しているのか、それとも特注品なのか、細かく桟が割り付けられた珍しい建具である。

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大正建築らしいシンプルな装飾が、持ち送りなどに施された玄関庇。

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正面玄関の扉と欄間のステンドグラスは、創建当初から変わらないものと思われる。

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滋野医院は関西でも高名な皮膚科の医院であり、大正の洋館建築は今も現役で使われている。

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医院に隣接して建つ滋野邸。医院と同じく鉄筋コンクリート造と思われるモダンスタイルの邸宅で、昭和初期の建物と思われる。

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大正10年に自らの医院を鉄筋コンクリートで建てるところから、当時の院長は相当な新しいもの好きであったことが窺えるが、それを裏付けるような超モダンな外観の邸宅である。

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昭和初期の建築に多く見られる円形の窓が随所に見られる。

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外観のアクセントになっている円筒形に張り出した部分は、階段室と思われる。

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横長の大きな開口部を開けているところから見て、内部は日本座敷も備えているのかもしれない。

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医院と医師の自邸が共に近代建築で現存する例は、他に奈良県大和郡山市の杉山小児科(住宅と共に登録文化財)がある。
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