番外編・サイゴン紀行その3(サイゴンのクラシックホテル)

サイゴン紀行 その3(最終回)です。

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ホーチミンには仏領時代から続くクラシックホテルがいくつか存在し、建物も往年の姿を残すものが多い。

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植民地化したサイゴンにおける、初期の商館建築の姿を残しているのが、市立劇場に隣接して建っているコンチネンタルホテル。写真はホテルロビーに掲げられている、創業当初と思われる時期の古写真である。

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現在のコンチネンタルホテル。現在もホーチミン屈指の高級ホテルである。

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夜景。「HOTEL CONTINENTAL SAIGON」の文字が見える。
現在でもホテルや商店などでは「ホーチミン」ではなく、旧名の「サイゴン」が現在も地名として生きている。

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ホーチミン市内有数の繁華街であるドンコイ通りは上記のコンチネンタルホテルがある劇場前広場からサイゴン川に向かって伸びている。ここには仏領時代からのクラシックホテルが2件存在する。そのひとつが通りの中ほどにあるグランドホテル。

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1930年(昭和5年)開業のグランドホテルは1990年代に大改装を施しているが、往年の姿を良く残している。

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大改装によって建てられた高層棟の低層部は、旧館の意匠を取り入れたものになっている。

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ドンコイ通りとサイゴン川の河岸が交差する場所に建つマジェスティックホテル。我国の皇族を始め、各国の王族、政府要人や各界著名人の利用も多い。

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開業当初のマジェスティックホテル。
華僑実業家の経営で、1925年(大正14年)に開業。現在は外観は1階まわりにのみ創建当初の面影を残す。

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1941年(昭和16年)から日本軍が仏領インドシナ南部に進駐(南部仏印進駐)すると、仏政府(当時のフランスは親ドイツ派、実質はナチス傀儡であるヴィシー政権の下にあった)日本政府に貸与、「日本ホテル」と改称され、日本政府及び軍関係者の宿舎として使用された。

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ホテル内に飾られている古写真の中には「日本ホテル」時代のものもある。

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南ベトナム共和国時代に大規模な改装を受けており、外観は開業当初の面影はあまり残されていないようである。なおベトナム戦争末期には、北ベトナム軍のロケット弾の直撃を受け、一部が破損したこともある。

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外観でも一階まわりについては、曲線が特徴的な庇やアーチ型の窓など、開業当初の形が残されている。

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ホテルロビー。

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日本のクラシックホテルでは、横浜のホテルニューグランド(1927年(昭和2年)開業)とほぼ同時期の建物である。

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玄関を入ってすぐ、ステンドグラスの天窓に吊り下げられたシャンデリアが来客を出迎える。

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白を基調とした華麗な雰囲気のロビー。

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螺旋階段
おそらく鉄筋コンクリート造。曲線の螺旋階段はこの時期の日本の建築でもいくつか事例がある。

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螺旋階段は見上げると楕円形になっていることが分かる。

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プール付の中庭。

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中庭に面して各階ともテラスを設ける。

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朝食用に使われる、最上階の屋外レストラン。後方にグランドホテルのドームが見える。

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サイゴン川が一望できる。

 * * *
 
以上でサイゴン紀行は終了です。
冒頭に紹介した書籍「建築のハノイ」ほか、ネット上の情報などを参考に本文を作成しましたが、通常の記事に比べると予備知識の乏しさもあり、事実誤認や検証不足も多々あると思われます。確認できたものは今後適宜直して行きたいと思います。
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番外編・サイゴン紀行その2(旧サイゴン市庁舎・市立劇場他)

サイゴン紀行 その2です。

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前回取り上げたサイゴン大教会、中央郵便局と並んで知られるフランス時代の建造物がこの旧サイゴン市庁舎。
現在はホーチミン市人民委員会の庁舎として使われている。

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ホーチミン市内の目抜き通りであるグエンフエ通りの突き当りに建っている。
夜は写真の通りライトアップされ、美しい姿が浮かび上がる。

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フェルナン・ガデ設計で1907年(明治40年)竣工。

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1871年(明治4年)に建設が決定されるも、実際に建物が完成するのはそれから36年後の1907年のことであった。また当初は古写真のとおり中央部のみで、その後両翼が増築されて、現在の姿になっている。

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朝の旧サイゴン市庁舎。
現在の用途であるホーチミン人民委員会は市役所に相当する組織である。

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装飾は最初に完成した中央部分に集約された感があり、それに比べると両翼は比較的簡素な造りとなっている。

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この建物、施設の性格上か建物の手前にて写真を撮ると守衛に咎められる。少し離れて撮る分には問題ないが、このようなアングルの写真は撮ると面倒なことになりかねないのでご注意。(筆者は幸い注意されただけで済んだ)

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グエンフエ通りに面して建つ、旧市庁舎と同じような色調の西洋館。
かつてのインドシナ連邦財務局庁舎で、現在はホーチミン市の財務局として使われているようだ。
背後にはガラス張りの新館を建てている。

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建設年代も旧市庁舎と左程変わらないようであるが、こちらは装飾も控え目で全体的な平坦な外壁である。

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丁度当時の建築デザインは世界的に古典様式からモダニズムへの移行期であり、日本でも明治末期から大正期にかけて、装飾を控えた平坦なデザインが施された西洋館が多く建てられるが、これも当時のモダンな建築表現だろうかと思われる。

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これも旧サイゴン時代の代表的なフランス建築のひとつ、ホーチミン市市立劇場。
サイゴン市立劇場として1900年(明治33年)に建てられた。

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フランスからの独立後にベトナムが南北に分裂していた頃は、南ベトナム共和国政府の下院議会議事堂として使われていた。

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議事堂として使われていた頃は、細部を飾る彫刻はすべて撤去され、簡素な外観になっていたが、1998年にサイゴン300年記念事業として創建当初の姿に復元された。

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正面大アーチの奥にある華やかな色彩の壁画も、彫刻と同様復元されたもの。

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正面玄関で来場者を迎える女人像。これも撤去されていたものを復元した。

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夜は旧サイゴン市庁舎と同様ライトアップされる。

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夜の姿は昼間とは違った趣がある。

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旧仏領時代の主要な建物の大半が今も残るホーチミンで、現存しないのが旧総督官邸。フランスによる植民統治の拠点として1875年(明治8年)に建てられ、独立後南ベトナム共和国時代は大統領官邸として使われたが、ベトナム戦争中の1962年(昭和37年)に爆撃を受け大破したため取り壊された。

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旧総督官邸跡地に1966年に建てられた大統領官邸は、ベトナム戦争終結による南北統一後は統一会堂の名で一般公開されている。(上の古写真は統一会堂内に展示されていたものである)

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門扉や庭園は旧総督官邸のものが残されている。
1975年(昭和50年)のサイゴン陥落(ベトナム国内では「サイゴン解放」)に際しては、この門を破って北ベトナム軍戦車が突入する映像が世界中に流された。

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ホーチミン市博物館。
フランス官吏の邸宅として1890年(明治23年)に建てられたものらしい。
また大東亜戦争中、ベトナムには日本軍が進駐していたがそのときは日本軍用の宿舎に充てられたこともあるという。

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またこの建物は、南ベトナム共和国時代に独裁者として君臨するも最後はクーデターで殺害された大統領、ゴ・ディン・ジェム(1901~1963)が、クーデター時に身を隠した場所でもあるという。

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ゴ大統領暗殺後は南ベトナムの最高裁判所としても使われ、統一後は革命博物館を経て現在はホーチミン市博物館に改称されている。ホーチミン(サイゴン)の歴史や、ベトナム独立時の歴史資料などを展示する施設として一般公開されている。

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日本が台湾に建てた西洋建築もそうであったが、サイゴンのフランス建築も必ずといってよいほど半屋外のベランダを設けて、熱帯気候への適応を図っている。

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曲線が美しい中央階段。半円形に張り出している。

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ベトナム人の間では結婚写真の撮影場所として人気があるようだ。筆者が訪れたときも一組のカップルが撮影中であった。

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二階からみた階段室。


サイゴン紀行 あと1回続きます。

番外編・サイゴン紀行その1(サイゴン大教会・中央郵便局)

先日12日付記事の予告どおり、ベトナム・ホーチミン市に残る旧サイゴン時代の建築巡りです。
弊ブログの本来の趣旨に鑑み、記事においては随時、当時の我国の状況などにも触れたいと思いますので建設年代等の表記は、西暦(和暦)表記とすることをお断りしておきます。

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フランス人によってサイゴンに建てられた西洋建築の代表格とも言えるのがこのサイゴン大教会。
聖マリア大聖堂、ノートルダム大聖堂とも称されており、ホーチミン市の主要通りの1つであるドンコイ通りの起点に面して建っている。着工から17年の歳月をかけ、1880年(明治13年)に完成している。

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塔の上部にある尖塔は創建当初はなく、1894年に追加されたものである。

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日本では幕末の動乱期であった1862年(文久2年)、サイゴン条約に基づきサイゴンは阮朝からフランスに割譲され、インドシナでも最も早くフランス領とされた土地である。その後1887年に仏領インドシナ連邦が成立、ベトナムは全土がフランス植民地となる。

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大聖堂はサイゴンにおけるフランス統治の記念碑的建造物として、権力の中心である総督官邸と共に割譲後間もなく建設に着手された。

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香港から招聘した建築家ジョルジュ・レルミトによる当初の設計案は、非常に贅沢なものであったことから仏政府は難色を示し、工事はなかなか捗らなかったという。

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途中で設計競技(コンペ)をやり直し、パリ在住の建築家ジュール・ブラールの設計で工事を再開、1880年に献堂された。

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熱帯の地であるサイゴンにフランス本国と同じような教会堂を建設したものの、内部に熱気がこもり室内は蒸し風呂状態になってしまったことから壁面には通風孔が開けられた。一階窓の下部に装飾を兼ねた通風孔があるのが分かる。

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石材や煉瓦はすべてフランスから取り寄せたと言われる。

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煉瓦。日本の西洋建築に使われている煉瓦に比べると、軟らかそうな感じである。

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手前の樹木が南国情緒を醸し出す。

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聖堂は外観だけでなく、内部も拝観可能。内外の観光客が沢山訪れていた。

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聖堂内部。

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内部は煉瓦積みの壁や柱を漆喰で塗り込めている。

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床のタイル。
この模様、どこかで見たことがあると思ったら箱根の老舗温泉旅館・福住楼の脱衣場でみたものと同じであった。と言っても、別に関連性があるとかいう訳では全くない。

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ホーチミンの主要観光名所であると同時に、現在も現役のカトリックの教会として使われている。

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サイゴン大教会の正面向かって右手に建つホーチミン市中央郵便局。
5年の歳月をかけて1891年(明治24年)に竣工した。

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設計はアルフレッド・フォーローとオーギュスト・アンリ・ヴィルデュの共同設計、内部の鉄骨設計はエッフェル塔で知られるギュスターヴ・エッフェルが手掛けている。

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アーチの中央上部や付け柱の上部には人面の装飾がみられる。日本の西洋建築ではほとんど見ることのない装飾である。

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なお日本の明治期の西洋建築は、日本近代建築の父であるコンドルの祖国・イギリスや明治中期に政府主導で官庁集中計画の範としたドイツに負うところが大きく、フランスの影響が強い明治の西洋建築としては、フランス留学の経歴を持つ山口半六の設計による兵庫県庁舎旧第四高等学校などがあるぐらいである。

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中央郵便局もサイゴン大教会と並びホーチミンの代表的なフランス建築として、定番の観光スポットとなっている。現在も現役で郵便業務を行う傍ら、観光局用の土産物コーナーも設置されている。

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硝子張りの鉄骨製ヴォールト天井が特徴的な郵便局内部。
当時のフランスでは鉄骨構造が普及し、エッフェル塔(1889年完成)などの大規模な鉄骨構造物が多く建てられた。建築でも駅舎や郵便局など、近代文明を象徴する建造物には鉄骨構造は盛んに取り入れられていた。

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玄関まわりの交差ヴォールト天井もすばらしい。

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入口脇に設けられた電話室(現在は半分がATMコーナーとなっている)の上部壁面には1892年当時のサイゴンの地図が描かれている。

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サイゴン地図の反対側には、1936年(昭和11年)当時のサイゴン・プノンペン及びその周辺の電信網を描いた地図がある。(郵便局は電信業務も取り扱っていた)プノンペンは隣国カンボジアの首都であるが、当時はベトナムと同じく仏領インドシナの一部であった。

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床には色鮮やかな各種の模様入りタイルが敷き詰められている。

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このような模様入りタイルは当時の日本の西洋館でも、岩崎久彌邸村井吉兵衛邸などに使われており見ることができる。

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照明の吊り金具の装飾は美しい曲線が施されている。これは本場フランスのアールヌーボーだろうか。

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ここも多くの観光客で賑わっていた。

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サイゴン紀行その1 おわり
次回に続きます。


(参考書籍)
「建築のハノイ ベトナムに誕生したパリ」文・太田省一 写真・増田彰久
 平成18年 白揚社刊

番外編・サイゴン紀行(予告)

先週末から今週前半まで、ベトナムのホーチミン(旧サイゴン)に行ってきました。
ベトナムは1887年(明治20年)から1954年(昭和29年)までの約70年間、フランスの植民地となっていたことから、現在でもハノイやホーチミンなどの大都市にはフランスによって建てられた西洋建築が多数残されています。今回、ホーチミン在住の友人を訪問する機会を得たことから、旧サイゴン時代の西洋建築をいくつか見ることが出来ましたので、次回から3回程度に亘り、番外編として紹介したいと思います。

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プロフィール

syoukou

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現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

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