ブログアクセス20万突破の御礼

いつも弊ブログを御訪問頂き、ありがとうございます。
おかげさまで本日、ブログアクセスが20万を突破致しました。
御訪問頂く皆様に心より御礼申し上げます。

昨年より更新が滞りがちではございますが、引き続き弊ブログを宜しくお願い申し上げます。
スポンサーサイト

第918回・浅井家住宅

P8162977_convert_20151013002326.jpg

浅井家住宅は、奈良県大和郡山市にある明治初期の擬洋風建築。明治維新により廃城となった郡山城の部材を用いて建てられたと伝わる。

P8162976_convert_20151013002430.jpg

全景。伝統的な造りの町家に連なる形で洋館が建っている。

P8162978_convert_20151013002408.jpg

洋館正面。

P8162980_convert_20151013002505.jpg

奈良県下に現存する明治初期の擬洋風建築では、生駒山の宝山寺獅子閣と並ぶ存在。

P81629842_convert_20151013002647.jpg

郡山城の部材を用いて建てられたためか、屋根瓦には郡山城主である柳沢家の家紋がある。

P81629812_convert_20151013002854.jpg

2階のバルコニー。

P8162985_convert_20151013002723.jpg

1階はアーチ型の玄関と窓が2つ連なる。

P81629792_convert_20151013003335.jpg

藤森照信氏の著書「日本の近代建築(上)」では、擬洋風建築の一例として紹介されており、軒下の壁面にアルファベット状の奇怪な装飾が黒漆喰で描かれているとのことだが、改装により失われたのか、存在は確認できなかった。

P8162982_convert_20151013002923.jpg

第917回・柳沢文庫

P81629212_convert_20151013000507.jpg

奈良県大和郡山市の郡山城跡に、旧郡山藩主・柳沢家の邸宅の一部が保存されている。明治期に郡山別邸として建てられた部分と、昭和初期に東京・芝の本邸から移築された部分で構成されている建物は、現在、柳沢家所蔵の歴史的資料や、地域の歴史資料を保存、公開する柳沢文庫の施設として利用されている。

P8162918_convert_20151013000644.jpg

柳沢家は享保9年(1724)に郡山城に入城、明治4年(1871)の廃藩置県までの約150年間、郡山藩主として同地を治め、明治以降は華族に列せられ、伯爵位を授けられた。なお、現在でも大和郡山市の産業として知られている金魚の養殖は、柳沢家が郡山入城に際し、趣味で飼っていた金魚も持ち込んだことによる。

P8162920_convert_20151013000804.jpg

玄関車寄せ部分は、もともと東京・芝に建てられた本邸の一部であったが、関東大震災後の復興事業による道路拡幅で立ち退きが必要とされたため、昭和3年(1928)に郡山別邸に移築・接続したものである。

P81629222_convert_20151013001416.jpg

玄関車寄せの懸魚と蟇股には、柳沢家の家紋が彫り込まれている。

P8162925_convert_20151013000717.jpg

これらの邸宅を建てたのは、明治後期から昭和初期にかけての柳沢家当主で、統計学者としても知られる柳沢保恵(1871~1936)伯爵である。以前当ブログで紹介したニッカウヰスキーの出資者でもある。

P8162930_convert_20151013000552.jpg

戦後の昭和35年(1960)、保恵の死後家督を継いだ柳沢保承により、柳沢文庫として公開されるようになった。

P8162932_convert_20151013001002.jpg

柳沢文庫玄関と向かい合う位置には、昭和初年に前庭として築造された庭園が残されており、その中に一棟の亭がある。
柳沢家が営む養魚場から移築されたもので、かつてはこの周囲にも金魚池があったという。

P81629332_convert_20151013001235.jpg

亭の屋根の上部にも、柳沢家の家紋がある。

P8162927_convert_20151013000836.jpg

傘のような亭の天井。

P8162929_convert_20151013000930.jpg

亭の中から望む旧本邸玄関車寄せ。

第916回・七条大橋

P8183138_convert_20151013235359.jpg

京都の鴨川に架かる七条大橋(七條大橋)は、明治期の意匠を残す鉄筋コンクリート造の橋梁。明治44年(1911)に起工、大正2年(1913)に竣工した。土木学会の選奨土木遺産に認定されている。

P8183129_convert_20151014000425.jpg

東海道新幹線が京都に差し掛かった際、車窓から鴨川を望むとまず眼に入るのが七條大橋の5連アーチ。

P8183136_convert_20151014000400.jpg

現在、鴨川に架かる橋では最も古い橋である。我が国における鉄筋コンクリート造の橋梁としても最初期のものであり、かつ大規模なものである。

P8183147_convert_20151013235722.jpg

京都市電が橋上を走る橋として、道路拡幅と合わせて計画され、大正2年に上流の四條大橋と共に竣功した。

P8183141_convert_20151014001324.jpg

四條大橋も七條大橋とよく似た鉄筋コンクリート造のアーチ橋であったが、昭和17年(1942)に現在の橋に架け替えられた。
(かつての四條大橋については、こちらの過去記事も参照されたい)

P8183144_convert_20151014001050.jpg

設計は東京帝国大学教授の柴田畦作、意匠設計は森山松之助と山口孝吉による。

P8183137_convert_20151014000542.jpg

なお森山松之助は、台湾総督府技師として日本統治期の台湾に数多くの建物を残し、また当ブログでも以前取り上げた長野県岡谷市の片倉館などの設計で知られる建築家である。

P8183150_convert_20151013235805.jpg

親柱は現在東側は改装され、西側のみ創建時のものが残されている。「七條大橋」と刻まれた白大理石の銘版が嵌め込まれている。

P81831514_convert_20151014001805.jpg

親柱の上には金属製の照明燈があったが、戦時中の金属供出により欄干と共に撤去された。
欄干はその後新しいデザインで作り直されたが、親柱の照明燈は復活することなく現在に至る。

P81831513_convert_20151014000238.jpg

起工・竣工時期が記された銘版も南西側親柱の側面に嵌め込まれている。
「明治四十四年十一月起工、大正二年三月竣工」とある。

P81831422_convert_20151014001743.jpg

架橋から百年以上経った現在も現役である。

第915回・旧和泉銀行本店

P8173026_convert_20151012223215.jpg

旧和泉銀行本店は、大阪府岸和田市にある昭和初期の銀行建築。岸和田を本拠とする寺田財閥の一員であった和泉銀行の本店として、昭和8年(1933)に建てられた。大阪の綿業会館や、神戸の商船三井ビルの設計でも知られる渡辺節の設計による。国登録有形文化財。

P8173033_convert_20151012223643.jpg

紀州街道に面して建っている旧和泉銀行。

P8173035_convert_20151012223437.jpg

P8173037_convert_20151012223349.jpg

紀州街道沿いには旧和泉銀行のほか、以前取り上げた旧四十三銀行を始めとする洋風建築や、重厚な町家など古い建造物が点在している。

P81730282_convert_20151012223615.jpg

外壁を明るい黄褐色のタイル貼りとし、二層を貫く大きなアーチを開ける外観は、同じ設計者による旧神戸証券取引所(現神戸朝日ビル)の玄関部と似ている。

P8173062_convert_20151012223915.jpg

設計者である渡辺節は、旧和泉銀行のほか、寺田財閥の社交場である自泉館(現自泉会館)や、寺田甚吉邸(現存せず)など、寺田財閥関係の設計をいくつか手掛けている。

P8173030_convert_20151012223243.jpg

正面アーチの上部を飾るメダリオン。

P81730292_convert_20151012223848.jpg

なお、内部も創建時の装飾がよく残されており、二層吹き抜けの営業室を飾る付柱の頂部は、イルカを象った珍しいものである。(参考:ブログ「洋館マニアの散歩道」様の記事より)

P8173064_convert_20151012223323.jpg

和泉銀行は大正11年(1922)に設立、昭和15年(1940)に合併により設立された阪南銀行に引き継がれるまでの18年間だけ存在していた銀行である。なお、阪南銀行はさらに短命で、5年後の昭和20年(1945)に住友銀行(現三井住友銀行)に合併されている。

P8173027_convert_20151012223412.jpg

平成16年(2004)まで金融機関の店舗として使われてきたが、現在は地元の有志によって改修され、「C.T.L BANK」という名の多目的施設として活用されている。
プロフィール

syoukou

Author:syoukou
(ブログについて)
現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

(写真について)
写真は特記しない限り管理人の撮影です。また絵葉書等の古写真は管理人の所蔵品、もしくは訪問先の展示品を撮影したものです。利用・転載等希望される場合は管理人まで御連絡頂けると幸いです。

(リンクについて)
リンクはフリーです。なお、リンクを張らせて頂いている他の方のページは一部を除き相互リンクとなっております。

(コメントについて)
記事と関係の無いコメントは削除させて頂く場合もあります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード