第914回・百寿橋

P81629422_convert_20150927155036.jpg

奈良県大和郡山市の市庁舎前に架かる百寿橋は、昭和11年(1936)竣功の鉄筋コンクリート造橋梁。

P8162939_convert_20150927155206.jpg

明治30年(1897)、現在の大和郡山市庁舎の位置に生駒郡役所が設置された。郡役所の前に架けられた木造の橋が百寿橋と名付けられた。現在の橋は二代目で、昭和11年に市民からの寄付により鉄筋コンクリート造で架け替えられた。

P81629382_convert_20150927235940.jpg

渡り初めの様子を写した古写真。(橋の袂に置かれた解説版より)
4本の親柱には城郭を模した金属製の照明燈が置かれていたが、架橋後ほどなく戦時中の金属供出で撤去された。

P8162941_convert_20150927160012.jpg

照明燈は長らく存在しない状態であったが、平成26年(2014)に市制60周年記念として再び城郭形の照明燈が御影石で再現された。

P8162944_convert_20150927155509.jpg

欄干には大和郡山市の市章が嵌め込まれている。

P81629402_convert_20150927155939.jpg

側面から見ると緩やかな二連アーチの橋であることが分かる。

P81629472_convert_20150927155418.jpg

架橋に要した工事費は当時の金額で3,100円。

P81629482_convert_20150927160217.jpg

再現された照明燈にはLED照明が内蔵されている。

P81629452_convert_20150927160419.jpg

水位が高いのでアーチがよく見えない。

P81629492_convert_20150927155734.jpg

奈良県内に現存する戦前の橋梁の中でも、とりわけ特徴的な意匠である。
スポンサーサイト

第913回・旧武田長兵衞商店(武田道修町ビル)

P81428862_convert_20150823120157.jpg

薬の街として知られる大阪市中央区道修町(どしょうまち)は、江戸時代より薬問屋が軒を連ね、現在も大小の製薬会社が建ち並んでいる。最大手製薬会社である武田薬品工業(株)も、天明元年(1781)の創業以来道修町に本社を構えており、昭和3年(1928)に建てられた旧本社ビルも用途を変えて健在である。

P8142881_convert_20150823122427.jpg

伝統的な薬種商を近代的な製薬会社に発展させた五代目武田長兵衞(1870~1959)は、昭和2年(1927)に幕末に建てられた土蔵造の旧店舗兼居宅を取り壊し、その翌年、跡地に鉄筋コンクリート3階建の新社屋を完成させた。

P81428802_convert_20150823122505.jpg

なお当時の社名は「武田長兵衞商店株式會社」で、現在の社名になったのは第二次大戦中の昭和18年(1943)。

P8142884_convert_20150823120555.jpg

現在はその後行われた度重なる増築により、5階建となっている。なお武田薬品ホームページの会社沿革紹介にて、創建当初の社屋や旧店舗兼居宅の画像を見ることができる。

P8142887_convert_20150823121231.jpg

設計は京都府庁舎の設計者としても知られる松室重光(1873~1937)による。なお五代目武田長兵衞は社屋改築に際し、自らの邸宅も松室に設計を依頼している。この邸宅は神戸市東灘区御影にあり、贅を尽くした英国風洋館で現在は「武田資料館」となっているが一般公開はしていない。

P8142878_convert_20150823120420.jpg

昭和10年代の関西が舞台となっている谷崎潤一郎の小説「細雪」には、道修町の製薬会社を訪ねる場面があり、「會社と云ふのは、堺筋から西へ一丁程這入つた道修町通りの北側に、土蔵造りの昔風な老舗が多く並んでゐる中で、それ一軒だけ近代風な鐵筋コンクリートの建物であるのが直ぐ眼に付いたが、・・・」という描写がある。かつての武田長兵衞商店はまさに谷崎の描写どおりの佇まいであったと思われる。

P8142877_convert_20150823120708.jpg

なお、「近代風な鐵筋コンクリートの建物」の製薬会社は他にもいくつか存在したが、いずれも建て替えられ、新しいビルの一角に装飾の一部などが残されているだけである。建物自体が現在も残されているのは武田道修町ビルのみである。

P8142885_convert_20150823121421.jpg

幸いにして武田道修町ビルは近年耐震補強と改装工事が行われ、現在は公益財団法人武田科学振興財団及び同財団が運営する薬品関係の資料館「杏雨書屋」が入居、新たな用途を得て現在も使われ続けている。

P8142873_convert_20150823122020.jpg

以下、先述の「近代風な鐵筋コンクリートの建物」の遺構を紹介。
大日本住友製薬の本社ビルでは半地階に面した場所に、旧大日本製薬ビルの定礎板と壁面装飾の一部が残されている。

P81428742_convert_20150823121953.jpg

テラコッタ製の鬼面装飾と窓枠、付柱が旧ビルから移設されたもの。

P81428822_convert_20150823121920.jpg

丸善道修町ビルではテラコッタ製の窓飾りの一部が残されている。

P8142865_convert_20150823122215.jpg

塩野義製薬本社ビルでは旧ビルの列柱基壇部分が残されている。

P8142864_convert_20150823121805.jpg

現在の塩野義製薬本社ビルは旧ビルのイメージを取り入れた外観となっている。

IMG_4113_convert_20140209091918.jpg

近代洋風建築は武田薬品1社しか残されていないが、谷崎が「土蔵造りの昔風な老舗」と表現した伝統的な外観の店舗はかつては道修町の大半を占めており、今でも数棟が現存する。旧小西儀助商店はその中でも最も大規模で、国指定の重要文化財である。(旧小西儀助商店については当ブログ過去記事参照)

P81428712_convert_20150823122325.jpg

製薬会社へ生薬等の原料の販売納入を行っている、小城製薬(株)の本社屋。
大正時代に建てられた土蔵造の町屋で、昭和30年(1955)より同社が使用している。

P81428722_convert_20150823122121.jpg

奥には土蔵2棟が見える。なお内部は現代的なオフィスに改装されている。

P8142868_convert_20150823121605.jpg

動物用薬品を取り扱う薬問屋である北垣薬品の社屋は、母屋、土蔵共に文化文政年間 (1804~30) に建てられたとされる。

P8142869_convert_20150823121846.jpg

外観は大正時代に行われた道路拡幅に伴い、大幅な改造が施されているが、道修町のみならず船場一帯でも旧緒方洪庵住宅(適塾)と並ぶ最古級の町家である。

P8142870_convert_20150823195532.jpg

現在も補強改修を加えながら、現役の事務所として使われている。

第912回・レストラン菊水

P81831542_convert_20150924000845.jpg

京都・四條大橋の袂に、以前紹介した東華菜館と鴨川を挟んで斜め向かいに建つクリーム色の洋館がある。西洋料理店の店舗として大正15年(1926)に建てられた。国の登録有形文化財。

P818316522_convert_20150924000658.jpg

店頭に飾られていた創建当時の古写真。手前のアーチ橋は当時の四條大橋で、昭和10年代に現在の橋に架け替えられたため現存しない。前を走る電車は京阪電車と思われる。

P8183161_convert_20150924001120.jpg

南座と向かい合って建っている。かつては南座と北座の二つの芝居小屋があり、レストラン菊水はかつての北座の跡地に建っている。

P81831582_convert_20150924001303.jpg

レストラン菊水は大正5年(1916)、京都で瓦せんべい屋を営む奥村小次郎氏が西洋料理店「菊水館」を創業したことに始まる。

P81831662_convert_20150924000739.jpg

創業10年後の大正15年には、せんべい屋を改装しただけの木造店舗を、鉄筋コンクリート4階建塔屋付の堂々たるビルに建て替えた。

P8183162_convert_20150924001003.jpg

設計・施工は地元の工務店である上田工務店が引き受け、施主の奥村小次郎氏と共に各地の建物を見てデザインを決めたという。

P81831552_convert_20150924000815.jpg

放物線アーチを描く塔屋は、前年に竣工した東京中央電信局(山田守設計、現存しない)の意匠を取り入れたものと思われる。

P8183164_convert_20150924001043.jpg

石張りの1階外壁上部には、陶器製の人面像が嵌め込まれている。

P81831602_convert_20150924000757.jpg

人面像を拡大。

P8183167_convert_20150924000930.jpg

内部は大幅に改装されているが、3階宴会場は照明器具など創建当時の内装がよく残されているという。
(参考)レストラン菊水ホームページ

第911回・東洋紡(株)井波工場

P80126522_convert_20150923003833.jpg

P80126632_convert_20150923004649.jpg

富山県南砺市山見に東洋紡(株)の井波工場がある。かつての富山紡績井波工場として建てられた同工場では、ロマンチックな外観の工場事務所や、展望台のような形状の塵突を持つ工場棟など、昭和初期に建てられた施設が現在も稼働している。

P8012662_convert_20150923004858.jpg

先日紹介した旧井波駅舎から徒歩数分程度の場所にある東洋紡井波工場。現役の工場施設なので立ち入りはできないが、主要な施設の外観は道路からもよく見える。

P80126482_convert_20150923005541.jpg

軒まわりにロマネスク調の装飾が施された、展望台のような建物は塵突(じんとつ)。紡績工場で発生する綿屑や埃などの塵を外部へ排出するための設備である。煙突と同様の役割を果たすことからこの名がある。

P80126472_convert_20150923004621.jpg

塵突の壁面に記された「2591」の文字は皇紀2591年、即ち昭和6年(1931)を示しており、工場の竣工年と思われる。
「№1」は1号棟という意味か?

P80126582_convert_20150923004351.jpg

戦前の工場建築ではよく採用されていた鋸屋根が連なる。
鋸屋根は南側に傾斜のある屋根を配し、北側には採光用の窓を垂直に開ける。その形状が鋸の歯を連想させることからこの名が付いた。

P8012650_convert_20150923005243.jpg

工場の前にはよく整備された庭園があり、木立ちの先に洋館造りの事務所が見える。

P8012651_convert_20150923004937.jpg

庭園も工場や事務所と同時期に整備されたものと思われる。

P8012653_convert_20150923004215.jpg

昭和7年(1932)に建てられた、ハーフチンバー様式の事務所。

P8012657_convert_20150923003936.jpg

現在も事務所として使われている。

P8012654_convert_20150923004424.jpg

壁面はクローバーやダイヤ形の模様で飾られている。工場で勤務する従業員の大半は「女工」と呼ばれた女性の従業員であることから、施設は女性を意識した外観になったものと思われる。

P8012655_convert_20150923004808.jpg

紡績業は戦前における我が国の花形産業であり、各地に大規模な工場が建てられたが、今日も工場や事務所、庭園などが昭和初期の姿を残している現役の施設は非常に珍しい。

第910回・盛岡の写真館(佐藤写真館・ライト写真館・唐たけし写場)

P9053331_convert_20150921235531.jpg

P9053351_convert_20150921233551.jpg

IMG_51532_convert_20150922000541.jpg

旧盛岡銀行本店などの素敵な洋風建築が点在する岩手県盛岡市には、なぜか戦前からの老舗写真館が多い。今回は、現役で営業を続けている佐藤写真館、その向かいにある特徴的な外観のライト写真館、写真館としての役目は終えたが新たな用途を得て再生された旧唐たけし寫場、以上3つの写真館を取り上げる。

P90533362_convert_20150921235300.jpg

盛岡市の中心街、中央郵便局にも近い中央通1丁目にある佐藤写真館。

P90533392_convert_20150921235501.jpg

佐藤写真館は大正2年(1913)の創業で、現在の建物は昭和3年(1928)に建てられた。

P90533372_convert_20150922000053.jpg

屋根窓のある赤い屋根やクリーム色の外壁が、昭和初期のハイカラな写真館の佇まいを残している。

P9053333_convert_20150921235807.jpg

建具がアルミサッシに交換されていたり後年の改修による若干の改変はあるが、概ね創建当初の形を残しているとされる。

P9053335_convert_20150921235741.jpg

壁面には正字体(旧字体)による「佐藤寫眞館」の看板がある。
現在も写真館として盛業中。

P90533502_convert_20150921234050.jpg

佐藤写真館とは斜め向かいに位置するライト写真館。こちらは斬新でモダンな外観が特徴。

P9053347_convert_20150921234118.jpg

ライト写真館は大正15年(1926)創業、現在の建物は昭和8年(1933)竣工。
こちらも近年までは営業されていたようだが、現在は閉じられたようである。

P9053349_convert_20150921234303.jpg

一階中央部分がショウウインドウ、正面向かって右側が写真館入口で、左側、窓越しに和風の障子が見える部屋は館主の住居と思われる。

P90533522_convert_20150921233816.jpg

佐藤写真館と同様、壁面には正字体で「寫眞館」と記された看板がある。

P90533462_convert_20150921234228.jpg

建物の外観を特徴付けている急勾配の屋根はかつては瓦葺であったが、その後トタン葺に改修された。

P9053341_convert_20150921234437.jpg

四半円のモザイクタイル貼り床がある玄関。

P9053340_convert_20150921233936.jpg

玄関脇のレリーフ。

P9053342_convert_20150921233635.jpg

玄関のステンドグラス。

P9053343_convert_20150921234408.jpg

建具も木製ペンキ塗りの古いものがよく残されている。
現在は使われていないように見えるが、このままにしておくのは余りに惜しい建物である。

IMG_5154_convert_20150922000715.jpg

中ノ橋通の旧九十銀行本店(現 啄木・賢治青春館)向かいにある、旧唐たけし寫場。
昭和10年(1935)の創業で、建物は戦争中に一旦取り壊されたが、昭和24年(1949)に再建された。

P90534342_convert_20150922000624.jpg

古い写真館には必ずある、北向きに設けられた採光用の高窓。

P90534112_convert_20150922000603.jpg

現在は改修され、複数の店舗が入居している。
ライト写真館もこのような形で再利用できないものだろうか。

第909回・旧井波駅舎(井波物産展示館)

P8012638_convert_20150903070834.jpg

富山県南砺市(旧井波町)にある井波物産展示館は、加越鉄道(のち加越能鉄道加越線となる。現在は廃線)井波駅舎として昭和9年(1934)に建てられた寺院風の外観が特徴の木造和風駅舎。国登録有形文化財。

P8012633_convert_20150903071226.jpg

現在は物産展示館及びバスの待合所としても使われている。

P8012634_convert_20150903071200.jpg

平成8年(1996)の国による登録文化財制度の導入に際し、富山県では最初の登録物件となった建物である。

P8012637_convert_20150903071012.jpg

駅舎は井波の宮大工、松井角平恒茂によって建てられた。

P80126452_convert_20150903071743.jpg

高欄をめぐらせた宝形造の楼閣が載る。

P8012636_convert_20150903071333.jpg

昭和47年(1972)に加越能鉄道加越線が廃線となったことにより、駅舎としての役目を終えた。

P8012635_convert_20150903071041.jpg

井波町では、仏壇や欄間などを飾る彫刻が地場工芸として今日も盛んである。
この建物でも、内部には当地にふさわしい欄間彫刻もあるという。

P8012642_convert_20150903070937.jpg

残念ながら立ち寄った際は閉じられており、内部を見ることはできなかった。

P8012641_convert_20150903071131.jpg

旧ホーム側からの眺め。

P8012643_convert_20150903071256.jpg

昭和52年(1977)に物産展示館となり、現在に至っている。

第908回・フランソア喫茶室

P81831882_convert_20150903072710.jpg

フランソア喫茶室は、京都市下京区にある昭和9年(1934)創業の喫茶店。店舗は昭和16年(1941)に改装された当時の佇まいが外観のみならず内装調度品までよく残されており、喫茶店としては初めて国の登録有形文化財となった。

P8183195_convert_20150903073024.jpg

京都市随一の繁華街である四條河原町の近く、西木屋通に面して建つフランソア喫茶室。
社会主義者でもあった創業者の立野正一(1908~1995)によって、昭和9年に現在地で創業した。店名の由来はフランスの画家、ジャン=フランソワ・ミレー(1814~1875)による。

P8183187_convert_20150903073157.jpg

写真手前側に当たる北側の棟が昭和16年、奥の南側の棟が戦後(昭和20年代)の改装で完成した。
元々は南北棟共に伝統的な造りの長屋で、昭和9年の創業当初は南側が店舗であった。

P8183196_convert_20150903073059.jpg

昭和16年に北側を洋風に改装したことに伴い、店舗を北側に移した。改装に際しては京大文学部の留学生であり、立野正一と親交があったイタリア人アレッサンドロ・ベンチヴェンニが内外装の設計を行った。

P8183192_convert_20150903072759.jpg

豪華客船の内装をイメージして造られた室内は家具調度品と共に今日までよく残されている。
(参考)喫茶室フランソア ホームページ

P81831883_convert_20150903073358.jpg

戦前戦後を通じて、藤田嗣治(洋画家)や桑原武夫(仏文学者)など、京都における文化人のサロンとしても使われた。

P8183190_convert_20150903072842.jpg

南側の旧店舗部分は昭和16年の改装後は、戦中から戦後の一時期にかけて店主の住居や書店として使われていたが、昭和20年代に店舗の拡張に伴い南側も洋風に改装、現在の姿が完成した。

P8183189_convert_20150903072918.jpg

平成15年(2003)に喫茶店としては初めて国登録有形文化財に認定された。なお、登録文化財に認定されている部分は昭和16年の改装部分のみで、写真の南側部分は認定対象外である。

P8183197_convert_20150903072958.jpg

京都市内にはフランソア喫茶室のほか、戦前からの店舗で営業を続けている喫茶店として、四條河原町の築地、京都大学そばの進々堂などが存在する。

第907回・旧四十三銀行岸和田支店(成協信用組合岸和田支店)

P81730592_convert_20150901221641222.jpg

大阪府岸和田市にある成協信用組合岸和田支店の建物は、大正9年(1920)に旧四十三銀行岸和田支店として建てられた。煉瓦タイルと花崗岩貼りのツートンカラーの外観が特徴的。

P81730512_convert_20150901222240.jpg

全景。
設計者は不詳であるが、東京駅や大阪市中之島公会堂などで知られる辰野金吾の可能性もあるとされる。

P8173053_convert_20150901223037.jpg

紀州街道に面して建っている旧四十三銀行。
手前の石橋は欄干橋。この建物が建った大正時代には、欄干橋周辺が岸和田市内でも最も繁華な地区であったという。

P81730432_convert_20150901222737.jpg

建物前には岸和田市が設置した解説板が置かれている。写真は解説板の古写真より。
創建当初の写真と思われる。

P81730472_convert_20150901222759.jpg

古写真と比較すると、創建当初からの外観がほぼそのまま残されていることが分る。

P81730402_convert_20150901223402.jpg

外壁は煉瓦タイルと花崗岩による赤白ツートンカラーの組み合わせであるが、側面一間分だけ全面白タイル貼り仕上げとなっている。

P81730392_convert_20150901222353.jpg

四十三銀行は明治11年創業の旧国立第四十三銀行を前身とする、和歌山市に本店を構える地方銀行であったが、昭和5年に紀陽銀行ほかに分割買収され、その歴史を閉じている。

P8173041_convert_20150901221340.jpg

玄関奥には腰壁に大理石を用いた風除室が見える。内部も二層吹き抜けの営業室など、古い造りがよく残されているようだ。
但し現在も現役の金融機関であるため、内部見学はできない。

P81730482_convert_20150901222655.jpg

P8173049_convert_20150901222823.jpg

P81730562_convert_20150901221809.jpg

外壁の装飾を拡大。

P81730552_convert_20150901222146.jpg

屋根上の軒飾り。

P8173045_convert_20150901221058.jpg

曲線を描く外壁コーナー部分。

P81730422_convert_20150901222013.jpg

文化財等の指定・登録はなされていないが、今後もぜひ保存して欲しい建物である。
プロフィール

syoukou

Author:syoukou
(ブログについて)
現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

(写真について)
写真は特記しない限り管理人の撮影です。また絵葉書等の古写真は管理人の所蔵品、もしくは訪問先の展示品を撮影したものです。利用・転載等希望される場合は管理人まで御連絡頂けると幸いです。

(リンクについて)
リンクはフリーです。なお、リンクを張らせて頂いている他の方のページは一部を除き相互リンクとなっております。

(コメントについて)
記事と関係の無いコメントは削除させて頂く場合もあります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード