第767回・旧山口県会議事堂

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旧山形県庁舎再訪による記事更新、県会議事堂の記事作成と合わせ、同じ大正5年竣工の旧山口県庁舎についても同様に記事を更新してみた。更新前の記事では、県会議事堂は外観写真を1枚だけだったので、今回は独立した記事で改めて紹介させて頂く次第である。(もっともこちらは再訪した訳ではないので、画質の悪い古い写真で恐縮ですが・・・)

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旧県庁舎と同じく大正5年(1916)竣工。設計も武田五一・大熊喜邦のコンビ。昭和49年(1974)に新しい県議会棟に役目を譲るまで約60年使われていた。昭和59年に旧県庁舎と共に国重要文化財に指定される。

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平成10年から16年にかけて、旧県会議事堂は大掛かりな補強、修復工事が行われ、併せて後年の改造部分を創建当初の形に復する復元工事が行われている。なお旧県庁舎は、同様の修復・復元工事はまだ施されていない。

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正面中央に小さな塔を設けている。

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山形と異なり、県庁舎と県会議事堂の意匠・外壁仕上げは統一されている。玄関ポーチなどのデザインは県庁舎の縮小版といった感じである。

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玄関ホール。玄関扉の幾何学的意匠が当時としては非常に斬新なものである。

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議場内部。照明器具なども資料に基づき創建当初の形に復元されている。

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議員席から正面演壇及び県会議長席を望む。

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天井は県庁舎正庁と同じくドーム状になっているが、木部は重厚な焦茶色に塗られ、パステルカラーの華やかな色調の正庁とは対照的な仕上げとなっている。

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傍聴席から演壇を望む。

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極めて平面的な装飾に武田五一の作風がよく現れている。

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戦前の道府県庁舎のうち、議事堂が別棟になっており現在も両者が揃って現存するのは山形・山口のほか、山梨県庁舎・県会議事堂(昭和3~5年)がある。
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第162回・下関南部町郵便局(旧赤間関郵便電信局)

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前回の中京郵便局に続き、現存する明治時代建設の郵便局。煉瓦造り二階建で明治33年(1900)竣工。設計は中京郵便局と同じ三橋四郎。国登録有形文化財。

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下関南部町郵便局は中京郵便局と異なり内部も含めて完全に残っている。また明治村へ移築された旧山田郵便局と異なり創建時より同じ場所に建っている。そしてこれは3者共通なのだが、今も現役の郵便局舎である。

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この建物が建つ下関市の唐戸地区は周囲に明治・大正の洋風建築が多く残されている。写真右手に写る旧秋田商会ビル、旧英国領事館、また少し離れたところには旧三井銀行下関支店(旧山口銀行本店)等がある。

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南部町郵便局と旧秋田商会。

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旧秋田商会から見た南部町郵便局。

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中京郵便局と同じ煉瓦造だが、こちらは煉瓦の上にモルタルを塗り目地を切って石造風に見せている。正面上部の軒飾りは長らく失われていたが、近年復原された。

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丸ポストがよく似合う。

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局舎裏手。この建物は中庭がある。そこに面した壁面はあえて改修せず古びたままの外壁が残り、かなりいい雰囲気らしい。

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煉瓦造の明治建築である下関南部町郵便局。
鉄筋コンクリート造の大正建築である旧秋田商会とよい対照を見せている。

第29回・旧三井銀行下関支店(旧山口銀行本店)

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山口県下関市に本店を置く地方銀行である山口銀行が旧本店として保存・公開している、同市観音崎町に建っている建物は、大正9年(1920)に三井銀行下関支店として建てられたものである。大正から昭和戦前にかけて日本銀行の本支店など銀行建築を多く手掛けた長野宇平治の設計。山口県指定有形文化財。

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旧山口銀行本店は、当ブログでも取り上げた旧秋田商会など、明治から大正期の近代建築物が点在する唐戸地区にも近い位置に建っている。

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長野宇平治(1867~1937)は辰野金吾の下で日本銀行大阪支店京都支店の設計に携わり、その後全国各地で日銀や民間銀行の本支店を手掛けている。三井銀行でも下関のほか神戸(大正5)、広島(大正14)の両支店を手掛けているが、今も完全な形で残されているのは旧下関支店のみである。

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繊細な装飾が施された正面、二階窓の上には牛の頭部が装飾としてあしらわれている。ヨーロッパにおいて家畜は富の象徴であり、金融機関を表す装飾モチーフとされたようである。同じ長野宇平治の設計による奈良の南都銀行本店でも羊の頭部を象った装飾がみられる。

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昭和8年(1933)に三井銀行は下関支店を廃止、建物は山口銀行の前身である百十銀行が引き継ぎ、同行の本店となった。その後戦時下の国策により、県内の6つの地方銀行を合併する形で昭和19年以降は山口銀行となり、40年まで本店として使われた。

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本店移転後は、観音崎支店を経て山口銀行別館となり行内の会議や集会に使われていた。また昭和48年から50年には店舗改築のため日本銀行下関支店の仮店舗としても使われていた。

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平成17年(2005)には耐震補強及び内外装の改修復元工事が完成、同年には山口県指定有形文化財に指定された。その後山口銀行旧本店として一般公開され、現在に至る。

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営業室の片隅にある螺旋階段。伺った話によると下関は港町であり、木材を曲げて加工することが得意な船大工も多かったので、このような螺旋階段を造れる職人も多くいたのではないのか、とのこと。

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山口銀行の方の御好意で、屋根裏を見せて頂いた。この建物の構造は鉄筋コンクリート造であるが、壁体などに一部煉瓦も併用していることが分かる。

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屋上からは関門海峡が一望できる。

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建物正面頂部を飾る、石の飾り壺と欄干。

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長野宇平治の設計した民間銀行の建物で今も現存するものは少なく、貴重な存在である。
(参考)山口銀行ホームページ(旧本店建物の案内)

(平成26年9月5日追記)
写真を一部差替、画像修整の上、写真の配列は並べ替え本文も全面的に修正しました。

第10回・旧秋田商会本館

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山口県下関市は関門海峡を眼前に控えた唐戸地区に、面白い建物が建っている。
大正4年(1915)竣工の秋田商会本店ビルは、地元の実業家秋田寅之介が自らの会社の事務所及び自宅として建てた建物である。
また、屋上から緑の木々が見えるが、大正時代の建築にして屋上庭園を有する珍しい建築なのである。

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黄褐色のタイルや幾何学的な細部装飾は明治末~大正前期の建築によく見られるセセッション風。
ヨーロッパの19世紀末~20世紀初頭の流行デザインの影響を受けている。

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建てられた当初は海岸が目前に迫っており、ドームの上部に電気を灯し灯台のように使っていた。

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一階、玄関を入ると営業室がある。なお、この建物は鉄筋コンクリート造である。第7回で取り上げた旧第八十五銀行本店(大正7)と同様現存する最古級の鉄筋コンクリート建築。角に玄関とドーム屋根を有し、どことなく似ていると言えば似ている。

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営業室内の壁に作りつけられた大時計。アメリカ製だとか。

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ニ階へ上がる。すると本格的な日本座敷が現れる。しかもここだけはなくニ階の大半が日本間。ニ階は秋田家の住居として使われていた。

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ニ階日本座敷の縁側。この写真を見ると鉄筋ビルの中に日本座敷が組み込まれている事が分かる。

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外から見るだけでは、この窓の内側に純和風の空間が広がっているとは想像できない。

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三階座敷床の間。内部で洋風なのは一階の営業室を始め、応接間、食堂、階段室など一部であり、大半は日本座敷から構成されている。

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三階は接客用の大広間。
縁側へ出ればドームの下部に作られた螺旋階段を上って屋上庭園へ出られる。
しかし非公開だったので上がることかなわず。

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ドームの後ろに和風の屋根が見える。これは屋上庭園内に設えられた茶室。
現在、この建物は下関市が所有し観光案内所として一般に公開されている。
この下関有数の名建築で珍建築、行った当時(平成18年)かなりくたびれていたが一刻も早く本格的な修復をして公開して頂きたい。そして屋上庭園と茶室を見たい。

第6回・旧山口県庁舎(山口県政資料館)

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大正5年(1916)に竣工した旧山口県庁舎は、同年竣工の旧山形県庁舎と共に、昭和59年国の重要文化財に指定された。戦前に建てられた道府県庁舎の中では、明治期竣工の三重、北海道の両庁舎に次ぐものであり、大正期の庁舎としては最初の指定である。現在は山口県政資料館として隣接の旧県会議事堂と共に一般公開されている。

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その後平成16年に京都府庁舎(明治37年竣工)が指定されたので、現在(平成26年)、全国で重要文化財に指定された道府県庁舎は5件存在することになる。なお、昭和期の庁舎では重文指定されたものはまだ存在しない。

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設計は、当時大蔵省で数多くの官公庁舎の設計に関与していた妻木頼黄(1859~1916)の指導の下、後に帝国議会議事堂(国会議事堂)建設に深く関わることになる武田五一(1872~1938)と大熊喜邦(1877~1952)のコンビが実施設計を行っている。

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昭和59年(1984)に隣接地に完成した新庁舎にその役目を譲るまで、70年近く本庁舎として使われた。現在も県観光協会の事務局などが入居しており、一部ではあるが庁舎として使用されている。

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旧県会議事堂に隣接して建っていた、大正12年竣工の旧知事公舎。洋館と日本家屋から構成されていた。平成19年に訪問、撮影した当時は現役であったがその後間もなく廃止、日本館は解体され部材は競売にかけられたようだが、その後の消息は不明である。なお洋館は今も現地に残されているのか、解体撤去されたかは不明である。

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正門からの眺め。背後に見えるのが昭和59年竣工の現庁舎。旧庁舎は当初撤去される予定であったが、保存運動が実り一転して保存、重要文化財指定に至った。

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正面から見た黄昏時の旧山口県庁舎。丁度、第1次安倍内閣の成立から間もない頃の訪問だった。

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玄関ポーチ内部。写真では分かりにくいが、正面ドアの上部には卍崩しの模様が刻まれている。細部装飾に和風や東洋風の意匠を織り込むのは、設計者の一人である武田五一が得意としたものである。

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玄関ホールの内部は、白を基調とした清楚な雰囲気である。ここにも柱頭部分に卍崩しの装飾が見られ壁上部には花模様が描かれている。

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戦前の官公庁舎は通常、玄関を入ると正面中央に大階段が現れ、権威性を強調すると共に建物の内部空間としても大きな見せ場の一つになっているのだが、旧山口県庁舎の階段はホールの両脇に目立たなく配されている。

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2階ホールから階段室を望む。このような階段の配置は、他にあまり例を見ない珍しいものである。権威性を減殺するような配置や表現は大正期の官公庁舎には時々見られるが、本庁舎でもそのような意図があったかどうかは不明である。

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正面バルコニーと正庁をつなぐ2階ホールは、本庁舎の内部でも特に格調高く造られている。

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緩やかなアーチを描くヴォールト天井。照明器具は創建当初のデザインではないと思う。

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廊下。

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中庭。旧山口県庁舎は同年竣工の旧山形県庁舎と同じく煉瓦造であるが、山形は花崗岩貼りの外観に対し中庭の壁面は赤煉瓦むき出しとなっているのに対して、山口は外観同様に中庭もモルタルで塗り込められている。

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2階中庭側にある正庁内部。中央のシャンデリアだけが創建当初から取り付けられていたものである。

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正庁入口上部の装飾。古い絵葉書などで見ると、正庁の内部は扉のような重厚な色ではなく、創建当初からパステルカラーで仕上げられていたようである。但し当初から現在のペパーミントグリーンであったかどうかは分からない。

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付け柱には花のような形状の飾りがある。

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山口県庁舎の室内装飾でユニークなのは、部屋毎に異なる天井の意匠である。

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2階ホールや正庁、知事室などは格調高く、或いは重厚に仕上げられているが、その他の幹部用執務室や会議室ではこのような斬新な意匠もある。

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知事室の天井も、重厚ながらも円形や曲げ木を用いた大胆な意匠となっている。

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華麗な装飾が施された暖炉が多数設けられている山形と異なり、山口県庁舎の暖炉は知事室と知事応接室の2室のみ。写真は知事室の暖炉。

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暖炉前床タイルの黄色と白の市松模様が、重厚な中に軽快な趣を添えている。

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内外の随所に斬新な意匠の装飾をまとった旧山口県庁舎は、古典的な様式建築の構成に則った旧山形県庁舎と好一対を為している。別記事で紹介している旧山形県庁舎ともぜひ比較してみて頂きたい。

(追記:平成26年4月18日)

旧県会議事堂の記事作成・公開に合わせて、本記事は写真の追加・差替のほか、内容を大幅に更新しました。
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