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第1245回・旧有島武郎別荘(浄月庵)

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軽井沢にある「軽井沢高原文庫」に移築、公開されている「浄月庵」は、大正期の人気作家として知られる有島武郎(1878~1923)の別荘であった。外壁を杉皮張りとした素朴な造りの山荘であるが、愛人との心中という形で最期を迎えた建物としても知られる。

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「浄月庵」の向かいには道路を隔てて、以前紹介した野上彌生子の書斎や堀辰雄山荘があり、いずれも「軽井沢高原文庫」の施設として見学が可能である。

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2階に有島武郎についての展示室が設けられている。
以前は階下の一室を喫茶室としていたが、訪問時は営業していない様子であった。

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外観、内装共簡素で、外壁を杉皮貼りにするなど和風の要素が強い建物であるが、屋根窓のある急勾配の屋根や、張り出したベランダなど、明治末期以降の小規模住宅で多く採用されたコテージ風の山荘である。

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有島武郎の父であり、官僚・実業家であった有島武(1842~1916)の別荘として大正初期には建てられたと思われる。

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正確な創建時期や設計者などは不明であるが、階段下の作り付け箪笥など、建築家よりは地元の大工棟梁の手によるものと思われる工夫が見られる。

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有島武の死後は武郎が毎夏を過ごし、代表作の一部はこの別荘で執筆されたという。

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大正12年6月9日に愛人である波多野秋子と1階の一室で縊死心中、1ヶ月後に発見されたときには2人とも判別も付かない腐乱死体と化していた。2階の資料室にはその模様を伝える新聞記事が展示されている。

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元々この別荘は、旧軽井沢の三笠地区の一角にあり、今も残る旧三笠ホテルの近くにあった。心中事件の後は他所に移築され集会所として使われていたが、保存のため軽井沢高原文庫に二度目の移築が行われた。

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三笠地区の跡地には現在、有島武郎終焉の地であることを示す碑が立っている。
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過去記事の更新について

いつも弊ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。

第1回目の旧兵庫県庁舎の記事について内部の写真を追加し、外観の写真も一部追加または差し替え、本文も書き直しました。
外観は10年前の記事作成当時の写真が中心ですが、冒頭の写真は外壁の改修が行われた後に再訪したときのものです。

もしよろしければ御覧頂けると幸いです。

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