第1087回・大宜味村役場旧庁舎

s_IMG_20170519_115921.jpg

沖縄県北部の国頭郡大宜味村大兼久にある大宜味村役場旧庁舎は、大正14年(1925)に建てられた沖縄県における最初期の鉄筋コンクリート造建築であると同時に、沖縄では極めて数少ない現存する戦前の近代建築である。平成28年(2016)10月には国指定重要文化財とするよう答申がなされた。

s_IMG_20170519_120106.jpg

竣工当初の姿。設計は国頭郡役場の技手であった清村勉が設計を手掛けた。清村勉は鹿児島の工業学校の教員であったが、大正9年(1920)に乞われて沖縄に赴任、独学で習得した鉄筋コンクリート造を台風や白蟻による被害にも強い新しい建築構造として推奨し、小学校や役場などの公共建築に積極的に導入した。

s_IMG_20170519_115953.jpg

同じアングルから見た現在の姿。
大正13年(1924)に着工、翌年に竣工した。八角形になっている二階は村長室として使われていた。八角形としたのは台風の強風による風圧を軽減するためであるという。

s_IMG_20170519_120026.jpg

当時、鉄筋コンクリート構造は全国的にはまだ普及途上にあり、沖縄では殆ど例のないものであった。工事は難工事であったと思われるが、技術の高さに定評があり「大宜味大工」と称された地元の大工達により、困難であった二階部分の八角形の型枠造りなどの難工事を成し遂げられたという。

s_IMG_20170519_120226.jpg

沖縄県には戦前に建てられた近代建築で現存するものは極めて少ないが、かつては県都・那覇には沖縄県庁舎(中條精一郎設計、大正9年)、那覇市庁舎(武田五一設計、大正8年)など名高い建築家による本格的な近代建築も存在した。

s_IMG_20170519_120123.jpg

昭和19年(1944)10月の米軍による空襲(10・10空襲)及び翌年の沖縄戦によって、那覇や首里にあった近代建築は首里城などの文化財と共に失われた。大宜味村役場旧庁舎は沖縄県内で現存する最古の鉄筋コンクリート造建築であるとともに、現存する極めて希少な沖縄県における戦前の近代建築である。

s_IMG_20170519_120205.jpg

沖縄戦の戦闘からも米軍の空襲からも免れた大宜味村役場庁舎は、半世紀近くにわたり村役場庁舎として使われ、沖縄が本土に復帰した昭和47年(1972)に現在の庁舎が竣工したことにより、その役目を終えた。

s_IMG_20170519_120146.jpg

現在は村史編纂室として使われており、建物も公開されている。
天井に施されたモールディング(刳形)など、細部の入念な造りは戦前の建物ならでは。

s_IMG_20170519_11592122.jpg

ところで、今回の記事の写真は全て、業務で沖縄に行かれた友人より提供頂いたものである。
弊ブログで紹介してきた建物はこれまで全て自ら訪問したものであるが、今回に限り例外であることをお断りしておく。貴重な写真を提供頂いた友人には厚く感謝申し上げたい。いつか実際自ら訪れたいと思う。
スポンサーサイト
プロフィール

syoukou

Author:syoukou
(ブログについて)
現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

(写真について)
写真は特記しない限り管理人の撮影です。また絵葉書等の古写真は管理人の所蔵品、もしくは訪問先の展示品を撮影したものです。利用・転載等希望される場合は管理人まで御連絡頂けると幸いです。

(リンクについて)
リンクはフリーです。なお、リンクを張らせて頂いている他の方のページは一部を除き相互リンクとなっております。

(コメントについて)
記事と関係の無いコメントは削除させて頂く場合もあります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード