公開済み記事の更新について

8月27日付記事に続き、公開済み記事の更新のお知らせです。

以下、更新した記事(6本)
※表題をクリックすると当該記事にリンクします。

第9回・芦屋警察署旧庁舎玄関
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第14回・大阪市立愛珠幼稚園
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第17回・旧米沢高等工業学校本館(山形大学工学部)
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第41回・旧土浦中学校本館(茨城県立土浦第一高等学校)
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第121回・旧海軍兵学校(現海上自衛隊江田島第一術科学校)
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第147回・吉池医院
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公開済み記事の更新について

いつも弊ブログをご訪問頂きまして有難うございます。
最近建築見学の機会が減っていることから新規記事の投稿が滞りがちとなっており、大変申し訳ございません。

これをよい機会に・・・と言ってはなんですが、過去の(とりわけ弊ブログ開設当初の)公開記事について、本文の加筆修正、写真の追加・差替など、内容の更新に取り組んで参りたいと思います。更新した記事については、このような形で数件ずつまとめてお知らせしたいと思いますので、未見の方はご覧頂けると幸いに存じます。

以下、これまでに更新した記事(7本)
※表題をクリックすると当該記事にリンクします。

第6回・旧山口県庁舎(山口県政資料館)
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第7回・旧第八十五銀行本店(埼玉りそな銀行川越支店)
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第20回・旧札幌控訴院(札幌市資料館)
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第56回・旧山崎家別邸
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第78回・旧山形県庁舎(山形県郷土館「文翔館」)
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第88回・旧是枝近有邸(是枝医院)
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第254回・野村塵外荘(旧野村徳七熱海別邸)
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無論、新規記事の投稿にも引き続き積極的に取り組む所存ですので、今後とも弊ブログを宜しくお願い申し上げます。

第821回・旧松岡医院

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旧松岡医院は長野県松本市、松本城の東南の市街地に建つ洋館風の医院併用住宅で、昭和2年(1927)頃に建てられた。現在は建築設計事務所として使われている。

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この一帯は大正12年(1923)に大火に遭ったため、その復興期に建てられた建物である。石造風の外観であるが実際は木造。上に僅かに瓦屋根が見える。

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石造に見える外壁は擬石仕上げ(石の細粒・粉末を塗って洗い出し仕上げを施した左官仕事)で石造風に見せている。以前本ブログで紹介した大阪府堺市の是枝医院と同じ技法である。

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設計は当時大阪を拠点に活躍していた建築家で、旧大阪商船神戸支店旧大阪ビルディング綿業会館等で知られる渡辺節によるとの推測もあるが、可能性は低いようである。

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2階側面には横長の窓があるが、これは2階に3間続きの日本座敷があるため。西洋館に部分的にこのような横長の窓がある場合は、内部は日本座敷になっていることが多い。

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こちらが西洋館に一般的な縦長窓。同様に部分的に横長窓が見られる西洋館の例は、以前当ブログで取り上げた建物の中では、上述の綿業会館や熱海の野村塵外荘などがある。

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玄関には「ご自由に御覧下さい」というありがたい文言が。

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「御用の御方は此べるを押して下さい」
昭和初期の表示がそのまま残されている。なお、現在ベルはインターホンに取り換えられている。

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玄関を入ると、内部も昔の医院の佇まいがほぼそのままに残されている。

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「受付」「藥室」などの表示も、昔のまま残されている。

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玄関欄間のステンドグラス。

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玄関ホール天井の照明台座に施された漆喰装飾。

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現在はかわかみ建築設計室が事務所として使用されており、上述のとおり内部の一部が開放されている。

第820回・旧小寺家山荘(六甲山荘)

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旧小寺家山荘は、関西学院大学教授で大丸百貨店監査役なども務めた小寺敬一によって、避暑用の山荘として昭和9年(1934)に神戸市灘区六甲山町に建てられた。米国人建築家ヴォーリズ設計の住宅作品としても知られる。国登録有形文化財。

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六甲山は避暑リゾート地として明治以降開発が進んだ土地である。旧小寺家山荘は現在も営業を続けている六甲山ホテルなどと共に、戦前の避暑地の姿を伝える数少ない建物である。

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小寺敬一は六甲山に避暑用の山荘を持ち、本邸は阪神間の御影山手に構えていた。本邸の建物は山荘と同じくヴォーリズ設計のスペイン風洋館であったが、近年小寺家の手を離れ、取得した不動産業者によって撤去後分譲住宅地になるという、無残な最期を遂げてしまった。

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山荘も小寺家の手を離れているが、こちらは本邸とは対照的に大切に保存されている。
現在NPO法人の管理下で保存活用が進められている。

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フクロウと星の形を切り抜いた玄関の門燈。

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リビング。避暑用の山荘であるためか、主要な部屋はすべて北向きに設けられている。

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リビングの暖炉。両脇に造りつけの腰掛けを設ける造りはイングルヌックと呼ばれ、英国で発達した仕掛け。日本の西洋館の暖炉では多くないが、東京目黒の旧前田侯爵家本邸や福井県の右近権左衛門邸離れなどで見ることができる。

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リビングの北側は全面硝子戸にして、外が一望できるようになっている。

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リビングとは続き間になっている食堂。造りつけの食器棚の下は開閉可能になっており、廊下から料理や食器を出し入れできるようになっている。

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重厚なリビングや食堂と異なり、寝室は簡素で明るい色調の部屋になっている。

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浴槽はいわゆる五右衛門風呂になっており、昔の日本人の別荘であることがよくわかる。

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女中部屋。合理性重視の工夫が多くみられるのが特徴のヴォーリズらしく、壁に埋め込まれる形で造りつけられたアイロン台がある。(写真右側の壁)

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現在は定期的な一般公開が行われているほか、宿泊体験などもできるようだ。

第819回・六角堂

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茨城県北茨城市の五浦海岸に建っている六角堂は、明治38年(1905)に思想家・美術史家の岡倉天心(1863~1913)が自らの設計で居宅内に設けた草堂。現在は茨城大学五浦美術文化研究所の施設として公開されている。東日本大震災の津波で流失したが翌年再建された。

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貿易商を営む旧福井藩士の子として横浜で生まれた岡倉天心(岡倉覚三)は、文部省の官僚として東京美術学校(現・東京藝術大学)の設立に深く関与、退官後も日本美術院を創設、伝統的な日本画の革新を目指すなど、日本の伝統美術の保存と発展に貢献した。

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明治36年に五浦海岸を訪れ、一目見て気に入った岡倉天心はここに居を定め、晩年まで本拠とした。写真の長屋門と旧居は当時の建物がそのまま残されており、国の登録有形文化財となっている。

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旧居。五浦海岸に移り住んだ当初は、打ち捨てられ荒廃していた古い料亭の建物を住居としていたが、これを解体、その古材を再構築する形で建てられたと伝えられている。

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縁側からは松林越しに、五浦海岸の景勝及び太平洋を一望できる。

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台所なども残されている。

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手前の芝生は米国のボストンから取り寄せて植えたといわれるもの。晩年の岡倉天心はボストン美術館に中国・日本美術部長として勤務、半年毎にボストンと五浦海岸を往復する生活であったという。

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客間として使われていた座敷。

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客間に隣接した、居間として使われていた座敷。三角形の地袋が珍しい。
かつては天心夫妻の居室として使われていた座敷もあったが、現存しない。

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平成24年に再建された六角堂。津波で流失前の旧建物は旧居や長屋門と同様、国の登録有形文化財であったが、今回再建された建物は新材による再建となったため、文化財登録は抹消されている。

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茶室と仏堂を融合させたといわれる独特の造り。天心は「観瀾亭」と称し、思索に耽る場としていた。

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内部には六角形の炉が切られている。
ところで六角堂と称される建物は関西にもあり、神戸・舞子浜の移情閣(孫文記念館)はその形状から「舞子六角堂」とも称されていたが、最近は移情閣の名称が定着しているようである。

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南側にある五浦岬公園からみる六角堂及び天心旧居。東日本大震災の津波は旧居の縁下まで到達、旧居は流失を免れたが六角堂は波にさらわれてしまった。所有者の茨城大学は震災後、部材回収のための海中捜索を実施するが瓦など一部が引き揚げられたのみだったため、六角堂の文化財としての復元は断念している。

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再建に際しては福島県いわき市の個人による篤志で杉の原木が寄贈されるなど、各方面から再建資金の寄付や諸々の協力が寄せられ、震災1年後の平成24年4月に再建工事が完成、一般公開を再開している。

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なお、以前当ブログで紹介した横浜市開港記念会館が建つ場所は岡倉天心の生誕地であり、記念碑が建てられている。

第818回・本陣等々力家

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本陣等々力(とどろき)家は、長野県安曇野市穂高等々力にある旧家。松本藩主の本陣として使用されていた書院などが現存、庭園と併せて公開されている。安曇野市有形文化財。

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等々力家は、室町時代より地方豪族である仁科氏に仕え、江戸時代初めの大坂冬の陣に際しては、当時この地方を治めるようになった小笠原氏に従い、在郷武士として出陣している。江戸時代以降は、庄屋として村を治めていた。

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また近郊には松本藩の鮭、鴨の狩猟場があったことから、等々力家は藩主の狩猟の際の休憩所に充てられ御本陣と呼ばれた。現在は当時からの建物として写真の長屋門のほか、殿様座敷として使われた書院や庭園が残されている。

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現在も等々力家の所有であるようだが、庭園や書院は有料で一般に公開されている。
なお近くには、観光地としても知られる当地特産のワサビの農場(大王わさび園)もある。

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長屋門入口。
向かって左側の柱には、百姓一揆で襲撃を受けたときの刀傷が残されている。

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長屋門をくぐると、左手に書院の建物が見える。

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庭園の入口に設けられた、藩主専用の門。

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玄関を上がって入った最初の座敷には囲炉裏が切られ、上には神棚を祀られている。
古風な和箪笥や、明治風の古めかしい置時計も置かれている。

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江戸時代中期に建てられたという書院は、四間が一直線に連なる構成。
上記囲炉裏の間から書院座敷の方向をみる。

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四間の中では最も奥に配された書院座敷。藩主の休息所として使われた。

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書院座敷の欄間建具は珍しい意匠。

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縁側から庭園を望む。
庭園は江戸中期の作庭なれども、桃山時代の様式を残すとされている。

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書院座敷からの庭園の眺め。

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書院座敷から土蔵、裏の離れ座敷につながる太鼓橋。

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書院座敷と土蔵、離れ座敷に囲われた裏庭。左手が離れ座敷の縁側。

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離れ座敷。
こちらの建物の建設時期は特に解説もなかったが、書院座敷よりは新しいかも知れない。

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離れ座敷の書院窓。
通常、書院窓の建具は2~4枚の引き戸になっているが、ここの書院窓は1枚ものの建具を嵌め込んだ珍しいもの。

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鯱を載せた土蔵。この脇には明治時代に増築された蔵座敷があるが、こちらは非公開。

なお今回の記事、近代(幕末~昭和戦前)の建物紹介をブログの趣旨としていながら、近代の建物が全くといってよいほど無い点、何卒ご容赦ください。(最近、ネタ不足なのであります)

第817回・山二証券

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東京・兜町の東京証券取引所の裏に建つ山二証券の建物は、昭和11年(1936)の竣工で、以前取り上げた日証館(旧東京株式取引所貸ビルディング)と同様、現存する数少ない戦前からの建物である。

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写真の突き当たりに見えるのが日証館。
山二証券と日証館の間に建っているのが東京証券取引所。

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山二証券は明治44年(1911)創業の老舗の証券会社である。

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建物の三方が街路に面しており、それぞれに出入り口を設けている。

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東京証券取引所と向かい合う位置に配された、写真のアーチ型玄関が正面玄関と思われる。

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通用口上部のテラコッタ(装飾用陶器)で飾られた円形窓。

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設計者の西村好時(1886~1961)は、大正から昭和初年にかけて第一銀行(現みずほ銀行)の建築課長を務め、専門書を著すなど銀行建築のエキスパートとして知られた建築家である。

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西村好時は昭和5年の第一銀行本店竣工後、第一銀行を退職し自らの建築事務所を開業している。山二證券の社屋はその時期に設計を行ったと思われる。

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現存する西村好時設計の建物は山二證券のほか、在籍していた旧第一銀行関係の建物が多い。熊本・函館横浜の角支店や、第一銀行の保養施設内に建てられたクラブハウスで、現在は埼玉県深谷市に移築保存されている「清風亭」などがある。

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隣接して建つ旧成瀬証券の社屋も同時期の建物である。

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現在は旧成瀬証券の合併により、フィリップ証券の社屋として使われている。

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デザインは全く異なるが、こちらの建物も西村好時の設計である。

第816回・東京銀行協会ビル(旧東京銀行集会所)

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東京・丸の内にある平成5年(1993)竣工の東京銀行協会ビルの低層部には、大正5年(1916)竣工の旧東京銀行集会所の外壁の一部が残されている。

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東京銀行協会は明治13年(1880)設立の東京銀行集会所を前身とする。現在は一般社団法人全国銀行協会に業務を集約しており、東京銀行協会の名称はこの建物にのみ残されているようである。

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なお当ブログではいつも利用させて頂いている「銀行変遷史データベース」を作成・公開されているのが全国銀行協会である。

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旧東京銀行集会所の建物は大正5年に横河工務所設計(担当:松井貴太郎)で竣工、現在そのままの形で保存されているのは、皇居のお濠端に面した部分の外壁1面のみである。

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もう一方も煉瓦壁の外観が残されているが、こちらは旧建物より玄関廻りなどを中心に相当改変されており、保存というよりはイメージ再現といった方が適当。旧建物では華麗な装飾が施された鋳鉄製の車寄せがあったが、今はない。

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大して風情もない現在の玄関。

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なお、同じ設計者により大正9年に建てられた日本工業倶楽部会館は、東京銀行協会ビルの3軒隣りに建っている。

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お濠端に面した部分の外壁。この部分だけ建て替え前の姿がほぼそのまま残されている。

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外壁に貼られた焦げ茶色の化粧煉瓦は、すぐ近くにある東京駅丸の内駅舎の煉瓦に比べると落ち着いた色調。

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東京銀行協会ビルには大正5年の旧建物竣工から今日に至るまで、銀行関係者の会員制社交クラブである銀行倶楽部(明治32年設立)も入居している。

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銀行倶楽部は結婚式場としても貸し出されており、ホームページを見ると階段や暖炉飾りなど、内装の一部は旧館のものが再利用されていることが分かる。

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前回記事と同様、高層ビルの低層部に旧建物を保存した例のひとつではあるが、それらの中でも出来栄えは正直言ってよろしくない。

第815回・三菱倉庫江戸橋倉庫ビル

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先日取り上げた東京兜町の日証館のすぐ近く、江戸橋の袂には三菱倉庫(株)の本社屋である江戸橋倉庫ビルが建っている。昭和5年(1930)竣工のこのビルは現在、外壁の大部分を保存しながら、高層ビルへの建て替え工事が進められている最中である。

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明治20年(1887)創業の三菱倉庫は、旧三菱財閥の中でも日本郵船や三菱重工などと並び、伝統と歴史を有する企業である。なお、神戸市兵庫区には前身である東京倉庫(大正7年に現在の社名に変更)時代の建物として、明治39年(1906)に建てられた旧兵庫出張所ビルが現存、現在も現役の事務所ビルとして使われている。

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写真は上のものと共に、建て替え工事前の旧本社ビル。三菱倉庫は江戸橋の現在の敷地で創業当初から倉庫業を営み、関東大震災で被災するまでは赤煉瓦の倉庫が7棟並んで建っていた。旧本社ビルは関東大震災からの復興事業として建てられた。

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工事中の現在の姿。外観はほぼ出来上がっており、現在は内装工事が進められている様子。外側だけもとの壁を残した旧ビルの内側に、新しい高層ビルが建つ形になっている。なお塔屋は一旦解体後、再現したもの。

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新しい部分も含めた全景。高層ビルの低層部に古い建物を残す(もしくは復元する)手法は、これまで当ブログでは旧東京中央郵便局歌舞伎座横浜地方裁判所、大阪のダイビル、神戸の旧三井物産など多くの事例を取り上げてきたが、また一つ増えた訳である。

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この手のかたちで残された建物全般に言えるが、遠目で見たときの新旧併存の姿についての印象は人それぞれと思うが建物の傍から見上げる分には左程違和感はない。

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三菱倉庫が同社ホームページ内で公表した再開発計画では、旧ビルの「既存外壁の概ね7割」を保存とあるので、写真左側のガラス張りの部分は残り3割、新しく造り変えた部分のようである。

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旧ビルは事務所ビルと貸倉庫を一体化した珍しい建物だった。写真は旧ビル外壁の貸倉庫部分で、開口部には鉄の防火扉が厳重に設けられている。新ビルでも貸倉庫は設けられるようである。

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江戸橋の上から望む、日本橋川に臨んだ姿。手前と奥でデザインが全く異なるが、手前が事務所、奥は貸倉庫である。

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年内には竣工、開館するものと思われる。

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開館後は内部の様子など、本記事を追加更新する形でお見せできればと思う。

第814回・伊勢丹本店

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東京都内で、戦前に建てられた華麗な百貨店建築といえば、以前取り上げた日本橋高島屋三越本店浅草松屋のほか、昭和8~11年(1933~36)に建てられた新宿の伊勢丹本店も見逃せない。

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伊勢丹の歴史は、明治19年(1886)に東京府神田区旅籠町(現・千代田区外神田一丁目)で開店した伊勢屋丹治呉服店にさかのぼる。その後関東大震災による店舗焼失を受け、再建に際し伝統的な座売りから百貨店形式に改め、昭和5年(1930)には株式会社伊勢丹となる。

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昭和8年(1933)、当時東京ではまだ新興の繁華街であった新宿へ移転、現在の建物の一部が、清水組(現・清水建設)の設計・施工により竣工する。2年後には隣接する百貨店であるほてい屋を買収、建物は一体化させ、昭和11年(1936)には現在見られる姿の原型が出来上がった。

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昭和8年開店当初の姿と、11年増築後の姿は、清水建設ホームページ内の「清水建設二百年史」でみることができる。
 昭和8年当時  昭和11年当時 (いずれも上記ホームページより)

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戦後の増改築により、上層階は装飾が取り払われ簡素な外観となったが、1~2階の装飾は創建当初のまま残されている。伊勢丹本店の装飾は、1920~30年代に建築のみならず美術・工芸など幅広い分野において世界的に流行したアール・デコ様式が用いられている。

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アメリカではニューヨークの摩天楼の装飾にアール・デコ様式は多用され、日本でもこれらの建物の影響を受けたアメリカ式オフィスビルが多く建てられたが、今も残るものは少ない。
(例)昭和14年竣工の日本徴兵保険名古屋支部ビル(現存しない。上記清水建設ホームページより)

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現存する日本のアール・デコ様式の建築は旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)や、旧横浜銀行集会所氷川丸の船内インテリアなどがある。

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また百貨店でもアール・デコの装飾は多く用いられ、三越本店や大阪の大丸百貨店心斎橋店などに質の高いアール・デコ意匠が見られる。

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伊勢丹本店は、近年の改修で正面玄関のシャンデリアや飾り格子などは、昭和8年開店当初のものが再現された。

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内部は大幅な改装を度々受けており、戦前建築の面影はあまり見られないが、屋上へ上がる階段には開店当初のステンドグラスがそのまま残されている。

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トンボと花の図柄。

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伊勢丹本店は、三越本店と同じく東京都選定歴史的建造物に認定されている。
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