第642回・旧博物館動物園駅

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博物館動物園駅は、東京の上野公園にはかつて存在した京成電鉄本線の駅。
地下駅だった同駅の出入口は二か所あり、今回紹介するのはそのうちのひとつで、東京国立博物館(旧東京帝室博物館)の敷地内に建てられたもの。

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2つの出入り口は駅名のとおり、博物館側と動物園側にそれぞれ設けられていた。

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昭和8年(1933)の開業と同時に建てられた。

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利用客の減少から博物館動物園駅は平成16年に廃駅となり、出入り口も閉鎖されて現在に至る。

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国会議事堂の塔屋を思わせるピラミッド状の屋根を持つ。現在は見ることのできない内部の天井はローマのパンテオンのようなドームになっているという。

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西欧古典様式の装飾を施した石の彫刻は、同時代の銀行建築などでよく見られるが駅舎では珍しい。

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ピラミッド状の屋根は雑草が生え傷みが目立つ。

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地下にあるホームや改札も、開業当初からの佇まいが廃駅となった現在もよく残されているという。

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入口両脇にあった照明は戦時中の金属供出で失われていたが、旧博物館動物園駅の保存活用を訴えるNPO法人「上野の杜芸術フォーラム」による募金活動で、現在1基が復元されている。

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文化施設が多く集まる上野公園にふさわしい、有効な活用ができるとよいのだが。
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第641回・北野家住宅

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前回紹介した大阪瓦斯ビルのすぐ近くに残る、昭和初期の三階建て町家。
軒周りや外壁を銅板やタイルで覆った重厚な外観が特徴。国登録有形文化財。

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背後に見えるのは大阪瓦斯ビルヂング。昭和3年(1928)に青果商の店舗兼住居として建てられた。
かつては店舗だった一階部分は改装されているが、二・三階は外観・内装共に創建時の作りをよく残しているという。
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一階前面は店舗、一階奥と二階は店主家族の居住空間で床の間付きの座敷を備える。三階は住み込みの従業員と物置などに使う板の間がある。このような階層毎の使い分けは、他の同規模の大阪市内の町屋では同じようなものであったようだ。

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昭和20年3月の大阪大空襲では周囲は焼け野原になった中、隣接の大阪瓦斯ビルと共に焼け残った。
木部をタイルや銅版で覆った外装仕上げや、建物の左右から前に張り出した「うだつ」など防火を重視した造りも幸いしたと思われる。

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二階の押入れには現在も、屋根を突き破った不発の焼夷弾による損傷の痕跡が残されているという。

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(参考)
「大阪府の近代和風建築 大阪府近代和風建築総合調查報告書」大阪府教育委員会 平成12年刊
(同書では当建物は「熊谷家住宅」として収録)
大阪府登録文化財所有者の会ホームページ

(おまけ)
大阪市内に現存する江戸時代末期~昭和初期の町屋(いずれも過去紹介したもの)

旧緒方洪庵家住宅(江戸時代末期)
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旧鴻池本宅(明治42年)
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文目堂(昭和5年)
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北野家住宅(昭和3年)
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このように並べると、建てられた時期によって規模や造りも結構異なるのがお分かり頂けると思う。
特に昭和期に入ると三階建が増え、外観も重厚で装飾的なものが多い。

第640回・大阪瓦斯ビルヂング(大阪ガスビルディング)

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大阪を代表する近代建築物のひとつ、ガスビルこと大阪瓦斯ビルヂングは、今年で創建から80年となる。
昭和8年(1933)竣工。国登録有形文化財。

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大阪の中心街・船場を南北に縦断する御堂筋に面したガスビル。写真右奥の部分は昭和41年に増築された新館(北館)。旧館(南館)は両館の継ぎ目にあった時計塔が増築によって取り外された点を除くと、外観は昭和8年当時と全く変わっていない。

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御堂筋の拡幅(昭和12年完成)、その御堂筋の下を走る大阪市営地下鉄(昭和8年開業)など、時の大阪市長・関一による近代都市計画が進行している最中に完成したガスビルは、近代都市にふさわしい外観と機能を備えた建物であった。

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東西を走る平野町通に面した外観。

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設計は、以前紹介した大阪倶楽部高麗橋野村ビルの設計者である安井武雄による。

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大阪瓦斯の本社事務所であると同時に、建物内には竣工当初からガス用品陳列場、講演場、美容室、理髪場、ガス料理講習室、食堂などが設けられ一般に開放されていた。食堂は現在も「ガスビル食堂」として営業を続けている。

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ショウウインドウを備えたアーケードも当時からのもの。

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大阪瓦斯は野村財閥の中核企業であったことから、ガスビル一階には大阪野村銀行の支店が入居しており、現在もりそな銀行御堂筋支店として存続している。

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正面玄関は御堂筋側ではなく平野町通に面した側に置かれている。
今でこそ御堂筋がメインストリートだが、当時は平野町通が船場の伝統的な街路のひとつであったからではないかと思う。

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古さを感じさせないモダンな外観であるが、一階まわりに敷き詰められた御影石のすり減り具合に80年の歴史が感じられる。硝子ブロックは地階の明り取り用で、これも創建時からのものと思われる。

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正面玄関の向かって左上にある張り出しはかつて講演場があった名残で、映写機の機械を収納するための空間であった。講演場では映画の上映会なども行われていた。

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半円形に張り出した二階通路は外観のアクセントになっている。

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西側背面。手前が昭和8年の旧館、奥が41年増築の新館。旧館1階には地下駐車場の入口がある。
都心部では自動車が増加しつつあった昭和8年当時でも、地下駐車場を備えた建物は極めて珍しかったと思われる。

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敗戦後は米軍に接収され、昭和27年に接収が解除されるまで将校宿舎として使用されていた。

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平成15年に大規模な現役オフィスビルとしては珍しく、国の登録有形文化財となっている。

第639回・はん亭

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東京都文京区根津にある、木造三階建ての商家の建物。
現在は串揚げを供する料理店として活用されており、国の登録有形文化財にもなっている。

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「はん亭」のある文京区根津の周辺は、前回まで紹介した東京大学本郷キャンパスや同じく以前紹介した旧岩崎久彌邸など近代の歴史的建造物が多く残されている。

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根津界隈も戦災を免れた場所が多いのか、古い家並みも比較的よく残されている。
写真ははん亭のすぐ近所にある洋館付き住宅。洋館の奥には土蔵もある。

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はん亭の建物は明治時代後半に建てられ、大正時代に増築された商家の建物である。

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明治42年に下駄の爪皮を扱う商家の建物として二階建の部分が建てられ、その後大正6年に3階建の部分が増築されたという。

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平成10年には国登録有形文化財となっている。

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二階建ての部分は、近年になり道路拡幅の為前面が削り取られてしまったが、三階建て部分は創建当初の姿をよく残している。

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昭和50年代に現在の所有者によって串揚げ料理店「はん亭」となり、現在に至っている。

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二階建部分二階の客席。
外からは見えないが内部には土蔵もあり、貸切専用の個室として使われている。

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(参考文献)
「歴史ある建物の活かし方 全国各地119の活用事例ガイド」平成11年 学芸出版社刊 

第638回・東京大学医学部2号館本館

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前回に引き続き、東京大学本郷キャンパスの建物。
正門をくぐった先に見えるのは安田講堂(大講堂)であるが、東大の門として有名なもうひとつの門・赤門をくぐった先に見えるのがこの医学部2号館本館。

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縦の線を強調したような安田講堂に対し、横に長い外観が特徴。
工学部2号館ほか本郷キャンパスの建物と同じく内田祥三の設計で、昭和12年(1937)に竣工。

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但し当初計画どおりに完成しているのは正面だけで、背面は未完のままになっている。

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正面の両端は八角形に張り出した四階建とし、建物全体の外観を引き締めている。

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現在は医学部2号館となっているが、もとは医学部本館として建てられた。
なおこの建物の先代に当たる建物は、東大医学部の前身・東京医学校本館として明治9年に建てられた木造二階建の擬洋風建築であるが、現在も東京大学総合研究博物館小石川分館として現存する。

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連続する半円アーチが特徴の、東大本郷キャンパスの中でもとりわけ美しい建物のひとつ。

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未完とされる背面側。本来ならば中庭のような空間になる筈だったのだろうか。

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東大本郷キャンパス構内の建物を見る上で「東京大学本郷キャンパス案内」(東京大学出版会刊、平成17年)という書籍が大変参考になるが、筆者はこの本を読んで医学部2号館を訪れたら是非見ておきたいものがあった。
背面の出入り口のひとつにひっそりと置かれた、ある記念碑である。

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大正4年から昭和13年まで、病理学教室で使用されていた解剖台に、病理学教室の創設以降三代の教授、三浦守治(1857~1916)・山極勝三郎(1863~1930)・長與又郎(1878~1941)の三名を讃える碑文を刻んで昭和16年に設置されたものである。

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放射状に刻まれた溝は、血液を下に流すためのもの。
以下に碑文を写す。(漢字や表記は可能な限り原文のままとする)

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「この解剖台はわが病理學教室を創設し東京帝國大學の病理學の教授の椅子に初めて就かれつる三浦先生その後を継ぎて癌に関する世界的業績を挙げられつる山極先生教室を拡大し完備しわが國病理學の光輝を内外に發揚せられつる長與先生の三先生が多年傍に立ちて親しく後進の研究を指導振励せられし所のものなり」

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「且つ三浦山極両先生ハ身を斯學の為に捧ぐべくその最期をこの台上に横たへられき」

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「かくも尊き台なるをもて三先生の偉大なる功績を傳へまく不朽の記念として茲ニ之を保存す」

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「わが教室に入らむ者ハ朝に夕に恩徳を仰慕すべきなり   昭和十六年十二月 病理學教室」

第637回・東京大学工学部2号館

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東京大学の本郷キャンパス内には、以前紹介した安田講堂など多数の歴史的建造物が残るが、工学部2号館もそのひとつで大正13年(1924)の竣工。

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安田講堂の正面向かって左手に位置する。
関東大震災以前に工事に着手、震災時にはほぼ完成しており、本郷キャンパスは震災による大火で壊滅的な被害を受けたことから震災後の一時期は、この建物に大学本部が置かれていたことがあるという。

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近年の改築で建物の後半部を建て替えたことにより、上部に新しい建物が載るような形になっている。
改築工事に際し、保存された旧館部分は玄関の照明器具や正面外構の鉄柵などが創建当初の形に戻された。

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設計は震災後の復興計画を担い、現在の本郷キャンパスの原型を作った内田祥三。
東大構内で最初に設計を手掛けた建物とされる。

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建設当時は周囲には明治以来の赤煉瓦の校舎群があったことから、調和を考えて外壁には赤茶色のタイルを貼る。

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安田講堂のポーチと同じく、ゴシック調の重厚なデザインが施された玄関。

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震災後の復興に際しては、外壁に貼られるタイルの色調は茶褐色で統一され、工学部2号館や安田講堂で使われた赤褐色のタイルは使われなくなる。震災まで存在した赤煉瓦の建物がほぼ消滅したためかも知れない。

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大正末期から昭和初期にかけて東大本郷キャンパスは内田祥三の設計によるゴシック風の建築で統一され、現在の東大本郷キャンパスの原型ができあがる。

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近年復元された門燈。

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東大本郷キャンパス内の近代建築は他にも多数存在するが、これから少しずつ取り上げて行きたい。

第636回・旧辰馬喜十郎邸

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兵庫県西宮市にある旧辰馬喜十郎邸は、日本酒「白鹿」の製造元として知られる辰馬本家の分家である南辰馬家の初代当主、辰馬喜十郎によって明治21年(1888)に、神戸の英国領事館を模して建てられたと伝えられている洋館。兵庫県指定有形文化財。

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旧辰馬喜十郎邸の向かいには、かつて辰馬本家の煉瓦造の酒蔵があったが、写真に写っている焦茶色の煉瓦蔵一棟を除き平成7年の阪神大震災で失われてしまった。

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正面全景。日本人の居住用に建てられた洋風建築で現存するものとしては西郷従道邸(明治10年代)、岩崎久彌邸(明治29年)などと並び、全国的に見ても極めて古いものと思われる。

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街路に面した側だけを煉瓦造とした付属棟。

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付属棟は倉庫と思われる。

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洋館前の鉄柵と御影石の門柱。
門の向かいには震災で唯一つ残った先述の小さな煉瓦蔵がある。

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神戸の旧居留地の初期の商館山手の異人館と同様、ベランダを巡らせたコロニアルスタイルの洋館。

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洋館の玄関。

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一階のベランダ付近は御影石の円柱や石畳のテラスなど、大阪の泉布観(明治4年)にも似ている。
施工を請け負った大工は、神戸の英国領事館の他に泉布観も参考にしたのではないだろうかとも思う。

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煉瓦の煙突をもつ建物は浴室棟らしい。

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震災前は内部も公開されていたらしいが、現在は非公開になっている。

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内部も見てみたい。

第635回・高橋家住宅(旧有馬彦吉邸)

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大阪府箕面市にある大正中期の和洋並置式住宅。
現在もほぼ完全な形で現役の住居として使用されている希少な事例と思われる。国登録有形文化財。

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箕面公園の近く、箕面川沿いから姿を見ることができる高橋家洋館。洋館に隣接して日本館もある。
行楽地・景勝地として人気を集めていた箕面公園の周辺には当時、政財界人の別邸が多く建てられていたが今も残る邸宅は少ない。

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インドネシアのジャワ島を拠点とする貿易商社・有馬洋行を経営していた実業家・有馬彦吉の別邸として、大正8年(1919)頃の創建と考えられている。昭和14年に高橋家の所有となり、現在も同家によって大切に維持されている。

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高橋家洋館は国の景観法に基づく景観形成重要建築物にも指定されている。

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特徴的な色彩の洋館外壁は、元々は特殊な貝殻の粉末を塗って仕上げられていたが、現在は入手が困難であることから似たような色のペンキで仕上げているそうだ。屋根もやはり現在では維持が困難と思われる、天然スレートで葺かれており、建物の維持にかける所有者の熱意が窺える。

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同時期に建てられた、似たような規模の和洋並置住宅である大阪府泉南郡の旧谷口房蔵別邸の洋館(大正11年)と同様、随所にステンドグラスが嵌め込まれている。

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ベイウインドウや急勾配の屋根など、変化に富んだ洋館の外観には、箕面市に近い兵庫県川西市に残る旧平賀義美邸洋館(大正7年)などと共通するピクチャレスク趣味が見られる。

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旧有馬邸は洋館、日本館それぞれに門を備えている。写真は洋館の門。
石垣と生垣を組み合わせた塀も、創建当初からのものが残されている。

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日本館の門。日本館には土蔵や平屋建ての小さな洋館も付属しており、洋館と同様に国の登録有形文化財となっている。なお洋館と違って街路からは日本館は殆ど見えない。

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大阪府下はおろか、全国的に見ても現役の住宅で、これだけ元の佇まいを残す和洋並置住宅も珍しい。
どうかこれからも大切にして頂きたいものである。

第634回・明治屋ビル

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古くから輸入食料品の販売などを行っている明治屋の大阪支店として、大正13年(1924)に当時の大阪のメインストリートである堺筋に面して建てられた。現役で使われている数少ない大正期の高層建築物である。

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第3回記事で取り上げた東京の明治屋京橋ビル(昭和8年竣工、中央区指定文化財)と同じく曽禰中條建築事務所の設計で、施工は竹中工務店。明治屋ビルが建っている堺筋本町は江戸時代以来の大阪の中心街・船場の一角に当たる。

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二階から八階までの外壁は、現在は全面白タイル仕上げとなっているが、創建当初は付柱などで飾られていた。

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屋上にある二層の塔屋は、軒の飾り壺と共に創建当初から変わらない姿を残している。

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御影石で仕上げられた一階外壁も創建当初のまま。
現在コンビニエンスストアが入る部分は、近年まで明治屋ストアーの店舗が入っていた。左奥の入口が上階への出入口。

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上階への出入口は木製の扉など、重厚な大正建築の趣を色濃く残している。

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ビル側面から背面を見る。
全体的には大正末期のオフィスビルの形をよく残している。

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古めかしい鉄骨の非常階段。これも創建当初からのものと思われる。

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風格ある建物だけに、一階のコンビニ看板や上階の袖看板が、色や形において建物と極めて不調和なのは残念というべき。

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戦前において「舶来品」を扱う店としては、洋酒や輸入食料品を取り扱う明治屋は洋書の丸善と並ぶ存在であった。明治から大正にかけて、現在はごく一般的に流通しているリプトン紅茶やコカコーラを日本で最初に輸入販売したのも明治屋であるとされる。

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船場の一角である堺筋本町に店を構えたのも、当時はハイカラ趣味の船場の旦那衆が明治屋の顧客として、周辺に多く住んでいたためではないかと思われる。

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東京の京橋明治屋ビルと同様、今後も保存され使われ続けて欲しいものである。

第633回・カトリック夙川教会

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兵庫県西宮市にあるカトリック夙川教会は、阪神間では最初のカトリック教会として大正10年(1921)に発足した。現在の聖堂は昭和7年(1932)の竣工。夙川界隈に残る数少ない戦前建築である。

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聖堂正面。
夕暮れ時の撮影なので壁の色が暗く写っているが、本来は淡いピンク色とクリーム色で彩色された明るい色調が特徴である。

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鉄筋コンクリート造の聖堂は戦災・震災を免れ、現在も創建当初の姿を残す。

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設計は梅木省三とあるが、経歴など同氏についての詳細は不明。
カトリック夙川教会のホームページでは聖堂について、「ヨゼフ梅木省三氏の設計になる」とあるので、同教会の信徒であったようだ。

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阪神大震災では損傷を受けたが修復された。

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聖堂の外観を最も特徴づけている尖塔。

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夙川のシンボルとして親しまれている。

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作家の遠藤周作(1923~1996)は、ここで洗礼を受けたといわれる。

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聖堂内でのコンサートやクリスマス、教会バザーなどの催事も行われており市民にも広く親しまれている。

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修復の際にでも外された屋根飾りだろうか。

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聖堂の入口前の天井にある照明台座の装飾はどこかで見たことがあると思ったら、箱根の温泉旅館・環翆楼の浴室にあるものと酷似していた。

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西宮市の都市景観形成建築物、及び兵庫県の景観形成重要建造物に指定されている。

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神戸及び阪神間では、阪神大震災によって戦前の教会建築が多く倒壊、或いは損傷により解体を余儀なくされ現在も残るものは多くない。そのような現状でカトリック夙川教会は貴重な存在である。
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現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

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