第898回・松重閘門

P50424242_convert_20150524174209.jpg

愛知県名古屋市中川区にある松重閘門は、昭和7年(1932)に建設、昭和43年(1968)まで供用されていた閘門(水位の異なる河川や運河、水路の間で船を上下させるための装置)である。その特徴ある姿から役目を終えた後も、住民の要望で保存されることとなった。名古屋市指定有形文化財、土木学会選奨土木遺産。

P5042426_convert_20150524174902.jpg

名古屋駅に比較的近い位置にある松重閘門は、東海道新幹線の車窓からもよく見える。

P5042442_convert_20150524175301.jpg

現在は、4本ある尖塔の間を名古屋高速の高架が横切っている。

P50424482_convert_20150524174838.jpg

松重閘門は堀川と中川運河とを結び、名古屋の産業発展を水運面から支えていた。

P50424372_convert_20150524175116.jpg

中川運河の開削工事が始まった大正15年(1926)に着工、6年後に完成、運用を開始した。
当時は「東洋一の大運河」「東洋のパナマ運河」とも称されたという。(写真は現地に置かれた解説版より)

P50424462_convert_20150524174657.jpg

第二次大戦後、物流の中心が水運から自動車輸送に移行すると閘門の必要性も減少し、昭和43年(1968)に閉鎖、昭和51年(1976)には名古屋市は松重閘門を廃止した。

P5042427_convert_20150524175719.jpg

4本の尖塔を持つ姿は地元住民に親しまれ、当初撤去が予定されていた松重閘門は、住民の要望で保存されることになった。

P5042428_convert_20150524175008.jpg

松重閘門の設計は名古屋市建築課の藤井信武による。

P5042435_convert_20150524174252.jpg

構造は鉄筋コンクリート造で尖塔の壁面は人造石塗り洗出し仕上げ、基壇の一部に花崗岩が張られている。

P5042425_convert_20150524174407.jpg

西欧の城郭を思わせる尖塔。

P50424412_convert_20150524175509.jpg

松重閘門は、名古屋に残る代表的な近代土木遺産と言える。
スポンサーサイト
プロフィール

syoukou

Author:syoukou
(ブログについて)
現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

(写真について)
写真は特記しない限り管理人の撮影です。また絵葉書等の古写真は管理人の所蔵品、もしくは訪問先の展示品を撮影したものです。利用・転載等希望される場合は管理人まで御連絡頂けると幸いです。

(リンクについて)
リンクはフリーです。なお、リンクを張らせて頂いている他の方のページは一部を除き相互リンクとなっております。

(コメントについて)
記事と関係の無いコメントは削除させて頂く場合もあります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード