第475回・旧三菱商事大阪支店(大阪農林会館)

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前回に続き、旧財閥系商社のオフィスビルである。
現在は大阪農林会館となっているこのビルは、三菱商事大阪支店として昭和5年(1930)に竣工したものである。

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旧三菱商事大阪支店は大阪市中央区南船場に建っている。
以前取り上げた原田産業ビル(昭和3年)と共に、この界隈に残る数少ない戦前建築である。

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旧三菱商事は、明治28年創立の三菱合資会社から商事部門が大正7年に独立して設立されるが、敗戦後の財閥解体で旧三井物産と同様解散させられる。現在の三菱商事は昭和29年に再興されたものである。

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旧三菱商事大阪支店以外で現存する旧三菱商事系の事務所建築には、北九州の旧三菱合資会社若松支店、佐賀唐津の旧三菱合資唐津支店などがある。

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設計は三菱地所部(現三菱地所)による。銅製または銅メッキと思われる窓サッシが目を引くが、これは創建当初からのものではないかと思われる。

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大阪農林会館のホームページによれば、敗戦後、昭和24年に農林省の手に渡り、食糧事務所などに使用される。その後昭和47年に、現在の㈱大阪農林会館の所有運営となって現在に至っている。

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近年までは一階の旧営業室部分にスーパーマーケットが入居するなど雑然とした古ビルとなって往年の財閥系商社も形無しであったが、最近は建物の特性を活かした利用を目指しているようである。

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一階の飾り格子。戦前からのものかどうかは分からない。

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角に設けられた旧営業室玄関とは別に、側面にある玄関は上階及びエレベーターホールにつながっている。
床タイルや木製ドアなど、昭和初期の雰囲気が十分に残されている。

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内部廊下。腰壁のタイルや天井、ペンキ塗りの木製ドアなどは、昔から変わっていないと思われる。

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階段親柱の装飾。

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昨年には大阪市による歴史的建造物の補修事業助成対象にも選ばれたようである。
http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/111027/20111027020.html
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第474回・旧三井物産横浜支店(横浜三井物産ビル)

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日本最初の鉄筋コンクリート造の事務所ビルとされるのが、横浜にある横浜三井物産ビル。
明治44年(1911)に三井物産横浜支店として建てられた。

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設計は以前取り上げた横浜生糸検査所同倉庫・倉庫事務所の設計者である遠藤於莵と、酒井祐之助の共同設計。関東大震災で被災後昭和2年には遠藤の設計で写真右手の2号館が増築されている。左手が明治44年竣工の一号館。

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神奈川県庁舎の屋上から望む旧三井物産横浜支店。
左手に写る隣接の建物は旧横浜商工奨励館

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装飾を殆ど持たない白タイル張りの外観は、明治44年当時極めて斬新だった。
同時期の商館建築として、同じ明治44年竣工の神戸の旧兼松商店(日濠館)などと比較すればその違いは一目瞭然である。

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2号館増築までは、こちらが正面玄関であった。

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1号館に隣接して、一足早い明治43年に竣工した倉庫。こちらは煉瓦造で部分的に鉄筋コンクリートが用いられている。外装は同じく白タイル仕上げ。

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関東大震災の復興事業に合わせて昭和2年に2号館が増築され、日本大通りに面した側が正面となる。
新しい正面玄関は1号館と2号館の間に設けられている。

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敗戦後は占領政策により三井物産は解体、三井物産支店としての役割を終え、その後三井物産が再興された後もこのビルに支店が移ることはなかった。現在は三井物産グループの不動産会社である物産不動産㈱の所有・管理となり、テナントビルとなっている。

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1号館と2号館の外観は、見比べると微妙に異なるのが分かる。
2号館は窓の割り付けが1号館とは異なる。

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1号館は2号館に比べると凹凸が少なく壁がより平坦である。

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旧三井物産の支店ビルは横浜の他にも各地に現存している。小樽神戸(ただし神戸は外壁を残して改築)は以前取り上げたので、こちらも御覧頂きたい。

第473回・日光真光教会

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日光東照宮の西参道に近い位置に建つ日光真光教会は、大正3年(1914)に竣工した。
設計は宣教師でもあったJ・M・ガーディナーによる。

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国道沿いから見る全景。

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J・M・ガーディナー(1857~1925)は日光真光教会のほか、京都の聖ヨハネ教会堂(現在は明治村に移築)、旧村井吉兵衛別邸(長楽館)、東京渋谷の旧内田定槌邸(現在は横浜に移築)など、多くの建物を残している。

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石造り平屋建。外壁の石材は、地元の大谷川で切り出された安山岩。

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同じく東照宮に近い位置に建つ旧ホーン家別荘(現・明治の館)と並ぶ、石造の洋風建築である。

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近代に建てられた教会建築の中でも、石造りのものは他にも存在するが、その中でも特に重厚さが際立つ。

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定礎石には西暦と和暦で年号が刻まれている。

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竣工以来現在まで現役の礼拝堂であるが、第二次大戦末期には海軍に接収され、倉庫として使われた時期もあったという。

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昭和57年には栃木県有形文化財に指定されている。
http://www.tochigi-edu.ed.jp/center/bunkazai/2318043.htm

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外観はとにかく重厚な印象だが、内部は異なるようである。

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内部も壁面を石で仕上げているが、石材は外壁と異なる鹿沼石を貼り、天井なども含め外壁とは対照的な平坦な仕上げである。

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先述の旧ホーン家住宅やJR日光駅舎、金谷ホテルなどと共に、日光の洋風建築として観光名所にもなっている。

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ガーディナーは大正14年に東京で没するまで半世紀近くを日本で過ごし、とりわけ日光の地をこよなく愛したと言われる。今はこの教会堂の祭壇の下に彼の遺骨が収められている。

第472回・丸石ビルディング

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東京・神田の丸石ビルディングは、昭和6年(1931)竣工のロマネスク様式の外観を持つ事務所ビル。
今も現役の事務所ビルとして大切に使われている。国登録有形文化財。

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丸石ビルディングが建っている神田鍛治町は、JR神田駅からすぐ近い場所である。
三越本店や三井本館のある日本橋界隈からも近い。

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建物を現在も所有・管理する㈱大洋商会によって昭和4年に着工、2年後に竣工する。

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設計は、日本初の超高層ビルである霞が関ビルディングの設計者として知られる山下寿郎(1888~1983)。
戦前に手掛けた建物では、丸石ビルディングの他、広島・江田島の旧海軍兵学校教育参考館が知られている。

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同時期に建てられたロマネスク様式の事務所ビルとしては、東京では内幸町の大阪ビル東京分館一号館(昭和2年、渡辺節設計)が名高いが、こちらは昭和末期に解体され現存しない。

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丸石ビルディングは、全国的に見ても現存する数少ないロマネスク様式の事務所建築である。

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最上階である6階の窓及び軒まわりの装飾。

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現在は写真の北側部分を除き、三方を建物に囲まれているが反対側、即ち南側は運河が流れており、水面に美しい外観を映していたものと思われる。

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中央通に面した西側が本来正面玄関だったが、後から建てられた写真右側の新館によって隠されている。

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ただし旧館と新館は別々に建てられているため、旧館正面は今も損なわれることなく元の姿を残している。

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ロマネスク様式の特徴である連続する半円アーチと、不思議(不気味)な動物や人面の装飾が濃密に施されている。

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一階に連なる全てのアーチの縁取りには動物のレリーフがある。

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右から、牛、魚、鳥らしきもの。

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上から、羊、獅子、これまた鳥らしきもの。

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玄関アーチの根元にはフクロウと目つきの悪いリス。

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その他のアーチの根元には不気味な人面像。

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玄関脇を固める一対の獅子。もとは運河に面した南側にあったという。
獅子の下には羊のような動物が跪いている。

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80年以上にわたって神田の街を見続けてきたこれらの石像は、これからも時代の移り変わりを見続けて行く。

第471回・JR日光駅舎

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JR日光駅舎は大正元年(1912)に建てられ、現役の駅舎としては大阪の浜寺公園駅舎などと並ぶ古いものと思われる。

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日光駅の開業は明治23年。

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大正に改元されて間もない8月に現在の駅舎が竣工。

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大正天皇は日光を好まれ、しばしば田母沢の御用邸に滞在された。駅舎には現在も大正天皇が利用された貴賓室がある。

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明治以降、国際リゾート地として繁栄した日光の玄関口にふさわしい駅舎である。

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古写真。

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車寄せが改築され、屋根が瓦葺きになった以外は創建時と変わらないようである。

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手前の煉瓦積煙突は貴賓室の暖炉用。

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正面向かって左手にある駅長室。

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右手にある鉄骨の庇。

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玄関。ポーチの天井には東照宮に因むと思われる龍の絵。

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内部。

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二階はかつての一等待合室。

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天井まわり及び照明台座の装飾は金属板を型押ししたものである。

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シャンデリア。

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設計者は不詳だが、在日米国人建築家のJ・M・ガーディナーの設計説もあるようだ。

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今年で竣工100年を迎える。

第470回・旧トーマス邸(風見鶏の館)

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「風見鶏の館」の名で知られ、神戸を代表する建築物のひとつと言えるのがこの旧トーマス邸。
国指定重要文化財で神戸市が所有管理、公開している。

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異人館街として知られる北野町の高台の東端に、旧トーマス邸は建っている。
ドイツ人貿易商のゴットフリード・トーマス氏の住居として建てられた。

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設計は在日ドイツ人建築家のゲオルク・デ・ラランデ(1872~1914)。
朝鮮・京城の旧朝鮮総督府の設計者としても知られる他、同じ神戸では海岸通の旧オリエンタル・ホテルでも知られる。

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この建物の竣工年は、文化庁や神戸市による公式見解では、市の課税台帳に残る届け出年等から明治42年(1909)とされているが、明治37~8(1904~5)年には既に竣工していたという説がある。

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この説を挙げたのが、平成21年に刊行された「風見鶏 謎解きの旅」(神戸新聞総合出版センター刊)の著者である広瀬毅彦氏である。

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どちらの説が正しいかはそれぞれの判断かと思うが、筆者はトーマス家の子孫への聞き取りに加え、当時の時代背景や日独の文化的背景など幅広い面から検証された広瀬氏の説は、公式見解よりもずっと説得力があると思う。

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広瀬氏は、旧トーマス邸の外壁のうち、現在茶色に塗られている木部についても疑義を示している。
ラランデの原設計図では緑色に塗られており、故国ドイツでも煉瓦壁と緑色に塗った木部の組み合わせの建物は珍しくないのだそうである。

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昭和末期に行われた、神戸市による修復工事の際の調査でも、塗り重ねたペンキの塗膜のうち緑色があったことが判明している。しかしその下にあった茶色を創建当初の色と神戸市は判断したため、現在の色彩になったようである。

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氏の説が絶対的に正しいとは言わないが、今後いつかは必要になるペンキの塗り直しに際しては、改めて検証を要するのではないかと思う。

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旧トーマス邸はドイツ版アールヌーボー、即ちユーゲントシュティールの造形が随所に見られる。
玄関ポーチの柱頭には草花があしらわれている。

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玄関ドアの飾り格子。

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一階応接間。

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応接間の天井。

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ここにも玄関ポーチの柱頭と同じような草花の装飾がある。

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居間の暖炉。

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暖炉脇の一角は天井と床の高さを変えて、同じ部屋ながら独立した別室のような雰囲気を出している。

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建物の裏手にあたる北東、一階玄関脇にひっそりと造られたトーマス氏の書斎。
中国趣味の家具はこの部屋でトーマス氏が実際に使っていたもの。

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手摺には絵が描かれている。

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食堂にある造りつけの配膳棚。地階の厨房につながっており、ここから使用人が料理を運び上げてテーブルに置いていた。

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食堂の暖炉。両脇の小窓には植物文様のステンドグラス。

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二階の暖炉。

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暖炉脇小窓のステンドグラス。

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食堂の窓。

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階段室の窓。

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本文で紹介した広瀬氏の著作だが、興味のある方には是非一読をお奨めしたい。
http://ec.kobe-np.co.jp/syuppan/html/products/detail.php?product_id=1513
なお、氏は現在再建工事が進む設計者のデ・ラランデ旧邸についても、興味深い説を提示されている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121009-00000553-san-soci

第469回・犬吠埼灯台

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千葉県銚子市の犬吠埼灯台は、明治7年(1874)に竣工した。

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最大のレンズが使用されている第1等灯台で、日本には6つしかない。日本を代表する灯台のひとつ。

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140年近い歴史を感じさせる「犬吠埼燈臺」の表札。

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設計は以前紹介した友ヶ島灯台と同じ英国人ブラントン。構造は煉瓦造で、日本人技師中澤孝政の努力で作られた国産煉瓦が用いられている。

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灯台と同時に造られたと思われる日時計。

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明治7年11月15日初点燈。

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九十九里浜に因むとも言われる、九十九段ある灯台内の石段。

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ブラントンは日本製煉瓦の品質に不安があったのか、二重構造を採用しとりわけ堅牢に造られている。

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太平洋を望む。灯台は解放されており登ることができる。

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大東亜戦争末期には全国各地の灯台と同様、米軍機の機銃攻撃を受け技手1名が殉職している。

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明治40年(1907)に建てられ、平成20年(2008)に役目を終えるまで約1世紀の間使用されていた霧笛室。

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友ヶ島灯台と同様、海上保安庁の「保存灯台」、経済産業省の近代化産業遺産に認定されている。

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平成22年には国登録有形文化財にも認定されている。

第468回・華厳滝エレベーター乗降場

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栃木県日光にある華厳の滝のエレベーター乗り場は、昭和4年(1929)竣工の近代和風建築である。
現在も竣工当初と殆ど変わらない姿を残している。

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設計は、大正年間に行われた日光東照宮の大修理工事では主任技師を務めた小林福太郎。

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1階を鉄筋コンクリート、2階及び外観全体を木造としている。

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背面。

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屋根は現在銅版葺きになっているが、当初からの仕様かどうかはわからない。

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正面屋根の切妻の形は左右非対称。

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華厳の滝を見上げるためのエレベーター乗り場だが、周囲の風致に配慮してこのような外観になったものと思われる。

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切符売場。

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エントランス。

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改札口。内壁は長斧仕上げの木材やコンクリートの擬木で飾られている。

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エレベーターを降りると、コンクリートで固められた通路と階段を通って展望台に出られるようになっている。

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展望台から望む華厳の滝。

(参考文献)「図面でみる都市建築の昭和」鈴木博之・初田透編 平成10年柏書房刊 (本書にこの建物の図面が載っている)

第467回・蜷川家具店

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前回の佐原三菱館の向かいにあるのがこの蜷川家具店。
昭和初期に建てられた、正面のみ洋風の外観を有する看板建築。

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佐原三菱館とは斜め向かいの位置に建つ。

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一見石造風の外壁を持つ洋風建築である。

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外壁は戦前の建物に多く見られる擬石仕上げ。

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彫刻風の装飾も、すべて左官が石の粉末とモルタルをこねて造ったものと思われる。

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側面を見れば、洋風の外観は正面だけというのが分かる。

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震災の被害も左程無かったように見える。

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看板は木製で一文字ずつ彫り出して造られている。昔のままの右書き。

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細部までよく造られている。

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建具が全て木製サッシというのもすばらしい。

第466回・旧川崎銀行佐原支店(佐原三菱館)

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千葉県香取市の佐原にある煉瓦造の銀行建築。大正3年(1914)に川崎銀行佐原支店として建てられた。その後合併により三菱銀行佐原支店として平成元年まで使用されていた。現在は香取市が所有、「佐原三菱館」の名で観光施設等に再利用している。

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佐原三菱館がある佐原の旧市街には、伊能忠敬の旧居を始め江戸から昭和初期に建てられた商家が並び、国の重要伝統的建造物群保存地区となっている。東日本大震災では多くの建物が被災したが、現在修復工事が進められている。

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佐原三菱館はその目立つ外観から、佐原のシンボル的存在となっている。
同じ蔵造りの重厚な商家が並ぶ中に建つ洋風建築の銀行としては、埼玉県川越の第八十五銀行本店と似たような存在の建物である。

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川崎銀行は東京日本橋に本拠を置いていた銀行で、現在も茨城県の水戸には明治末に建てられた旧水戸支店が現存する他、いくつかの店舗が残っている。

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平成元年に三菱銀行佐原支店の新店舗が竣工し、三菱銀行から佐原市(現香取市)に寄贈された。
現在は催事の会場等に使われたりしているようである。

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小規模な建築だが、塔屋には堂々たるドーム屋根を持つ。

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壁面の大半は赤煉瓦仕上げだが、よく見ると1・2階の窓の間には焦茶色のタイル、2階上部にはクリーム色のタイルが使われている。

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ドームは木で骨組みを作り、上から銅版を張っている。

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ドームの銅版は緑青を吹いている。

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佐原は川越と同様、小江戸と呼ばれる古い街並みが残り、各種の洋風建築が混在するところも同じである。

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千葉県下に残る数少ない明治の洋風建築であり、県指定有形文化財になっている。

第465回・旧松井伊助邸(六三園)

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今回取り上げる六三園は、大阪・北浜で活躍した相場師・松井伊助(1865~1931)が、大正中期から昭和初期にかけて自らの出身地・和歌山に建てた別邸。現在は前回の五風荘と同様、がんこフードサービスによって日本料理店として使われている。

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六三園がある堀止界隈は和歌山城に近い場所にある。和歌山市内でも戦災を免れた数少ない地域である。

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門の前には濠を巡らせ、屋敷を囲う弁柄壁の土塀は周囲の緑に映えている。

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長屋門。大正14年(1925)の竣工。向かって右手は門番の部屋か人力車夫の控え所と思われる。

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長屋門を敷地内から見る。

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門を入ると左手には庭園の緑が広がる。その一角に建つ小さな建物は茶室のようにも見えるが、厠、即ち便所である。

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中央に円形の石を配した石畳の先に主屋が見える。

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主屋の手前、庭園の入口脇に建つ茶室。屋根の瓦葺の部分は、元々茅葺であった。
左手のライオン像は、松井伊助の活躍の場であった大阪・北浜に架かる難波橋(現存、大正4年)に配された4基のライオン像を模したものと言われる。

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煉瓦造の給水塔。

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庭園から見た主屋の座敷棟。
主屋は玄関棟・座敷棟・二階棟の3棟で構成されている建物である。

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主屋は大正9年(1920)の上棟であることが棟札より判明している。

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三日月型の照明らしきものが突き当りの壁に見える。

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六三園も五風荘と同様、邸宅と庭を鑑賞しながらリーズナブルな価格で食事を楽しめるようになっている。

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二階棟。二階の屋根には東大寺大仏殿にあるような鴟尾が載る。
奥には土蔵が見える。

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六三園は敗戦後米軍に接収された後、長年にわたり高級料亭として使われていた。その後平成17年よりがんこフードサービスによる現在の営業形態となっている。

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広大な庭園の隅には、洋風の浴室棟が現存する。離れになった浴室棟は珍しい。
横には浴室棟に合わせた洋風の裏門がある。

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浴室棟は大正末から昭和初期の建造で、煉瓦造モルタル塗仕上げ。

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浴室棟の屋上はテラスになっている。松井家の別邸であった頃は、白浜温泉から汲んだ温泉を張って入浴を楽しみ、浴後はテラスで庭を眺めながら涼む、という使い方をしていたという。

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平成24年に主屋、茶室、便所、土塀、長屋門、土蔵2棟、浴室棟、給水塔、裏門が国登録有形文化財となった。
戦災で歴史的建築が数少ない和歌山市に残る、貴重な近代和風建築として五風荘と同様、将来は指定文化財に格上げしてもらいたいものである。

第464回・旧寺田利吉邸(五風荘)

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南大阪に現存する近代和風建築の中でも屈指の存在と言えるのが、この旧寺田利吉邸。
以前取り上げた旧自泉館と共に、泉州岸和田の地方財閥・寺田財閥の栄華を伝えている。岸和田市指定有形文化財。

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旧寺田利吉邸は岸和田城の南東にある。旧岸和田藩主・岡部家の新御茶屋と薬草園の跡地に、二代目寺田利吉が約10年の歳月を費やし、昭和14年(1939)に一応の完工をみたと言われる。二代目寺田利吉は昭和15年から17年に岸和田市長も務めた人物である。

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当初は岸和田にゆかりの深い楠正成に因み「南木荘」と称されていたが、二代利吉没後は諡号の「五風院」から現在の「五風荘」に改められた。

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昭和末期にマンション建設計画が持ち上がるが、岸和田市によって保存・公開されるようになった。その間、所有は岸和田市土地開発公社を経て岸和田市に移り現在に至る。ただしこの頃庭園の一部はつぶされ、駐車場となってしまった。

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平成21年までは庭園は無料公開、建物は催事等に貸し出していたが、得られる賃料に対し維持管理費が嵩むことから現在は指定管理者制度により、民間企業が飲食店として利用しながら管理運営を行う形で保全が図られている。

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現在も庭園は自由に出入りできるほか、建物内部も飲食施設となったことで以前よりは気軽に入れるようになった。

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敷地内の建造物・工作物は平成10年に国の登録有形文化財となったが、平成20年に岸和田市の指定有形文化財となり登録は抹消された。(国あるいは地方自治体の指定文化財として「昇格」した登録有形文化財は登録を抹消される)

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現在は岸和田でも人気の場所となっているようである。

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五風荘を管理運営しているのは、関西を中心に和食レストランチェーン店舗を展開するがんこフードサービス㈱。

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指定文化財としての価値を損なわず、有効活用を目指しているようである。
この会社は他にも歴史ある邸宅を活用した店舗を関西各地に展開している、奇特な会社である。

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土蔵の内部も客室として利用しているそうである。

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茶人でもあった二代利吉は邸宅内に多くの茶席を造っている。邸宅完成当時は「山亭」「利庵」「時雨草堂」の3つの茶室があり、現在は写真の「山亭」と「利庵」が残る。
なお、「時雨草堂」は現在駐車場となっている場所にあったが、建物自体は現在別の場所に移築されているようである。

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「山亭」内部。池に面し、庭園を一望出来る。

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茶室の設計は、二代利吉が師事した武者小路千家の家元預りであった木津宗泉の手によるという。
木津宗泉は以前取り上げた和歌山の琴ノ浦温山荘の茶室も設計している。

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残月席と八窓席の二つの茶席を連ねた連棟の茶室「利庵」

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現在銅版葺になっている屋根は、形からかつては萱葺きか藁葺きであったものと思われる。

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鎮守社。
先述のとおり一部が駐車場に変えられた点を除けば、庭門や腰掛待合、自動車車庫など工作物や附属棟もよく残されている。

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岸和田城の周辺は、五風荘、旧自泉館のような近代建築に加え、現在も古い家並みがよく残されているすばらしい環境である。

第463回・旧横浜生糸検査所付属生糸絹物専用倉庫・倉庫事務所

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前回取り上げた旧横浜生糸検査所の裏には、同じ設計者によって同一意匠で建てられた付属倉庫と倉庫事務所が一部現存している。こちらは外観復元ではなく、当初からのオリジナルの建物が残されている。

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手前の建物が倉庫事務所で、奥が倉庫。旧生糸検査所と同じ遠藤於菟の設計で旧検査所と同じ大正15年(1926)に竣工。

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旧倉庫事務所全景。隣接して昭和3年竣工の帝蚕ビルがあったが現存しない。

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旧生糸検査所と旧倉庫事務所。

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旧倉庫事務所の玄関。

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付柱は煉瓦積、柱頭には現在何もないが、旧検査所と同様の装飾が施されていたものと思われる。

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復元建築の旧横浜生糸検査所の煉瓦タイルと比較して頂ければ、質感の違いが分かって頂けると思う。

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倉庫全景。
現在はこのC号倉庫1棟しか残っていないが、かつてはB号、D号倉庫もあった。

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側面の煉瓦積柱の表面には、Cの文字がペンキで描かれている。

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柱頭には旧生糸検査所と同じ装飾が施されているが、そのうちひとつだけ倉庫番号の「C」の文字。

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現在周辺は再開発が計画されているが、旧倉庫事務所とC号倉庫は保存されるようである。

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(参考)横浜市都市整備局ホームページ
http://www.city.yokohama.lg.jp/toshi/design/080111/080111nintei.html

第462回・旧横浜生糸検査所(横浜第二合同庁舎)

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横浜にある横浜第二合同庁舎は、前回の横浜地方裁判所と同様に低層部に歴史的建造物の外観を復元した建物である。

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外壁が復元されている旧建物は遠藤於莵(1866~1943)設計による旧横浜生糸検査所である。
神奈川県庁や地方裁判所と同じく関東大震災からの復興建築である。

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大正15年に第1期工事が竣工、昭和6年の第2期工事で左右対称の現在の形となった。
関東大震災からの復興建築の中では、横浜では最大規模の建築であったという。

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横浜地裁庁舎と同様、横浜市の歴史的建造物に認定後外観復元を前提に解体、平成5年に現在の形になった。

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外壁はかつては煉瓦積みだったが、復元に際しては煉瓦調タイルを貼っているので旧建物とは質感がかなり異なるようである。それを除けば旧建物の外観を忠実に再現しているようである。

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柱頭の装飾は解体時すでに失われていたため、復元されたものである。

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高層棟と低層棟の間には比較的距離があるため、新旧の違和感が目立たないのは好ましい印象を受ける。

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車寄せ。旧生糸検査所は「キーケン」の名で長年親しまれていた。

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正面上部の装飾。
蚕、蛾、桑など生糸にまつわるモチーフが用いられている。中央には菊の御紋。
戦前日本の主力輸出品であった生糸の品質検査を行う建物ならではの装飾である。

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柱頭装飾を拡大。

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このように歴史的建築物の保存と改築・高層化を折衷させる手法は横浜では横浜地裁、旧商工奨励館旧第一銀行など多く見られるが、この建物はその中でも初期の事例である。

第461回・横浜地方裁判所

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平成13年(2001)竣工の横浜地方・簡易裁判所庁舎の低層部には、昭和5年(1930)竣工の旧横浜地方裁判所庁舎の外観が復元されている。

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大正12年の関東大震災では、横浜地方裁判所は他の横浜の官公庁舎同様、全壊してしまった。
その後、神奈川県庁舎商工奨励館と並ぶ復興建築として新庁舎が竣工する。

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平成11年に横浜市歴史的建造物に認定後、外観復元を前提に解体され、現在の庁舎に改築される。
車寄せまわりには旧庁舎の部材が再利用されている。

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外壁は東側を除く3面が復元されている。
写真は北側の車寄せ。

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内部は玄関部分のみ旧庁舎の形を保存しているようである。
(参考)http://www.knabco.co.jp/jisseki/j3_57.html

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外壁は下から粗く仕上げた石積み、モルタル塗りの平坦な壁面、スクラッチタイル貼りと3層に分けて仕上げられている。

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旧庁舎には陪審法廷が設けられていたが、改築されたこの庁舎の中には残されていない。

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この庁舎の中には無いが、旧陪審法廷は場所を移して保存されている。
横浜市青葉区にある桐蔭横浜大学に移築保存・公開されている。
http://www.cc.toin.ac.jp/MA/main/tenji/jury/tenji.htm

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敗戦後は米軍に接収され米軍の軍事法廷が設置される。旧陪審法廷はいわゆるBC級戦犯を裁く場所となったことで知られている。

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玄関車寄せのアーチ両脇には、アンモナイトの化石を連想させる半円形の石の装飾がある。

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再建ではあるが向かいの旧商工奨励館、隣の神奈川県庁舎と共に昭和初期の復興建築の形を伝えている。

第460回・晩香廬

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晩香廬(ばんこうろ)は大正6(1917)に、清水組(現清水建設)が澁澤榮一の喜寿を祝って東京・王子にあった澁澤の自邸内に建てた小建築。大正建築の名品のひとつとして評価が高く、国指定重要文化財である。

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旧澁澤邸内には現在、晩香廬と以前取り上げた青淵文庫の二棟が渋沢史料館によって保存・公開されている。

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澁澤榮一は夥しい数の企業の創設と育成に携わっているが、清水組もそのひとつである。

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贈られた澁澤榮一は、この小建築を来客のもてなし用に愛用した。

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設計者は清水組技師長であった田辺淳吉。

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内部の写真撮影は禁じられているので残念ながら外観しか紹介出来ない。

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暖炉脇のステンドグラス小窓。色硝子ではなく薄く切った貝を用いている。

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暖炉の煙突。

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深く軒を張り出した玄関先。

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玄関は和風の格子戸。

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平面は土間(合の間)を挟んで、談話室一間と水屋付の控室・便所を配する。
洋風の接客用離れ座敷といった感じである。(渋沢史料館のホームページ等では「洋風茶室」と表現している)

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南側、庭園に張り出した出入り口。

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控室の出窓。

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暖炉脇小窓のアップ。
内部も細部に亘って技巧を凝らしており、建物全体が工芸品のように造られていると評されている。
また家具調度類も当初のものが多く残されている。

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照明器具のいろいろ。
(左)外から撮った便所証明(中)軒先の釣り行燈(右)談話室出入り口上部の照明

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以前取り上げた熱海の旧根津嘉一郎別邸(起雲閣)洋館の離れ は間取りや意匠等に共通する点があり、何らかの関係があるのではないかと思える。(施主の根津嘉一郎と澁澤榮一は親交があり、また設計者は異なるものの、両者は同じ清水組の施工である)

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洋風(英国風)をベースに、細部には和風・中国風を織り込んだ美術品のような建築。毎週土曜日に一般公開されているので、是非直接現地で鑑賞して頂きたい建物である。
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