第1059回・淡翁荘(旧鎌田勝太郎邸)

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前回記事で紹介した、香川県坂出市の旧鎌田醤油本店に隣接して建っている淡翁荘は、元社長・鎌田勝太郎の邸宅として昭和11年(1936)に建てられた洋館。「淡翁荘」の名は鎌田勝太郎の号に因む。現在は「四谷シモン人形館 淡翁荘」として公開されている。国登録有形文化財。

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淡翁荘は旧鎌田醤油本店に隣接して建っており、本通り商店街に面し黒門と称する薬医門形式の正門と、瓦を載せた鉄筋コンクリート造の塀を構える。この門と塀も国の登録有形文化財となっている。

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背面(庭園側)から望む淡翁荘。鉄筋コンクリート造二階建、設計施工は合資会社清水組(現・清水建設㈱)大阪支店による。陸屋根で外壁の一部はタイル張り、箱型のシンプルな形状の洋館である。

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以前は木造の和風住居もあったとのことだが、改修に際し撤去されている。なお、当該建物が現存する洋館部分とどのように接続されていたのかは不明である。

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改修に際し平屋建の管理スペースと、写真の見学者用玄関が新たに設けられており、入館はこちらから入る。

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淡翁荘は現在、人形作家で俳優の四谷シモンの作品を展示する施設として利用されている。一階ホールに置かれている老人像は、昭和45年(1970)に開催された大阪万国博覧会のために製作された「ルネ・マグリットの男」。

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1階応接室。モダニズム風の無装飾の外観とは裏腹に、内部は本格的な洋室と和室で構成されている。

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鎌田醤油の現社長が四谷シモン氏の熱心なファンであったため、この施設が誕生したとのことである。東京生まれの氏と坂出の地に特段の縁があった訳ではない。

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1階は応接室と、次の間・縁側付きの座敷、金庫室などで構成されている。

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座敷は格式高い書院造でまとめられている。

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縁側から臨む座敷。次の間の先に玄関の引き戸が見える。
元々の玄関はこちらと思われる。

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金庫室の扉。

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現在は展示スペースの一部となっている金庫室内部。
内部にも金庫がある。

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1階ホールから階段を望む。

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2階階段室。階段まわりは外観と同様、無装飾のモダニズムスタイルとなっている。

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2階トイレ。仕切りは大理石が用いられている。
ここも展示スペースの一部。

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トイレの窓から隣の旧鎌田醤油本店を望む。商店街側からは見えない、反りのある入母屋造の屋根が見える。手前の張り出した部分は淡翁荘1階の応接間部分で、上は2階のバルコニーとなっている。

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外観からは想像できない重厚華麗な造りの洋室。2階は全て洋室で、うち続き間になっている写真の部屋は共に暖炉を備えている。写真奥の天井は僅かに曲面を持つヴォールト天井となっている。

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主室と思われる広い方の洋室にある暖炉。

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暖炉の向かい側に配された棚。

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続き間の洋室の暖炉上に掲げられている肖像の人物が、この館の主であった淡翁・鎌田勝太郎(1864~1942)。香川県の有力実業家であると共に、政治家としては貴族院議員を30年近く務め、貴族院の重鎮として君臨した。

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また社会事業家として、私財を投じ鎌田共済会を設立、育英事業や図書館、博物館(鎌田共済会郷土博物館)などの運営を行い、教育文化の発展にも寄与した。

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続き間の暖炉に貼られた、複雑な色ムラがあるタイルは、同じ清水組の施工による大阪の綿業會館(昭和6年竣工、設計は渡辺節)の談話室壁面に貼られている泰山タイルと色合いが似ており、淡翁荘の暖炉タイルも泰山タイルの一種かも知れない。

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淡翁荘の照明器具。

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香川県内に現存する洋風住宅としては、淡翁荘は多度津町の合田邸洋館などと並ぶ質の高いもののひとつと思われる。
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第1058回・讃岐醤油絵画資料館(旧鎌田醤油本店)

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前回記事で紹介した鎌田共済会郷土博物館と香風園のすぐ近くに、鎌田醤油の旧本店が建っている。正面外壁を黒漆喰壁仕上げとする重厚な造りの商家で、現在は讃岐醤油絵画資料館として公開されている。国登録有形文化財。

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香川県坂出市本町の本通り商店街に面して建っている旧鎌田醤油本店。幕末頃の建築とされている。

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鎌田醤油は江戸時代後期に当たる寛政元年(1789)の創業で、讃岐うどんのうどんつゆなどの製造・販売でも知られている。

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商店街のアーケードに覆われて正面からは見ることができないが、屋根は反りのある本瓦葺きの入母屋造りで、黒漆喰壁の正面外壁と同様、重厚な造りとなっている。

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平成16年(2004)に改修されているが、正面外観は伝統的な商家の佇まいを残しており、内部も接客用に設けられた二階座敷などは古い造りを残しているという。

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旧本店の裏手には、幕末頃の建設とされる旧大門が、旧本店と共に同社の歴史を伝える建物として移築保存されている。この建物も国の登録有形文化財である。

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鎌田共済会郷土博物館から旧鎌田醤油本店にかけての一画は、現在も鎌田醤油関係の施設で占められており、両者の間には近代的な設備を備えた現在の鎌田醤油㈱本社と工場、製品直売所が置かれている。

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背面から望む旧鎌田醤油本店。背面は改修に際し、旧建物の一部が撤去改装されている。
讃岐醤油絵画資料館への入口はこちら側にある。

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旧本店に隣接して建っているのが、明治から昭和初期にかけて社長を務めた鎌田勝太郎の旧宅「淡翁荘」で、これも国の登録有形文化財。外観はシンプルなモダニズムスタイルの洋館であるが、内部は本格的な書院座敷と洋室を備えた邸宅である。この建物については、次回記事にて室内を中心に紹介したい。

第1057回・鎌田共済会郷土博物館(旧鎌田共済会図書館)

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香川県坂出市本町1丁目にある鎌田共済会郷土博物館は、坂出の実業家・鎌田勝太郎が育英奨学と社会教育を目的に設立した鎌田共済会の図書館として、大正11年(1922)に建てられた。香川県内に現存する最初期の鉄筋コンクリート造の建造物である。国登録有形文化財。

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鎌田共済会郷土資料館は、JR予讃線坂出駅からすぐ近くの位置にある。元々、博物館は線路に近い図書館の南側にあったが、平成4年(1992)に予讃線の高架化事業により解体されたため、以後、旧図書館の建物が博物館として使われることになった。

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今日でも讃岐うどんのつゆで知られる鎌田醤油㈱など各種の事業を営み、政治家、社会事業家として知られた鎌田勝太郎(1864~1942)によって大正7年(1918)に鎌田共済会が設立され、大正11年(1922)に図書館、大正14年(1925)に郷土博物館がそれぞれ設置された。

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図書館の建物は、香川県技師の富士精一の監修の下、竹中工務店の設計施工によって建てられた。大正中期の地方都市においては、鉄筋コンクリート造の建造物はまだ珍しい存在であった。

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平成10年(1998)に国の登録有形文化財となり、その後間もなく建物の保存改修工事が行われた。

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現在も「公益財団法人鎌田共済会郷土博物館」として、香川県の古文書、絵図、化石資料等の郷土資料を収蔵・公開している。

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外観は木製のサッシなど、建具に至るまで旧い形をよく残している。訪問時は休館日で内部見学はできなかったが、内装も大正時代の造りをよく残しているようである。

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今はない旧博物館はどのような建物であったのかが気になるところである。

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郷土博物館に隣接して、鎌田家の別邸として明治41~43年(1908~10)に造営され、現在は坂出市が所有・管理している「香風園」がある。

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昭和30年(1955)に鎌田家から坂出市が買い取り、公園として一般に開放された。その後JR予讃線の高架化事業を機に、平成11~13年(1999~2001)に築庭当時の姿に復元するための整備改修が行われた。

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池に面して建つ茅葺きの茶亭「時雨亭」。

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明治43年(1910)に建てられた木造二階建の主屋「翠松閣」。現在、庭園は無料で一般公開されており、建物は催事等の会場として貸し出されている。

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築庭当時は、庭園は南側にある飯野山(讃岐富士)を借景としていたというが、JR予讃線が高架化された現在は見ることはできないという。

第1031回・多度津の合田邸(その2)

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前回に引き続き、香川県多度津町の合田邸の紹介。
今回は、(その1)で紹介した玄関棟や応接間等の奥にある、洋館や茶室、大広間、離れ座敷等である。特色ある一連の建築群は、地方の素封家によって建てられた和洋を取り交ぜた近代の邸宅として、三重県桑名市にある国指定重要文化財の旧諸戸邸(西諸戸邸)などに比肩しうる存在ではないだろうか。

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主屋から中庭に面した大広間棟へと続く渡り廊下。

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主屋、書斎、大広間に囲まれた坪庭に建つ茶室「硯滴庵」。
合田邸を度々訪れていた歌人・吉井勇が愛惜したという茶席で、硯滴庵(けんてきあん)の名も吉井勇の命名による。三畳台目の茶席で、表千家不審庵の写しとのことである。現在は荒廃しているが、かつては風情ある露地も設えられていたものと思われる。

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渡り廊下沿いにある手洗いに設えられた手水鉢。

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渡り廊下を進むと、中庭に面した大広間の畳廊下(公開当日畳は上げられていたため、下地の床板がむき出しになっている)に至る。

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中庭側から望む主屋。
石燈籠の後ろに見える手水鉢の下には、水琴窟が設えられているという。

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主屋の屋根瓦。合田邸内の建物の屋根には、いずれも桟瓦もしくは洋瓦が用いられているが、主屋のみ本瓦葺となっている。本瓦葺は古くから城郭や社寺建築に用いられていた重厚で格式の高い屋根であるが、費用がかかり、かつ屋根が重くなるのが弱点で、やがて明治初期に考案された桟瓦に取って代わられる。

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大広間の縁側から中庭を望む。主屋の脇に見えるのが大広間と向かい合う形で建っている洋館。
中庭は今回公開されるまで、周囲の建物とともに荒廃が著しかったとのことだが、「合田邸ファンクラブ」の方々や合田家の御当主が、大きくなり過ぎた庭木の伐採や掃除を行った結果、埋もれていた庭石などが漸く姿を現したという。

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中庭に面して色鮮やかなタイル張りのテラスを張り出す洋館は、3代目当主の合田健吉によって、来客の接待及び宿泊のためのゲストルームとして建てられた。半地階を備えた2層の建物で、上階には暖炉を備えたホール及びバーカウンター付きの談話室があり、地階にはベッドルームが2室設けられている他、専用の浴室もあるという。

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洋館の建設時期は大正末期から昭和3年までの間と思われる。
内装、家具調度品も贅を尽くしたもので、金箔で縁取られた鏡飾りのある白大理石製の暖炉や、現在はどれだけ現存するのか不明であるが、随所に多くのステンドグラスが嵌め込まれていたようだ。

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洋館の屋根には、大正期の建築によく見られる半円アーチの3連窓を設け、テラスへの出入り口の欄間にはアールデコ調の飾り格子を嵌め込むなど、建てられた時期の洋風建築のデザイン傾向が窺える。なお、欄間の両脇にはかつては照明燈があったものと思われる。

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色鮮やかな各種のタイルを、床に不規則に敷き詰めた洋館のテラス。
兵庫県の旧甲子園ホテルや長崎県の雲仙観光ホテルでも、酒場(バー)の床に似たようなものが見られる。

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テラスの明り取り窓から地階を見る。窓が無く、吹き曝しになっている。
失われているのか、取り外されているのかは不明であるが、全体的にかなり老朽化が進んでいるのは否めない。しかし、このまま朽ちさせてしまうには余りにも惜しい。

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四国で近代の邸宅と言えば、いずれも国指定重要文化財である徳島の旧三河邸、愛媛の旧久松伯爵邸(萬翠荘)、香川県内では高松の旧松平伯爵邸(披雲閣)などがあるが、合田邸も修復すればこれらの建物に並ぶ存在になるのではないかと個人的には思う。

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洋館とは繋がっており、そして主屋とは中庭を挟んで向かい合う形で建っている二階建の離れ。2代目当主の合田房太郎が建てたと思われる、2棟の離れのうちの1棟である。写真の左側が洋館、右側は大広間棟で、その奥には土蔵と煉瓦倉庫が見える。

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戸袋に至るまで全面を硝子張りにしているのは珍しい。離れの内部は、金箔及び銀箔を貼った襖がある「金の間」「銀の間」のほか、特異なのは二階に「えじぷとの間」と称される座敷があり、書院窓などにエジプト模様の装飾が施されているという。他に類例を聞かない珍しい建物であるが、残念ながらこの建物も、洋館と同様に老朽が甚だしく、内部は非公開であった。

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3代目合田健吉によって建てられた大広間棟「楽々荘」。
北原白秋の命名による。建具には輸入品と思われるが、大型の一枚硝子を用いており、隣接する離れと比べてより近代的な印象を与える和風建築である。

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内部は30畳の広大な座敷で、天井は黒漆塗りの折り上げ格天井で大小5つのシャンデリアを吊るす。合田家と親交のあった北原白秋は合田邸来訪に際し、この座敷で手足を伸ばして寛ぎ、「楽々荘」の名を贈ったという。

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大広間の書院窓。

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天井中央の大シャンデリアは、合田家の家紋である方喰(かたばみ)をあしらった特注品。

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大広間縁側の花頭窓。
欄間には斜め格子の障子を入れている。

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大広間は周囲の畳廊下や次の間も加えると、50畳以上の広さになる。
硝子戸の先には、中庭越しに洋館の正面が見える。

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大広間の畳廊下から望む、背後の土蔵と煉瓦倉庫、及び隣接する離れ座敷。

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大広間と背後の土蔵の間には厠が設けられており、その手前に手洗い場が設えられているが、こちらは手水鉢ではなく陶器製の噴水台が置かれている。

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ブログ主が訪問したのは公開初日で、当日は大広間で「合田邸ファンクラブ」の活動紹介及び公開までの経緯の説明などが行われていた。(写真は開催前)中庭周りなど、老朽と荒廃が進んでいた邸宅を、ボランティアで清掃、補修の上一般公開にまで漕ぎつけた関係者の努力には、ただ頭が下がるばかりである。

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長年点燈することはなかった大広間のシャンデリアも、公開に先立ち補修されたとのことで、公開当日に燈された。

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催しはファンクラブの方々を始め、5代目に当たるという合田家の現ご当主夫妻を始め、多度津町長や教育長なども参加、合田邸の保存に向けた関係者の熱意が感じられる素晴らしいものであった。この屋敷が将来、多度津町の誇るべき文化遺産になることを願わずには居られない。

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相当老朽が進んでいる建物もあるが、是非とも一括した形で後世に残して頂きたいものである。
そして拙劣な内容ではあるが、前後2回に亘る当ブログ記事を以て、合田邸の魅力を少しでも、一人でも多くの方にお伝え出来れば幸いである。

(注)本記事の作成に際しては見学会当日配布資料のほか、内部非公開の洋館や離れ、茶室については以下の資料を参照させて頂いた。

「香川県の近代化遺産(建造物等)総合調査報告書」 平成17年 香川県教育委員会編集・刊行 
「新讃岐の茶室」 昭和49年 十河信善・入倉忠雄著 毎日新聞高松支局刊行 

第1030回・多度津の合田邸(その1)

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香川県仲多度郡多度津町本通にある合田(ごうだ)邸は、明治から昭和にかけて、讃岐の近代産業や文化を牽引した「多度津七福神」と称される富豪の唯一現存する邸宅である。大正から昭和初期にかけて建てられた和洋の多彩な建築群から構成される当邸は現在、保存に向けた取り組みが始まっている。当ブログでは先日初めて公開された合田邸を2回に分けて紹介したい。

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合田邸正面。写真手前から土蔵、来賓用門、玄関棟、応接間、土塀が続く。
合田邸を建てたのは、合田家2代目当主の合田房太郎(1861~1937)、3代目当主の合田健吉(1897~1975)で、昭和3年(1928)に現在の姿が完成したという。

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合田家は米穀肥料商から財を成し、2代目房太郎及び3代目健吉の二代に亘り、四国電力の前身に当たる四国水力電気や多度津最初の銀行である多度津銀行などの要職を歴任、「多度津七福神」の一員として讃岐及び四国地方の近代化に貢献した。また、房太郎・健吉は共に多額納税者として貴族院議員に選出されている。

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黒漆喰で仕上げられた玄関棟。この奥には本瓦葺きの主屋が建っている。
現在は壁土がかなり崩れ落ちているが、玄関棟両脇の土蔵と土塀も黒漆喰仕上げで、往時は非常に重厚な屋敷構えを見せていたものと思われる。

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玄関棟に続いて建っている応接間は、緑がかった釉薬をかけたタイル張りの洋館。街路に面した2つの小窓にはステンドグラスが嵌め込まれている。かつては金属製の格子があったようだが、現在は外されている。

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側面(北側)に回ると、塀越しに(写真奥から)書斎、大広間棟、土蔵、そして煉瓦倉庫が建っている。
土蔵は街路側のものとは異なり、白漆喰とナマコ壁仕上げであるが、こちらも壁土がかなり崩れ落ちている。

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土蔵に続いて建つ煉瓦倉庫。邸内では一番大きな倉庫である。個人邸で土蔵に加え煉瓦造の倉庫を持つ家は珍しく、多度津七福神と称された合田家の財力が偲ばれる。

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反対側(南側)に回ると、茶色い洋瓦葺の屋根に暖炉用の煙突がある洋館が見える。またその手前には、老朽が著しいが2棟ある離れのうちの1棟も見える。邸内には13棟(玄関棟、主屋、応接間、書斎、大広間、洋館、茶室、離れ2棟、土蔵2棟、煉瓦倉庫、ボイラー室)の建物がある。

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玄関棟脇の来賓用門は、応接間と同様に洋風に造られており、花崗岩と凝灰岩を組み合わせた重厚な造りで門柱の上にはアールデコ調の門燈が付く。門柱の石材は、形状・色調ともに左右対称になるように造られている。

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平成28年11月3~6日に、多度津町内外の有志によって結成された「合田邸ファンクラブ」の方々の努力と、合田家現当主の好意によって、初めての一般公開が行われた。

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玄関棟と主屋の間に造られた来賓用玄関。合田家には、香川県出身の第68・69代内閣総理大臣・大平正芳(1910~1980)や、歌人の北原白秋(1885~1942)、吉井勇(1886~1960)など、政治家・文化人も度々訪れており、邸内には彼らの命名による建物もある。(後述)

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玄関棟の家人用玄関を入ると、八角形を重ねた意匠の飾り窓がまず目に入る。
屋内に上がり、主屋と向かい合う縁側の廊下を進むと、応接間への扉がある。

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応接間の入口脇に取りつけられた、羽を広げた鷲を象ったデザインの帽子掛け。

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応接間内部。街路からも見えるステンドグラスの小窓が暖炉脇に配されている。
照明器具や家具など、創建時のものがよく残されている。

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玄関棟、来賓用門、応接間など街路に面した部分は、3代目当主の合田健吉によって昭和3年までに造営されたと思われ、その奥は2代目と3代目がそれぞれ建てた建物が混在している。

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暖炉に据え付けられた瓦斯ストーブは、近年まで実際に使われていたという。

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玄関棟及び応接間の奥には坪庭を挟んで主屋が建っている。主屋は2代目房太郎によって建てられた本瓦葺きの重厚な日本家屋である。また、主屋に隣接して3代目健吉によって建てられた書斎棟が建っている。(写真奥の建物)

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主屋座敷の床の間。
金粉を散らした壁紙や欄間の彫刻、書院窓など、豪商の屋敷にふさわしい造りが見られる。

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繊細な組子細工が施された書院窓の欄間飾り。

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主屋縁側から望む応接間棟。

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応接間の窓から望む書斎棟。
主屋とは短い渡り廊下で結ばれており、応接間棟と斜めに向き合う形で建っている。自然石を積み上げた基礎に数寄屋風の杉皮貼り外壁、斜め格子の両開き窓にハーフチンバー風の妻壁という外観を有する、和洋折衷の山小屋風洋館である。

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書斎も応接間と同様、一室のみの小規模な洋館である。窓際に配された応接用のソファとテーブル、机など、応接間と同様に創建時からの内装や調度類がよく残されている。

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書斎の書棚。漱石全集などが見える。
書棚の手前には造りつけの金庫室がある。

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応接間・書斎に残る家具。いずれも昭和初期のものである。
(左)応接間の椅子(右)書斎の机

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応接間・主屋・書斎の照明器具。昭和初期のアールデコ風意匠が見られる。
(上左)主屋縁側の吊り燈籠(上右)応接間の照明
(下左)書斎の照明(下右)書斎机の電気スタンド

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次回は主屋の奥にある大広間棟のほか、外観のみの公開ではあるが、中庭に面して建っている洋館や離れなどの建物を紹介したい。

合田邸 (その2)へつづく
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現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

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