第872回・山手資料館

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横浜市中区山手町にある山手資料館は、明治42年(1909)に同市本牧に建てられた和洋併置式邸宅の洋館部分。横浜市内でも現存する数少ない明治の洋風建築である。横浜市指定歴史的建造物。

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以前当ブログで紹介した横浜山手聖公会旧エリスマン邸えの木ていなど、近代の建造物が集中している山手の一角に建っている。

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明治42年(1909)に中澤氏邸として建てられ、洋館は大規模な和風邸宅の一部分として玄関脇に配され、応接室や書斎として使われていたようである。

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関東大震災の被害は免れ、昭和4年(1929)に現在地に近い諏訪町に移築された。第二次大戦後には中澤氏の親族である園田氏邸となり、昭和50年頃まで住宅として使われた。

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マンションに改築するため取り壊されることになった事を惜しみ、横浜市内でレストラン「山手十番館」を経営する本多正道氏(故人)が洋館部分を引き取り、レストランに隣接する現在地に昭和52年(1977)移築、氏が収集したガラス器などを展示する山手資料館として開館した。

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山手界隈で保存、公開されている近代洋風建築のはしりというべき存在であり、移築から四十年近くを経て同地区の観光名所としても定着しているようである。平成11年(1999)には横浜市歴史的建造物に指定されている。

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元々は和風住宅の一部として建っていたので、現在の玄関ポーチは移築に際して新たに設けられたものである。洋館の姿を損なわないよう配慮されたデザインとなっている。

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屋根の妻飾りを中心に明治の洋館らしい造形が施されている。1~2階の外壁はペンキ塗りの下見板張りであるが切妻部分には赤いスレートをうろこ状に貼りつけている。

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屋根を葺くオレンジ色の洋瓦はフランス瓦と呼ばれるもので、明治から大正期の横浜の洋館住宅に多用されていたものである。

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横浜市内に現存する和洋併置式住宅では他に根岸の旧柳下家住宅があり、こちらは和洋完全な形で残されている。現在横浜市が所有・公開しており、山手資料館のかつての佇まいを想像するには格好の建物である。
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第871回・家邊徳時計店店舗

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京都市中京区三条通に面して建つ家邊(やべ)徳時計店店舗は、明治23年(1890)に建てられた煉瓦造の商店建築。店舗棟の背後に建っている木造和風の住居棟と共に、国の登録有形文化財である。

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今はないが、かつては正面中央の上部には二層の時計塔があり、四層分の高さを持つ堂々とした建物であった。

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三条通は明治から昭和初期の洋風建築が多く残されている。当ブログでも既に紹介済の旧日本銀行京都支店中京郵便局旧日本生命京都支店旧不動貯金銀行京都支店旧大阪毎日新聞京都支局が同じ通りに面して建っている。

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家邊徳時計店店舗は三条通の洋風建築の中でも最古の建物である。

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(株)家邊徳時計店は、明治4年(1871)に初代家邊徳之助によって創業された時計貴金属商である。現在残る店舗も創業者である初代徳之助によって建てられたという。

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時計店の店舗としては使われておらず、テナントとして貸し出されているようだが、現在は空室のようだった。

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小規模であるが、豊かな装飾が細部まで施された入念な造りの洋館である。

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内部も創建時の金庫や螺旋階段など、創建当初の造りがよく残されているようである。
(参考)文化遺産オンラインの紹介ページ 家邊徳時計店(家邊家住宅)店舗

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店舗棟の背後には住居棟があり、洋館の店舗棟とは対照的に住居棟は京町家の伝統を受け継ぐ和風建築である。
(参考)文化遺産オンラインの紹介ページ 家邊徳時計店(家邊家住宅)主屋

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いつか、時計塔が復元されないものだろうか。

第870回・旧京都電燈本社(関西電力京都支社)

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前回記事で触れた京都帝国大学建築学科教授・武田五一(1872~1938)の最晩年の設計作品。京都駅烏丸口(北口)前に建つ旧京都電燈本社ビルは、逝去の前年である昭和12年(1937)の竣工。現在は関西電力京都支社となっている。

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京都駅前では唯一といってもよい戦前建築。各地で大規模な再開発事業が計画もしくは実施されている中、この建物の行方も正直なところ覚束ない感がある。なお数件おいて隣には、京都タワー(昭和39年竣工、設計は当ブログで以前紹介した旧千住郵便局電話事務室の設計者である山田守)が建っている。

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大阪瓦斯ビル(昭和8年)と同様、丸く取ったコーナー部分が外観のアクセントになっている。

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黒い石で縁取りをした玄関部。

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外壁のタイルはよく見ると、模様が入ったものと無いものと、2種類使われていることがわかる。

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時代を感じさせる、アールデコ調の脇玄関の照明。

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京都電燈は明治21年(1888)に創立した電力会社である。琵琶湖疏水の蹴上発電所から生み出される電力を中心に事業を展開するも、昭和に入ると国策による電力会社再編成に基づき日本発送電(株)などの国策企業に事業を譲渡、昭和17年(1942)に解散した。

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戦後は電力事業の再編成により設立された関西電力の京都支社ビルとなり、現在に至る。

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設計者の武田五一は前回記事でも触れたとおり京都との縁が深く、京都市内には今も数多くの建物が残されている。当ブログで紹介済のものでは京都府立図書館旧稲畑勝太郎邸洋館旧松風嘉定邸旧川崎家住宅洋室東本願寺前噴水藤井斉成会有鄰館京都市庁舎島津製作所本社大阪毎日新聞京都支局がある。

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また生涯を通じて伝統建築や古社寺に造詣が深く、平等院や法隆寺、永平寺等数多くの社寺仏閣の修復や改築にも関わっている。京都電燈本社屋竣工の翌年、昭和13年に武田五一は急逝するがそのときも法隆寺の現場に向かう途中であったと言われている。

第869回・京都大学工学部建築学教室本館

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京都大学吉田キャンパスの工学部建築学教室本館は大正11年(1922)の竣工。京都帝国大学(当時)工学部に大正9年(1920)に建築学科が創設されたことに伴い、初代主任教授となった工学博士・武田五一(1872~1938)の設計による。

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京都帝国大学の施設では初の鉄筋コンクリート(RC)造建築であり、それまで瓦屋根が載った赤煉瓦煉瓦造モルタル塗り仕上げ、あるいは木造ペンキ塗りの校舎が建ち並ぶキャンパス内で、フラットルーフを持つRC造の校舎は斬新な印象を与えたようである。

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当時流行のチョコレート色タイルを芋目地に貼った平坦な外観も目立つものであった。竣工当時、「建築」は「気障」を意味する隠語として学内で使われたこともあるという。

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タイルの貼り方を変えて装飾的に用いるのも、この時期のタイル貼り仕上げの建築では多くみられる。

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二階正面に設けられたバルコニー。

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バルコニーは正面の両端にも設けられている。

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武田五一は建築家であると同時に、主に京都を中心に教育者としても活躍、多くの人材を建築界に送り出した。京都との関わりは、文部省の命による図案研究のための欧州留学から帰朝間もない明治36年(1903)、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)の教授として京都に赴任したことに始まる。

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その後、帝国議会議事堂建設のために設立された大蔵省臨時建築部で技師を兼任、そして名古屋高等工業学校(現・名古屋工業大学)校長となり一時京都を離れるが、大正9年に京都帝国大学建築学科教授として京都に戻り、昭和7年(1932)の定年退官までその職にあった。

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玄関ホールの先には階段室が見える。緩やかな螺旋階段は鉄筋コンクリートならではの造形で、同時期の建物では旧札幌控訴院庁舎(現・札幌市資料館)でも見ることができる。

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階段室は上述の旧札幌控訴院庁舎と同様、背面に半円形に張り出している。

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階段室の窓には2種類のステンドグラスが嵌め込まれていることがわかる。

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ステンドグラス部分を拡大。

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国の登録有形文化財等特別の保存措置は受けていないが、建築学教室本館について京都大学では以前当ブログで紹介した土木工学教室本館や文学部陳列館などと共に、歴史的建造物として今後も保存・使用していくようである。

第868回・東京大学工学部1号館(旧東京帝国大学工学部)

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東京大学本郷キャンパス内にある工学部1号館は昭和10年(1935)の竣工。本郷キャンパス内に現存する近代建造物のひとつで国登録有形文化財である。

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これまで当ブログで紹介してきた東大本郷キャンパス内の多くの建物と同様、関東大震災後の復興計画を担い現在の本郷キャンパスの原型を作り上げた内田祥三の設計による。

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当ブログで既に取り上げた東大本郷キャンパス内の近代建造物では大講堂工学部2号館医学部2号館総合図書館医学部附属病院がある。併せて御覧頂けると幸いである。

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前庭に置かれた、我が国近代建築界の父・コンドルの銅像。

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昭和10年の竣工で本郷キャンパスの近代建造物では比較的後年の時期の建物である。そのためか全体的には装飾の少ない、簡素で機能主義的な外観となっている。

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角のバルコニー部分。

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全体的に簡素な外観の建物であるが、一階正面玄関には濃厚なゴシック調の造形が施されている。

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工学部1号館の前身に当たる建物は、辰野金吾設計の旧工科大学(東大工学部の前身)本館(明治21年竣工)であったが関東大震災で大破、取り壊されてしまった。

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正面玄関の3連アーチは旧工科大学本館にもあり、先代建物のイメージ継承を意図したのかもしれない。

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様式建築の造形が最も濃厚に見られる玄関内部。

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玄関は正面突き当りで入口が左右に分かれている。

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ゴシック調アーチを連ねた回廊状の空間は工学部1号館のほかにも本郷キャンパス内の多くの建物で見ることができるが、規模や長さ、高さなどがそれぞれ異なり、同じような様式であっても建物毎にそれぞれ異なる個性が見られる。

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玄関内部より正面前庭を望む。前庭の中央に聳え、構内でも随一の大きさとされるイチョウの大木が見える。

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かつて旧工科大学本館が建っていた当時は、この前庭部分が工科大学本館の中庭であった。

第867回・旧近藤賢二別邸

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前回に続き、建築家・遠藤新の設計による住宅建築。神奈川県藤沢市にある旧近藤邸は、大正14年(1925)に同市辻堂の松林の一角に別荘として建てられた。現在は藤沢市民会館の敷地内に移築保存されている。国登録有形文化財。

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玄関のある正面全景。屋根は建築当初は、栗子羽(くりこば、クリの木の木片)で葺かれていたという。

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鉄筋コンクリート造で大谷石を用いた外観が特徴の旧加地利夫別邸に対し、木造で軽快な外観の旧近藤邸。関東大震災から間もない頃でもあり、地震対策として建物を極力軽く造ることが意図された。

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建主の近藤賢二(1874~1948)は同志社大学を卒業後、牢獄教誨師や台湾総督府民政長官在任中の後藤新平の秘書などを経て、別荘建築当時は横浜・東京を拠点に複数の会社を経営する実業家だった。

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近藤家は子供が11人も居た大家族で、週末や夏休みはこの別荘を団欒の場としていたという。

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内部は1階にある暖炉を備えた居間兼食堂を除き、和室を中心に構成されている。

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但し伝統的な造りの和室ではなく、遠藤が設計した旧山邑邸和室(設計は師ライト。和室のみ遠藤が設計)と同様独自の意匠が施されたものになっている。写真は2階の和室。

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ライト風意匠が特徴の1階廊下の窓。なお、現在1階の各室は障碍者就労支援施設の喫茶室となっており、多くの利用者がいたので室内の写真撮影は遠慮させて頂いた次第である。

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パーゴラを設けた庭園側外観。正面側と違い敷地が狭く、全景を見渡しにくいのが残念。

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近藤氏の没後、建物は同氏が経営していた会社の所有となるが、昭和54年(1979)に取り壊しが検討されると近隣住民による保存運動が展開された。それが功を奏し、3年後に藤沢市の施設として現在地への移築保存が実現した。その後、平成14年(2002)に国登録有形文化財となっている。

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(参考)
藤沢市ホームページ・旧近藤邸パンフレット
「残照 神奈川の近代建築」 昭和57年 朝日新聞横浜支局編 

第866回・旧加地利夫別邸

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神奈川県三浦郡葉山町にある旧加地利夫別邸は、建築家・遠藤新(1889~1951)の設計により昭和3年(1928)に建てられた住宅建築。現存する遠藤設計の住宅作品の中でも最も貴重なものとされている。

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遠藤新は米国人建築家フランク・ロイド・ライト(1867~1959)に師事、代表作のひとつである旧帝国ホテルの建設に際してはスタッフとして参画している。また同じくライトの設計である兵庫県芦屋市の旧山邑邸では、実施設計及び工事監督を務めた。

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旧山邑邸の玄関ポーチを思わせる、大谷石を積み上げた玄関脇のピロティ。師ライトの作品である旧帝国ホテルや旧山邑邸と同様、旧加地別邸の外装には大谷石が多用されている。

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遠藤新設計の建築作品で現存するものでは、旧加地別邸のほか兵庫県西宮市の旧甲子園ホテルなどが著名である。

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施主の加地利夫(1870~1956)は、大阪市立商業学校教諭を経て三井物産に入社、ロンドン支店長や監査役を務め、その他の会社の重役も務めた実業家である。

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別邸の建設に際しては、建築に興味を持っていた加地夫人の意向も色濃く反映されていると考えられている。なお東京白金三光町にあった加地家本邸も同じく遠藤新の設計で、昭和6年(1931)に竣工している。(現存しない)

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現在も現役の個人住宅であり通常非公開であるが、平成26年(2014)秋に、一般社団法人住宅遺産トラストによる期間限定での特別公開が行われた。

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写真はいずれも特別公開時のものである。なお内部撮影は禁止につき室内の写真はない。

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テラスより庭園を望む。
別邸建設に際しては石材の運搬など近隣住民の積極的な協力があったという。

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庭園より望む旧加地別邸全景。

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別邸竣工後、加地家では建設に協力してくれた近隣住民を招いてのティーパーティーなどが度々催されていた。

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サンルーム外観。

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大きく前に張り出した二階部分の庇。

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(参考資料)
「加地邸をひらく 継承をめざして」 
加地邸保存の会監修・一般社団法人住宅遺産トラスト発行

第865回・中西金属工業(株)(旧天満紡績会社)

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大阪市北区にある、天満紡績会社の工場棟として明治時代に建てられたとされる煉瓦建築。全国的にも珍しいコンクリートブロック積みの外壁を持つ事務所棟と合わせて、大阪市内でも現存する数少ない明治の建物である。

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明治時代後半(1880年代~1912)の建造と考えられる赤煉瓦の建物。

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同じく明治時代後半の建造と考えられている事務所棟。

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JR大阪環状線天満駅から桜ノ宮駅へ向かう途上、電車内からも見ることができる。

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天満紡績会社は明治20年(1888)創業の紡績会社で、その後綿の王とも称された実業家の谷口房蔵が経営する大阪合同紡績への合併を経て、現在の東洋紡の源流のひとつとなった会社である。

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昭和13年(1938)に現在の所有者である中西金属工業(株)が入手、以降同社の本社工場となり現在に至る。

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大阪市内でも現存する数少ない明治時代の煉瓦造工場建築である。

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現存しないが、側面にはノコギリ屋根の工場棟が続いていた痕跡が残されている。

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中西金属工業の本社棟として使われている建物。かつての天満紡績の事務所棟と思われる。

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1階の壁面はコンクリートブロック積み、2階はモザイクタイル貼り仕上げとする。昭和初期に現在の外観になったものと推測されている。

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コンクリートブロックは明治後半から大正期にかけて、煉瓦や石に代わる組積造建築の建材として売り出されていた。今日現存するコンクリートブロックを用いた建物は神戸市垂水区の移情閣(大正4年、国指定重要文化財)など、ごく僅かである。

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100年以上経った現在でも、2棟の建物は現役の施設として大切に使われているようである。

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(参考資料)
大阪府の近代化遺産 大阪府近代化遺産(建造物等)総合調査報告書 
平成19年 大阪府教育委員会

第864回・旧島津製作所本社ビル

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京都市中京区河原町御池上ルに建っている昭和初期の事務所ビル。京都に本社を置く島津製作所の本社屋として昭和2年(1927)に建てられた。現在は改修が施され結婚式場及びレストランとして利用されている。

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鉄筋コンクリート造4階建で、屋上の南東隅には二層の塔屋が載る。中京区木屋町二条にあった木造二階建の旧本店(建物は島津創業記念資料館として現存)に代わる新本社ビルとして移転新築された。

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一軒おいて隣には、当ブログでも以前取り上げた京都市庁舎(手前の建物)が建っている。なお両者の間に建っている建物は京都市庁舎の分庁舎で、今般の市庁舎整備に際し建て替えられる予定。

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京都市庁舎、旧島津製作所本社は両者共に同じ昭和2年竣工で、京都帝大教授で京都を中心に設計活動を行っていた武田五一が顧問もしくは監修という形で設計に関与している。

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現在の用途への改修に際しては、外観は創建時の意匠が復元されている。改修前は現存していなかった3階と4階の間に走る胴蛇腹や最上階の軒蛇腹が復元されている。

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窓の割り付けはよくみると配置や形状など非対称であることが分かる。平坦な壁面にアーチ窓を一層分だけ並べるところは、武田五一の設計で同じ京都市内にある藤井斉成会有鄰館と共通し、武田の好んだデザイン手法であったと思われる。

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北側側面の玄関ポーチは、改修前は無かったように思うが、創建時存在していたものを復元したか、もしくは建物の雰囲気に合わせ新設したものかと思われる。

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壁面の時計も以前はなかったので、復元・再設置されたようである。

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時計を拡大。古風なデザインの文字盤の中央下部には右書きで「河原町時計」の文字がある。これも建設当時のものを復刻したのだろうか。

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玄関脇は木屋町二条の旧本店と同様、かつてはショーウインドウが設けられていたという。

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玄関まわりは創建以来今日まで、ほぼそのままの形で残されている。

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近接する重厚な市庁舎とは少々異なる趣で、昭和初期のモダンな事務所ビルの姿を今に残している。

第863回・京都大学YMCA会館(旧京都帝国大学基督教青年会会館)

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前回に引き続き、米国人建築家ヴォーリズの設計による洋風建築。京都市左京区吉田牛ノ宮町にある京都大学YMCA会館は大正2年(1913)の竣工で、大学YMCA会館の現存最古例であると共に、ヴォーリズの設計作としても現存最古級に属する建物である。国登録有形文化財。

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東一条通りに南面して建っている京都大学YMCA会館。余談ながら、この洋館の所在地である吉田牛ノ宮町は、谷崎潤一郎の晩年の小説「鍵」の主人公である大学教授の家がある場所という設定になっている。京大吉田キャンパスが近く、実際大学教員の住宅もあると思われる、閑静な一角である。

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一見木造にも見えるが煉瓦造で、外壁をモルタル塗り仕上げとする。外壁の仕上げ等に滋賀県近江八幡市に現存する池田町洋館群(大正2~10年)とも共通する、ヴォーリズ設計作品の初期の特色を見ることができる。

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玄関の付け柱や軒、建具など木部を露出した部分はベンガラのような赤い塗料で仕上げられている。これもヴォーリズ初期作品である、近江八幡市安土町の旧伊庭慎吉邸(大正2年)と共通した仕上げである。

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背面からの眺め。

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YMCA(Young Men's Christian Association、基督教青年会)は、1844年(天保15年)に英国ロンドンで発祥した世界的規模の非営利公益団体である。キリスト教主義の立場から、教育・スポーツ・福祉・文化などの分野の事業を展開する団体である。

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我が国では明治13年(1880)の東京YMCAを皮切りに、朝鮮半島など外地も含めた全国各地に設立された。 現在は公益財団法人日本YMCA同盟のもとに都市YMCAと学生YMCAが存在、京都大学YMCAは学生YMCAのひとつである。

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京都におけるYMCA組織の設立は、都市(京都YMCA)が明治22年(1889)、学生(京都帝国大学(当時)YMCA)が明治32年(1899)である。

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地塩寮と呼ばれる現在の建物は、北米YMCAの寄付をもとに大正2年(1913)に建てられた。設計者のヴォーリズは宣教師でもあったので、京都帝大のほか各地の都市・学生YMCA会館の設計を行っている。

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大学YMCA会館の現存最古例としての希少性も評価され、平成11年(1999)に国登録有形文化財となった。近年まで老朽が目立っていたが、現在は修復が施されている。

第862回・大阪教会

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大阪市西区江戸堀1丁目にある大阪教会は、日本基督教団所属のプロテスタント教会。煉瓦造の現会堂は大正11年(1922)の竣工で、国登録有形文化財。

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大阪教会の創立は、明治7年(1874)に大阪川口居留地内、本田梅本町(現西区本田1丁目)に設立された「梅本町教会」に遡る。

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明治10年(1877)に「大阪基督教会」と改称、昭和16年(1941)の日本基督教団設立に伴い、「日本基督教団大阪教会」に再度改称され、現在に至っている。

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大阪市内のキリスト教会では、同じ川口居留地内の川口基督教会などと並ぶ歴史ある教会である。また全国的にみても最古級のプロテスタント教会とされている。

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会堂は当初川口居留地内にあったが、その後移転を重ね、大正11年に宣教師にして建築家・実業家でもある米国人のウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計による現在の会堂が竣工した。

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大阪府下に現存するヴォーリズの設計作品の中では、大丸百貨店心斎橋店などと並ぶ代表的な存在の建物である。

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平成7年(1995)の阪神大震災では、同じ大正時代の煉瓦造建築である先述の川口基督教会と共に深刻な被害を受けるが、8か月かけた工事の末修復がなされた。

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震災による歴史的建造物の被害を教訓に、平成8年に導入された国による登録有形文化財制度の導入に際しては、大阪教会は旧小西儀助商店旧谷口房蔵別邸(いずれも当ブログで紹介済)と共に、大阪府下における初の適用対象となった。

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大阪教会は大阪府下に現存する数少ない煉瓦造建築である。

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煉瓦の積み方には、我が国の煉瓦造建築では珍しいフランス積み(フランドル積み)が用いられている。(日本の煉瓦造建築はイギリス積みが主流である)

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礼拝堂の窓。

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礼拝堂の奥に建つ塔屋。

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礼拝堂脇の門越しに望む前庭と塔屋。

第861回・旧小西平兵衛家住宅(錢高組高徳寮)

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旧小西平兵衛家住宅は、羅紗や毛氈などを扱う唐物(輸入品)商の店舗兼住居として明治中期に建てられた。大阪市内中心部の町家の中でも、特に大規模でかつ保存状態がよい建物のひとつである。

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旧小西平兵衛家住宅が建つ大阪市中央区伏見町4丁目は御堂筋の西側に当たり、周囲には大阪倶楽部大阪瓦斯ビルなどの近代の建造物が点在する一角である。

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同じく大阪市の中心街に現存する町家の中では、道修町1丁目の旧小西儀助商店(明治36年(1903)竣工、国指定重要文化財)に次ぐ大規模な町家である。創建は旧小西商店より古い明治21年(1888)とされており、北浜3丁目の旧緒方洪庵住宅(適塾)(江戸時代末期創建、国指定史跡・重要文化財)に次いで古い。

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正面に店舗棟、角に土蔵を配し、敷地全体を高塀で囲う。店舗棟の奥には居住棟と前裁(中庭)、奥土蔵を配している。なお正面の店舗棟と土蔵は大正初期に当時「市区改正」と称された道路拡幅によって敷地が切り取られたため、改築が施されているが、窓がなく極めて閉鎖的な外観となっている。

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昭和16年(1941)より、大阪に本拠を置く中堅ゼネコンの錢高組が所有・管理、錢高組高徳寮となっている。(玄関には「錢高組分室」の表札が掛かっている)

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現在灰色のモルタル塗り仕上げとなっている部分はかつては、玄関周りと同様により重厚な黒漆喰仕上げであったものと思われる。

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角の土蔵の鬼瓦。

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正月飾りがあるところを見ると、錢高組によって現在も大切に管理されていることが窺えるが、都心の一等地に文化財指定も受けていない建物が果たしていつまで現状のままで居られるのか、甚だ不安ではある。

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何はともあれ、所有者には深く敬意を表したい。

(参考)
「大阪府の近代和風建築 大阪府近代和風建築総合調查報告書」 平成12年 大阪府教育委員会
「日本の家 1 近畿」 平成16年 講談社

新年の御挨拶

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
弊ブログをご訪問頂く皆様の一層のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

                                平成二十七年正月四日  管理人拝


さて、本格的な更新再開は明日以降を予定しておりますが、この正月前後に撮影した過去紹介済み建物の写真をいくつか。(カッコ内の記事回数をクリックすると当該記事にリンクします)

大丸百貨店心斎橋店(第516回
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昨年4月に朝日新聞によって建て替えられると報道された大丸心斎橋店。目下それらしい動きはみられないが、朝日新聞お得意の誤報(または捏造)であることを祈る。

ダイビル本館(第709回
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まさか、大丸心斎橋店もこのダイビル本館のように一旦解体→外観及び内装の主要部を復元して高層ビル化、なんて形にならなければよいのだが。

日本生命本店本館(第646回
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改築中だった南館(写真手前)が、本館(写真奥)と同一意匠で竣工していた。大丸心斎橋店もかくあるべし。

京都市庁舎(第576回
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写真の本館を改修・保存しながら分庁舎のみ建て替える計画が進行中の京都市庁舎。昨年は名古屋市庁舎が戦前の市庁舎として初めて国指定重要文化財となったが、京都もいずれは、と思う。

未紹介の建物もいくつか写真を撮りましたので、また記事にしたいと思います。
本年も引き続き弊ブログを御愛顧の程、宜しくお願い申し上げます。
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