第442回・川口アパート

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先日取り上げた、大阪・旧川口居留地跡の川口基督教会の向かいにある建物。不詳な点が多いが、昭和3年(1928)頃に建ったもののようである。

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右手に写るのが川口基督教会。

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そもそも最初からアパートとして建てられたのか、事務所として建てられたのか、経歴は分からない点が多い。

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ネットや書籍の情報では、新大阪新聞社の社屋として建てられたとの説もある。

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しかし新大阪新聞社というのは如何なる新聞社だったのかは、分からなかった。

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縦長の楕円形装飾等、大正期に流行したドイツ風装飾がみられる。

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均等に玄関が設けられているところを見ると長屋形式の貸事務所か、当初からアパートとして建てられたものかとも思える。

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この建物は二棟から構成されており、写真奥の棟は現在事務所として使われているようであるが、非常に保存状態がよい。手前の棟は名前の通り住宅として使われているようだ。一部は改築されるなど、こちらは改造が激しい。

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裏を流れる木津川から望む。
対岸は江之子島の旧大阪府庁址で、先日取り上げた木村家住宅は川を隔てて背中合わせになっている。

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謎が多いが、魅力的な建物である。

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今後も健在であってほしい。
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第441回・船場ビルディング

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大阪市中央区淡路町にあるテナントビル。一見何の変哲もない古ビルだが、内部には非常に魅力的な中庭を持つ空間が広がっている建物である。国登録有形文化財。

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船場ビルディング外観。大正14年(1925)竣工。
この建物が建つ淡路町は、大阪の商業の中心地であり、綿業會舘愛珠幼稚園芝川ビル旧岸本家住宅等、これまで度々取り上げてきた近代建築物が残る船場地区の一部である。

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船場ビルディングのホームページに載っている創建時の写真を見ると、現在は地味な外観であるが、一階外壁が改修された他、上部外壁や屋上の装飾が失われたためであって、本来はもっと華やかな外観だったようである。

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内側から見た、当初はアーチ型だった正面入口。
奥の中庭へ荷馬車やトラックを入れられるよう、床には段差を設けずスロープになっている。

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外観からは予想もできない、奥に広がる中庭。

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道路に面した側は貸事務所に充てられ、奥の中庭に面した部屋の多くは住居として造られた、当時としては珍しいオフィスと住居兼用のビル。

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中庭は壁面のタイル、木製の扉や窓枠など、創建時の面影を色濃く残している。
床には木煉瓦が敷き詰められている。

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シンプルながら階段の親柱など、要所に装飾が施されている。

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二階からみた中庭。

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木製の手摺も昔からのもの。

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船場ビルディングを建設したのは、大阪に本拠を置く老舗化粧品メーカー・㈱桃谷順天館の創業者・桃谷政次郎である。現在も系列企業である桃井商事㈱が、建物の管理を行っている。

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なお、このユニークな建物を設計したのは村上徹一という人物であるが、詳細な経歴等は不明のようである。

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大正期の(とりわけユーゲントシュティールなどドイツ風意匠の)建築によく見られる、ワラビのような形状の装飾。

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ステンドグラスもある。

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最上階の廊下。

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ステンドグラスを拡大。

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十数年前に建物の特性を活かした改修を行って以来注目を集め、現在はテナントビルとして、非常に人気があるそうである。

第440回・旧新町演舞場(大阪屋本社)

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大阪市西区新町は、江戸時代には江戸の吉原、京の島原と並ぶ遊郭があった場所である。明治以降遊郭は近隣に新しく出来た松島に移転したが、新町はその後も御茶屋街として栄えていた。当時の名残を今も残すのが、この旧新町演舞場の建物である。

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新町界隈は昭和20年の空襲で焼き払われ、現在は戦前からの建物はほとんど残っていない。

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旧新町演舞場は大正11年(1922)の竣工で、設計は片岡建築事務所。
旧大阪市庁舎などの設計を行った建築家であると同時に、大阪商工会議所会頭まで務めた実業家でもあった片岡安の率いる建築事務所である。施工は竹中工務店。

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演舞場は芸妓の踊りを披露する場で、大阪にも京都の祇園のような場所がかつて存在した。

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赤い煉瓦調のタイルは後年の改装によるもので、かつては白い外壁であったようである。

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窓台に施されたモザイクタイルの装飾は、創建当初からのものと思われる。

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旧新町演舞場は第二次大戦中に、戦時下に全国の出版流通を独占するため設立された国策企業・日本出版配給の大阪支店の事務所兼倉庫となる。敗戦後、日本出版配給は占領軍により閉鎖させられるが、同社の一部を母体として設立された㈱大阪屋の本社屋となり現在に至る。

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その間、なにわ筋に面した東側側面に増築が施され、さらに西側の大ホール部分は建て替えられる。(写真手前の部分)現在旧状を残すのは南東の角に設けられた玄関部分及び北側のみである。

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北側外壁。こちらは白いモルタル塗り仕上げであるが、これが本来の外壁かもしれない。

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㈱大阪屋のホームページでは、沿革紹介のページにてには戦災後の写真が載っているが、増築前の東側外観を見ることができる。大きな半円形の窓が特徴的な建物であったことが分かる。

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ホール部分はもはや現存しないが、なにわ筋に面した部分についてもし増築部分を取り除けば、大正の名建築が往年そのままの威容が蘇るのではないかと勝手な夢想をしたりしてしまう。

第439回・木村家住宅

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現在大阪城のそばにある大阪府庁は、大正15年まで西区江之子島にあった。
当時の庁舎は今は残っていないが、その門前に大阪府の官舎として建てられた洋館が1棟だけ現在も残されている。
国登録有形文化財。

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西区江之子島は木津川を挟んで川口居留地に隣接している。明治7年(1874)、この地に2代目となる大阪府庁舎が建設され、大正15年(1926)に東区(現中央区)大手前の現庁舎に移転するまで52年間使用された。そして庁舎移転後は大阪府工業奨励館として使われる。

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戦前に既に明治初期の洋風建築を保存、再利用していた実例である。しかし昭和20年に戦災で焼失する。旧川口居留地と共に特徴的な街並を形成していただけに、惜しみても余りある。写真は現庁舎の玄関ホールに置かれた模型。
(この模型や跡地についても触れているので、現庁舎の記事も参照頂きたい)

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旧庁舎とは道路を隔てて斜め向かいに建つこの小さな木造官舎は焼け残った。

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大正初期の建築と考えられ、庁舎に正面を向け背後は木津川に面している。
現在はこの建物1棟のみだが、かつては川沿いに同様の造りの官舎が並んでいたようである。

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外観は洋館の造りであるが、内部は和室が中心で床の間付きの座敷もあるようである。
洋室は一間だけで、上げ下げ窓になった玄関脇の部屋がそれであろうと思われる。

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玄関。住宅というより、昔の医院のような雰囲気。

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一つを除いて、窓は全て和式の引き戸。

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規模や造りから、ある程度上級の役職にある官吏用の官舎であったと思われる。
戦前の知事の官舎は長野県ほか各県にいくつか残るが、中堅以上の官吏用で洋風の官舎というのは珍しいのではないだろうか。

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木津川側から見た背面。雨戸があるところから背面は完全な和風と思われる。

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旧大阪府庁址は現在、大規模な再開発が進むが、かつての官舎は今も住居としてひっそりと建っている。

(参考)
「旧大阪府庁舎略史」
文化遺産オンライン

第438回・釣瓶鮨屋 弥助

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奈良県は吉野の下市にある鮎料理の老舗。
昭和初期に建てられた趣のある座敷で、名物の鮎鮨をはじめとする鮎料理を堪能することができる。

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「弥助」は、現在の御当主で四十九代目、約800年を数える老舗中の老舗である。
歌舞伎狂言「義経千本桜」の三段目・すしやの段の舞台としても有名。

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建物は昭和12年に起こった大火でそれまでの建物が焼失してしまったため、火災後間もなく再建されたものであるという。

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紅殻仕上げは名古屋をはじめ東海地方では、別荘や料亭、旅館等でなぜかよく好まれるが、他の地域では珍しい。

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現在は専業の料理店であるが、かつては旅館も営んでいた。

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鮎鮨を作る際に用いる、釣瓶型の手桶と鮎をあしらった客室入口の欄間。

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続き間になった3階の客室。

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縁側からは、建物の背後の崖に造られた庭園を一望できる。

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この座敷で、鮎鮨などの料理を頂ける。

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客室の飾り窓。

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床の間。

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昔、鮨を漬けるため用いていた道具と釣瓶桶が、床脇に飾られている。
この道具と桶を用いて造られていた鮨は、鮒鮨のようななれずしで、現在は造られていないそうである。

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昭和初期の料亭・旅館建築にふさわしい、凝った意匠の床の間。この部屋は上記広間とは別の個室。

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窓の建具にもさりげなく意匠を凝らす。内側にゆるく円弧を描いている。

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裏の岩盤を利用して造られた庭。現在の建物と同時に造られたものとか。
客室から渡廊下が設けられており、散策もできる。

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庭から見下ろす、冒頭に掲げた母屋の屋根。

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食事用の客室は隣接する別棟。木造三階建て。

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表から見た別棟。街路に面していないせいか、こちらの外壁は紅殻仕上げではない。

第437回・旧三井銀行大阪支店

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前回紹介した旧三井銀行名古屋支店に続き、今回はその翌年に竣工した大阪支店。
大阪の金融街で今も多くの銀行店舗が並ぶ高麗橋筋と、大阪のメインストリートのひとつである堺筋が交差する場所に建つ。昭和11年(1936)竣工。現在は三井住友銀行大阪中央支店となっている。

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先代の建物は名古屋と同様、まだ築20年程度であったが現在の建物に建て替えられることになる。
なお、大正3年竣工の旧店舗の写真は、施工を行った清水建設のホームページで見ることができる。
http://www.shimz.co.jp/200th/sakuhin/200-sakuhin-n18811914.html

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名古屋と同じく設計は曽禰中條建築事務所、施工は竹中工務店。
曽禰達蔵・中條精一郎の二人が率いる曽禰中條建築事務所は、この建物が竣工した昭和11年に中條が死去、翌年には曽禰も死去したため同年解散した。この建物が最後の設計作品とされている。

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堺筋を隔てた真向いには、以前紹介した高麗橋野村ビルディングが建っている。
阪神大震災までは、高麗橋筋を隔てて大正6年竣工の三越大阪店もあったが、こちらは今はもはや跡形もない。

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名古屋と比較すると、大阪は一層分高い反面、幅は狭いので正面の列柱は4本である。(名古屋は6本)
名古屋の方が外観はスマートな印象があるが、重厚さでは大阪が勝る気がする。

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正面に円柱、側面は平たい付柱とするところは名古屋・大阪共に同じ。

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玄関。名古屋と同じようでいて微妙に異なる。前回記事の写真と比較して頂きたい。

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正面円柱の頂部にはイオニア式柱頭を据える点は同じだが、上層には二匹の蛇が絡む杖をあしらったメダリオンがある。

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内装は非常に華麗なものである。
空調設備等を手掛けた会社のホームページで竣工当時の内部写真が見られるが、現在もほぼ変わっていない。
http://www.sanki.co.jp/product/histry/enkaku/010.html

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旧三井銀行大阪支店は、旧名古屋支店、また同時期竣工の旧横浜正金銀行神戸支店等と並び、日本人建築家による西洋古典様式建築の集大成と言える建物である。

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そして高麗橋筋にかつては多く建っていた戦前の銀行建築の中で、旧三井銀行だけが今も健在である。

第436回・旧三井銀行名古屋支店

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名古屋の広小路通に威容を誇る。
昭和10年(1935)に三井銀行名古屋支店として竣工。現在も三井住友銀行名古屋支店として現役の銀行店舗である。

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三井銀行が現在地に支店を移したのは大正2年(1913)のことである。
当時、名古屋の主要建築の設計をほぼ一手に引き受けていた鈴木禎次の手による重厚な店舗は、名古屋でも指折りの近代建築であった。

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ただしこの鈴木設計の建物はなぜか短命であった。わずか20年程度の使用で取り壊され、跡地には曽禰中條建築事務所の設計による新店舗が建てられた。現在残る建物である。

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外観・内装ともに明治や大正期の近代建築に見られるような派手さはないが、堅実な古典様式の意匠でまとめられている。

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曽禰中條建築事務所は三井銀行では北海道の小樽支店と大阪支店を設計しており、共に現存する。

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三井銀行は、昭和4年に本店(三井本館)を竣工させた後に新築した店舗は、いずれも本店の外観に準じたものとなっており、名古屋支店もその一つと言える。

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正面玄関。

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イオニア式の柱頭。

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窓上部に施されたギリシャ雷文。

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名古屋に現存する古典様式の近代建築では、最も完成度が高いと言える。

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次回、同じ曽禰中條建築事務所設計で、名古屋の1年後に竣工した大阪支店を取り上げたい。
旧小樽支店及び三井本館は弊ブログで既に取り上げているのでこちらも御覧頂きたい)

第435回・川口基督教会

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大阪市西区川口にある日本聖公会の教会堂。
現在残る赤煉瓦の教会堂は大正9年(1920)竣工。国登録有形文化財。

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この建物が建つ一帯は旧川口居留地で、教会の設置は居留地時代の明治14年(1881)にさかのぼる。

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川口居留地は、大阪における西洋文化の窓口のひとつであったが、貿易港としては良い条件を備えていなかったため商業地として発展することは無かった。

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異国情緒漂う街並みも昭和戦前までは残されていたが、第二次大戦の空襲で全て焼き払われ、この教会堂だけが居留地時代の名残を残す唯一の建物である。

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現在の川口界隈は倉庫とマンションだけが目立つが、その中で異彩を放つ。

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設計は米国人の宣教師建築家ウィリアム・ウィルソン。
定礎石にも名前が刻まれている。

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ゴシック様式の美しい教会堂である。

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大阪市内に残る煉瓦造建築の中でも指折りの存在である。

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平成7年の阪神大震災では大きな被害を受け、建物は一時存続の危機に立たされたこともある。

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尖塔は上半分が崩落、会堂も亀裂が走り倒壊のおそれがある状態であったという。

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尖塔の上半分は新しい煉瓦で忠実にもとの形に戻された。
煉瓦の色や質感が、よく見ると下半分と異なるのが分かる。

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教会関係者と信徒、学識者の並々ならぬ熱意が実を結び、美しい姿を残すことが出来た幸運な建物である。

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背面の壁面を始め外壁の随所に黒く焼けた跡が見られる。
空襲の痕跡だろうか。

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戦災と震災を乗り越え、これからも建ち続ける。

第434回・旧黒滝村役場(黒滝村歴史民俗資料館)

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奈良の吉野の山深い地に建つ明治の洋館。
明治43年(1910)に吉野材木黒滝郷組合事務所として建てられた。竣工3年後の大正2年から昭和53年までは黒滝村役場として使われていた。奈良県指定文化財。

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現在は黒滝村内にある「黒滝・森物語村」内に移築、黒滝村歴史民俗資料館として使用されている。

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洋風の本館と日本家屋の付属棟から構成される。
移築前の敷地の形状から、本館部分が不規則な平面となっているのが特徴である。

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簡素だが、細部まで丁寧に造られた洋館である。

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総工費は明治43年当時の金で8,000円かかったという。

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洋館と日本家屋で構成される建物の場合、洋館だけ保存されて日本家屋は除却される例が多いが、ここでは付属棟の日本家屋までキチンと保存されているのがすばらしい。

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付属棟の内部は座敷2室と縁側で、うち1室は床の間も備えているという。

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裏側及び通用口。

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窓はすべて洋風の上げ下げ窓。

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三角破風を備えた玄関。

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休館日なのか入れなかったので、窓から撮影した内部の写真。
一階は村役場となった際に、現在のような一室の大広間に改造されたという。

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一階の天井。装飾を打ち出した金属板を組み合わせ、ペンキを塗ったもの。
洋館の天井仕上げのひとつとして、このような天井は旧西郷従道邸など、他の洋館でも時折見られる。

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当時はさぞ辺鄙な地であったと思われる吉野の山村で、この洋館が建ったときの人々の驚きは如何ばかりであったかと思われる。

第433回・小川香料大阪支店社屋

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大阪が発祥の地である大手香料メーカー・小川香料㈱の大阪支店ビル。
昭和5年(1930)竣工で前回の旧加藤商会ビルと同時期の建物だが、デザインは当時最先端のアールデコ。
国登録有形文化財。

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小川香料大阪支社は、大阪における古くからの商業地域である船場の一角、中央区平野町にある。
この界隈は今まで取り上げた綿業会館等、戦前の建築が今も点在する。

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設計は本間乙彦(1892~1937)。
いずれも以前取り上げた、小川香料と同じく船場界隈に建つ芝川ビル、神戸郊外の旧大西家住宅の設計者。

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壁面や軒周りにテラコッタを貼っている。

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建てられた当初は、この界隈の一般的な商家と同様住み込みの従業員が多くいたため、上階は畳敷きであったという。

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向かって正面左手が店舗入口、右手が二階にも続く玄関と思われる。

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八角形の玄関燈。

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玄関欄間のステンドグラス。青い乳濁硝子が色鮮やか。

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両脇の柱はテラコッタ貼り、ステンドグラスを嵌めた窓周りは柱と同色の人造石仕上げと思われる。

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当時は伝統的な造りの商家と土蔵が大半であったこの界隈において、モダンな意匠を纏った鉄筋コンクリートの商家としてさぞ目立ったものと思われる。
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