第15回・仁風閣(池田侯爵家別邸)

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仁風閣は、鳥取県鳥取市東町に建つ明治時代の洋館。明治40年(1907)に行われた嘉仁皇太子殿下(のちの大正天皇)の鳥取行啓に際し、旧鳥取藩主である池田侯爵家により御座所として建てられた。迎賓館赤坂離宮などの設計で知られる片山東熊の設計とされており、山陰地方でも屈指の明治の洋風建築である。国指定重要文化財。

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鳥取城跡の一角に建っている仁風閣。この名を付けたのは皇太子殿下に随行していた海軍大将・東郷平八郎で、池田侯爵家当主・池田仲博の依頼によるとされる。この地はかつて、「扇御殿」と称された御殿が建っていたため、大正時代ごろまでは地元では「扇邸」と称されていたという。

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鳥取城跡の石垣からは仁風閣を一望できる。
木造二階建てで外壁は白ペンキ塗りの下見板張り、屋根は日本瓦葺きで一部を銅板葺とする。

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御影石の門や鉄の門扉、洋館までのアプローチ及び背面の庭園に至るまで、明治40年創建当時の佇まいがよく保存されている。嘉仁皇太子殿下は、明治40年5月18日から21日まで仁風閣に滞在された。

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一見完全な左右対称のように見えるが、片側には八角形の尖塔を設けて対称を崩したデザインとする。

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庭園側は2層全面にベランダ(2階は硝子戸を入れサンルーム兼用とする)を設けた開放的な造りとし、正面側とは異なる趣を見せる。

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設計者の片山東熊は宮廷建築家として皇室関連の建築を多く手掛けた人物である。国宝の迎賓館(旧赤坂離宮)を始め、京都、奈良の旧帝室博物館(現京都国立博物館、奈良国立博物館)などで知られる。なお、実施設計は地元出身で東京帝大卒の技師・橋本平蔵が行った。

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正面上部の櫛形ペディメントの中央に配された六芒星の中には、池田家の家紋である揚羽蝶がある。池田家は寛永9年(1632)に岡山から国替えとなってから明治維新までの約240年間鳥取藩主の座にあり、明治維新後は侯爵に列せられた。

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この館は池田侯爵家の別邸として建てられ、御座所として使われた後も、昭和42年(1967)に鳥取県に寄付されるまで池田家が所有していたが、別邸として使用されることは無かった。御座所としての役目を終えた後は、鳥取市の迎賓施設として使われたり、市民のための宴会場や結婚式場としても使われたりしていた。

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第二次大戦後は鳥取県立科学館(のち科学博物館)として昭和24~47年(1949~72)まで使用されていた。博物館移転後は存続の危機に立たされるが、保存運動が実を結び、昭和48年(1973)には国指定重要文化財となり、指定後修復工事が行われた。現在は鳥取市の所有となり、一般公開されている。

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皇太子殿下の行啓は山陰地方の近代化を大きく推進し、仁風閣には鳥取では初となる電燈が燈され、山陰線の敷設工事も大きく進捗を見せた。

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館内に入る。
堂々たる円柱が一対建っている一階のホール。

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御座所として使われた当時は、一階には随員の控室や事務室、浴室が置かれ、皇太子殿下の滞在スペースは二階に設けられた。

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尖塔の内側には螺旋階段が設けられている。優雅な形状の階段であるが、用途は専ら使用人が二階と行き来するためのサービス用通路、すなわちバックヤードである。

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主階段の親柱には繊細な彫刻が施されている。

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二階ホールにも一対の円柱が建っている。
東郷平八郎揮毫による「仁風閣」の額が飾られている。

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二階御座所の暖炉。暖炉飾りは黒大理石で出来ており、焚き口の周りには輸入物のタイルが貼られている。

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鳥取では初の電気照明であったシャンデリア。
写真は御座所のもの。

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御座所に隣接する御寝室。
床は畳敷きとするが、壁や天井は洋風に造られており、白大理石で飾られた暖炉を置く。

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仁風閣の背面に広がる日本庭園はかつての扇御殿の庭園で、小規模ながらも江戸時代の大名庭園の流れを汲むものとされる。現在は宝隆院庭園と称されている。「宝隆院」とは、11代鳥取藩主・池田慶栄の正室・整子の号で、扇御殿は宝隆院のために12代藩主・慶徳が文久3年(1863)に建てたものである。

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扇御殿の化粧の間と伝わる建物が宝隆院庭園の一角に現存し、茶室として使われている。

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(参考)「仁風閣の周辺 ―白亜の洋館と池田侯爵家のあゆみ― 」(館内販売の冊子)

〔追記〕
平成28年10月25日 記事写真を修整・追加、本文を全面的に書き改めました。
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