第405回・旧朝倉虎次郎邸

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東京都渋谷区にある近代和風建築。
都心とは思えない佇まいを今に残す。国指定重要文化財。

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朝倉家は江戸時代以来この界隈の大地主であったが、明治以降は土地経営に加え精米業を営んでいた。
大正8年(1919)に、当時東京府議会議員であった朝倉虎次郎によって、現在残る邸宅が建造された。

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朝倉家では大正8年当時から自動車車庫(ガレージ)を持っていた。
現存する戦前の車庫としては神戸の旧小寺兼吉邸、旧西尾類蔵邸、京都の旧加賀正太郎邸等があるが極めて珍しい。

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同時期の東京市内に設けられた貴顕の邸宅で今も現存するのは、いずれも他所に移築された旧高橋是清邸、旧和田豊治邸などがあるが、創建時から同じ場所でそのまま残る邸宅は極めて少ない。

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玄関脇の洋室。執事の執務室及び洋式の応接間として使われたそうである。この建物で洋風の空間はここ一室のみ。

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戦後は朝倉家の手を離れ、農林水産省、経済企画庁の公舎、会議所として長らく使用された。

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会議所としての用途を終えた後は関係者の努力が実を結んで国指定重要文化財となり、現在は渋谷区が管理、公開している。

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二階を中心に華やかな書院造の座敷が広がる。

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二階座敷に対になって設けられた書院窓。

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全体的に厳格で格式張った書院造で統一された屋敷だが、写真のようなくだけた雰囲気の茶室座敷もある。

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中庭を望む。

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来客用の広大な洗面所。

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縁側。
なお一階の主要な部屋は、国の会議所として使用された時期に大規模な改造が施されてしまっている。

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しかしそれを除けば敷地建物共に非常に旧状を残している。

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敷地は傾斜地に面しており、場所によっては写真のように崖下から望むような座敷もあった。

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土蔵。

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壁面に設けられた鍵の手状の金具は、火災の際濡らしたゴザや藁束を壁一面に据え付け火災から建物を守るための工夫であったようだ。

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以下参考資料

渋谷区ホームページ(旧朝倉家住宅)
http://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/asakura.html
旧朝倉家住宅によせて(朝倉家の子孫による回想等がある)
http://d-hillsideterrace.com/contents/old.html
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第404回・旧宇治山田郵便局舎(旧伊勢郵便局舎)

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明治村に保存されている旧宇治山田郵便局舎は、明治期の郵便局舎として平成11年に国指定重要文化財に指定されている。

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明治42年(1909)竣工。伊勢神宮外宮の門前に建てられた。

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角地に面し、角地部分を円筒形にした特徴ある造形。

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昭和43年(1968)まで約60年間、郵便局舎として使用され続けた。

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ハーフチンバーの外壁は、昭和に入って防火対策により塗り込められ、昭和43年の解体まで単調で無残な姿を晒していた。

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尖塔。

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重要文化財指定の数少ない郵便局舎。

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中庭から見た郵便局舎。左手は切手倉庫で、煉瓦造であった。

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円筒形の外観が特徴的。

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建物内部では、現在も郵便業務を行っている。

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玄関を入ってすぐの位置にある正面玄関の天井内部。

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第403回・旧後藤家住宅

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神戸市垂水区塩屋にある和洋並置式の邸宅。
以前取り上げた旧グッゲンハイム邸に隣接して建っている。

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全景。周囲にも旧グッゲンハイム邸ほか、戦前に建てられた住宅がいくつか残っている。
左手の赤い瓦屋根の家が旧グッゲンハイム邸。

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市街地の殆どが戦災を受けた神戸市にあって、垂水区は区域の殆どが戦災を免れた。とりわけ塩屋界隈は、今も古い街並みがよく残されている。

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旧後藤邸は、兵庫県より「近代住宅100選」のひとつに選定されている。
https://web.pref.hyogo.lg.jp/wd27/documents/000153053.pdf

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左から土蔵、洋館、日本家屋が並ぶ構成。
かつては洋館の屋根には暖炉用の煙突が建っていたが、阪神大震災で折れてしまった。
煙突の根元がわずかに残っているのがわかる。

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上記兵庫県の資料によると、旧後藤邸は大正中期の建築。
設計は設楽工務所。東隣の須磨区にある旧西尾類蔵邸(大正9、兵庫県指定文化財)と同一設計者ということになる。

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設楽工務所を率いる設楽貞雄は、通天閣(初代)等の設計でも知られる建築家。

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平成元年(1989)公開の映画「花の降る午後」では旧後藤邸がロケ地になったそうである。

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塩屋の丘の路地から望む大阪湾。左手先には旧後藤邸、そしてすぐ右手には旧グッゲンハイム邸がある。

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現在は無住のようである。
ただしペンキの塗り替えなど、随時補修されていたりして、手入れはされているようである。
しかし石段の隙間から生えた雑草が痛々しい。

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玄関扉は硝子戸で、欄間にはステンドグラスと思しきものが見える。

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隣の旧グッゲンハイム邸同様、再生が待ち望まれる。

第402回・青淵文庫

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青淵文庫は、実業家・澁澤榮一(1840~1931)の、東京王子飛鳥山にある旧自邸内にある書庫兼応接室。
現在は渋沢史料館の施設として一般公開されている。

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旧澁澤邸「曖依村荘」は戦災で大半の建物が失われ、現在はこの青淵文庫と小応接室「晩香廬」だけが残る。
いずれも極めて質の高い大正建築である。

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青淵文庫は、澁澤榮一の傘寿(80歳)の祝いと、それまでは男爵だった渋沢がより上位である子爵の爵位を授けられた祝いとを兼ねて、現在の渋沢栄一記念財団の前身である竜門社が贈った建物。

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当初澁澤の所蔵する「論語」他の漢籍や、彼が家臣として仕えていた徳川慶喜についての資料などが収められる予定であったが、建設途上で関東大震災が発生、震災の大火で日本橋の旧邸が焼失したため、これらの資料は悉く灰燼に帰した。

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工事中の青淵文庫も被害を受けたため、設計を変更し大幅な補強を加え大正14年(1925)に竣工。
本来収めるべき書物の殆どを失ってしまったため、澁澤榮一は青淵文庫の閲覧室部分を主に応接の場として使っていたようである。

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設計は大正建築の名手として知られる田辺淳吉(1879~1926)。
青淵文庫のほか、先述の晩香廬(大正5)、澁澤が設立に深く関わった第一銀行のクラブハウスとして建てられた誠之堂(大正5)、以上3件の澁澤がらみの建物はいずれも国指定重要文化財である。

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装飾的要素は正面の窓周りに凝縮されている。

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柱の飾りタイル。
澁澤家の家紋に因み、柏の葉とドングリをあしらった図柄。

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現在は色褪せているが、当初は一部金色をしており華やかなものだったと思われる。

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正面を飾る4枚のステンドグラス。「喜」の文字の両側には昇り竜。

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残念ながら内部は撮影禁止なので外部写真のみ。

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玄関。床はモザイクタイルが貼られている。

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正面テラスの端に設けられた半円型の腰掛。

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テラスを囲う欄干には鋳鉄製の飾り格子が嵌め込まれ、ステンドグラスと同様「喜」の字。
排水溝の蓋も東洋風を思わせる格子になっている。

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渋沢史料館、晩香廬と同時に公開されている。

渋沢史料館ホームページ
http://www.shibusawa.or.jp/museum/bankoro.html

第401回・旧亀井家住宅

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函館・大三坂に面して建つ、大正10年(1921)頃に竣工した洋館。
ピンク色の外壁がお洒落な、いかにも大正期らしい洋館である。

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文芸評論家・亀井勝一郎(1907~1966)の実家でもある。
現在残る洋館は、大正10年の函館大火でもとの家が焼失したため、その後間もなく再建したものである。

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その後亀井家の手を離れたが、今も現役の住宅である。

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隣接するカトリック元町教会や真向いの東本願寺函館別院など、旧亀井邸の周囲には歴史的建造物が集中する。

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建物の様式は、ドイツのユーゲントシュティールを取り入れたもので、大正時代の建築に多く見られる。

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設計は兄弟揃って建築家であった、関根要太郎と山中節治の共同作品とのことである。

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波打った正面の切妻や半円形のベイウインドウ、外壁の明るい配色など、それまではなかった新しい建築デザイン。
19世紀末のドイツに現れたデザインが2~30年経て日本の函館にやってきた訳である。

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側面の切妻はハーフチンバー風。

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玄関まわり。

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本文でも参考とさせて頂いたが、下記サイトにこの建物の来歴が詳しく紹介されている。
函館市公式観光情報サイト
http://www.hakobura.jp/db/db-view/2011/10/post-208.html

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門柱や石塀も当初のままである。

第400回・旧高梨兵左衛門邸(上花輪歴史館)

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千葉県野田市にある、キッコーマンの創業家のひとつである高梨家の旧本邸。
現在は高梨家が創立した財団により、「上花輪歴史館」として保存・公開されている。庭園は国指定名勝。

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醤油醸造が古くから盛んな野田市には、醤油関係の近代遺産が多く残る。醤油醸造家の屋敷も残り、旧高梨家は以前取り上げた旧茂木佐平治邸と共に一般に公開されており、見学が可能である。

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屋敷の向かいにある煉瓦造の醸造蔵。近年まで醤油醸造を行っており内部も公開されていたが、現在は醸造を止め、公開もしていない。

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門長屋。文政年間(19世紀初頭)からあったもの。高梨家は武家ではないので武家にしか建てられない長屋門ではなく、門長屋と称している。

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門長屋をくぐると植え込みの奥に数寄屋造の居宅が見える。昭和に入って間もなく、当時の当主であった28代高梨兵左衛門によって屋敷の大改修が行われ、居宅は旧来の家屋を取り壊して、昭和6年(1931)に現在の建物が竣工した。
設計は旧細川侯爵邸、旧明治大学等の設計で知られる大森茂。施工は大林組。

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旧高梨家の建物は近年大規模な修復工事が行われ、内部見学も事前予約制でできるが、内部の写真撮影は禁止。
写真は修復工事前のもので、内玄関内部。

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本玄関。特別な来客のときだけ開かれる玄関で、通常は当主でも使わない場所だったという。

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本玄関の向かって左手には、応接間と書斎で構成される洋室棟がある。外観は数寄屋風で統一されているが、室内はシャンデリアと暖炉を備えた純洋風の空間がある。

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暖炉脇小窓のステンドグラス。

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外観からは想像できない純洋風の応接間。修復工事前の写真。
以前は内部に入れない代わり、窓から内部を覗くような形で公開していた。

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庭園越しに見る当主居室。上記の洋室棟とは対極の位置に配置されている。

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洋室棟の脇にある庭門。

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洋室棟の窓はこのような上げ下げ窓になっている。

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28代兵左衛門は、居宅の改築と同時に庭園も大改造を行った。京都から鞍馬石を多数購入、庭石を従前の根府川石から入れ替えている。

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居宅の裏にある書院。門長屋と同様文政年間からある建物。明治期に硝子戸を入れ、昭和6年の改修では洗面所・便所を建て替え、屋根の軒を深くした以外は江戸時代以来の形を残している。

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旧高梨邸の特色は、居宅は最新設備を備えた京風の数寄屋建築にしているが、一方で門長屋や書院など江戸期以来の建物の一部を保存しながら、全体の調和を図るべくそれぞれ巧みな改修を加えていることが挙げられる。28代兵左衛門は建築や造園にも造詣が深く、材木や庭石の選定は人任せにはしなかったようである。工事も居宅以外は高梨家の直営で行っている。

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土蔵。これも改築時に既存の建物を残した。

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裏庭にある茶室「眺春庵」。
江戸期以来の建物だが屋根は元々茅葺きだったのを昭和6年の改修で瓦葺きに改めている。

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眺春庵。すぐ前には掘割があり、船着き場もある。

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神楽殿。明治期の建築。

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屋敷神。

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高梨家は建物や庭園だけではなく、古文書や生活道具などが、あらゆる年代に亘って驚くべきほどよく保存されている。建物内部に置かれた調度や展示物など、見どころあふれる家である。

上花輪歴史館ホームページ
http://homepage2.nifty.com/kamihanawa/
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