第1031回・多度津の合田邸(その2)

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前回に引き続き、香川県多度津町の合田邸の紹介。
今回は、(その1)で紹介した玄関棟や応接間等の奥にある、洋館や茶室、大広間、離れ座敷等である。特色ある一連の建築群は、地方の素封家によって建てられた和洋を取り交ぜた近代の邸宅として、三重県桑名市にある国指定重要文化財の旧諸戸邸(西諸戸邸)などに比肩しうる存在ではないだろうか。

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主屋から中庭に面した大広間棟へと続く渡り廊下。

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主屋、書斎、大広間に囲まれた坪庭に建つ茶室「硯滴庵」。
合田邸を度々訪れていた歌人・吉井勇が愛惜したという茶席で、硯滴庵(けんてきあん)の名も吉井勇の命名による。三畳台目の茶席で、表千家不審庵の写しとのことである。現在は荒廃しているが、かつては風情ある露地も設えられていたものと思われる。

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渡り廊下沿いにある手洗いに設えられた手水鉢。

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渡り廊下を進むと、中庭に面した大広間の畳廊下(公開当日畳は上げられていたため、下地の床板がむき出しになっている)に至る。

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中庭側から望む主屋。
石燈籠の後ろに見える手水鉢の下には、水琴窟が設えられているという。

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主屋の屋根瓦。合田邸内の建物の屋根には、いずれも桟瓦もしくは洋瓦が用いられているが、主屋のみ本瓦葺となっている。本瓦葺は古くから城郭や社寺建築に用いられていた重厚で格式の高い屋根であるが、費用がかかり、かつ屋根が重くなるのが弱点で、やがて明治初期に考案された桟瓦に取って代わられる。

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大広間の縁側から中庭を望む。主屋の脇に見えるのが大広間と向かい合う形で建っている洋館。
中庭は今回公開されるまで、周囲の建物とともに荒廃が著しかったとのことだが、「合田邸ファンクラブ」の方々や合田家の御当主が、大きくなり過ぎた庭木の伐採や掃除を行った結果、埋もれていた庭石などが漸く姿を現したという。

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中庭に面して色鮮やかなタイル張りのテラスを張り出す洋館は、3代目当主の合田健吉によって、来客の接待及び宿泊のためのゲストルームとして建てられた。半地階を備えた2層の建物で、上階には暖炉を備えたホール及びバーカウンター付きの談話室があり、地階にはベッドルームが2室設けられている他、専用の浴室もあるという。

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洋館の建設時期は大正末期から昭和3年までの間と思われる。
内装、家具調度品も贅を尽くしたもので、金箔で縁取られた鏡飾りのある白大理石製の暖炉や、現在はどれだけ現存するのか不明であるが、随所に多くのステンドグラスが嵌め込まれていたようだ。

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洋館の屋根には、大正期の建築によく見られる半円アーチの3連窓を設け、テラスへの出入り口の欄間にはアールデコ調の飾り格子を嵌め込むなど、建てられた時期の洋風建築のデザイン傾向が窺える。なお、欄間の両脇にはかつては照明燈があったものと思われる。

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色鮮やかな各種のタイルを、床に不規則に敷き詰めた洋館のテラス。
兵庫県の旧甲子園ホテルや長崎県の雲仙観光ホテルでも、酒場(バー)の床に似たようなものが見られる。

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テラスの明り取り窓から地階を見る。窓が無く、吹き曝しになっている。
失われているのか、取り外されているのかは不明であるが、全体的にかなり老朽化が進んでいるのは否めない。しかし、このまま朽ちさせてしまうには余りにも惜しい。

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四国で近代の邸宅と言えば、いずれも国指定重要文化財である徳島の旧三河邸、愛媛の旧久松伯爵邸(萬翠荘)、香川県内では高松の旧松平伯爵邸(披雲閣)などがあるが、合田邸も修復すればこれらの建物に並ぶ存在になるのではないかと個人的には思う。

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洋館とは繋がっており、そして主屋とは中庭を挟んで向かい合う形で建っている二階建の離れ。2代目当主の合田房太郎が建てたと思われる、2棟の離れのうちの1棟である。写真の左側が洋館、右側は大広間棟で、その奥には土蔵と煉瓦倉庫が見える。

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戸袋に至るまで全面を硝子張りにしているのは珍しい。離れの内部は、金箔及び銀箔を貼った襖がある「金の間」「銀の間」のほか、特異なのは二階に「えじぷとの間」と称される座敷があり、書院窓などにエジプト模様の装飾が施されているという。他に類例を聞かない珍しい建物であるが、残念ながらこの建物も、洋館と同様に老朽が甚だしく、内部は非公開であった。

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3代目合田健吉によって建てられた大広間棟「楽々荘」。
北原白秋の命名による。建具には輸入品と思われるが、大型の一枚硝子を用いており、隣接する離れと比べてより近代的な印象を与える和風建築である。

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内部は30畳の広大な座敷で、天井は黒漆塗りの折り上げ格天井で大小5つのシャンデリアを吊るす。合田家と親交のあった北原白秋は合田邸来訪に際し、この座敷で手足を伸ばして寛ぎ、「楽々荘」の名を贈ったという。

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大広間の書院窓。

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天井中央の大シャンデリアは、合田家の家紋である方喰(かたばみ)をあしらった特注品。

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大広間縁側の花頭窓。
欄間には斜め格子の障子を入れている。

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大広間は周囲の畳廊下や次の間も加えると、50畳以上の広さになる。
硝子戸の先には、中庭越しに洋館の正面が見える。

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大広間の畳廊下から望む、背後の土蔵と煉瓦倉庫、及び隣接する離れ座敷。

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大広間と背後の土蔵の間には厠が設けられており、その手前に手洗い場が設えられているが、こちらは手水鉢ではなく陶器製の噴水台が置かれている。

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ブログ主が訪問したのは公開初日で、当日は大広間で「合田邸ファンクラブ」の活動紹介及び公開までの経緯の説明などが行われていた。(写真は開催前)中庭周りなど、老朽と荒廃が進んでいた邸宅を、ボランティアで清掃、補修の上一般公開にまで漕ぎつけた関係者の努力には、ただ頭が下がるばかりである。

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長年点燈することはなかった大広間のシャンデリアも、公開に先立ち補修されたとのことで、公開当日に燈された。

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催しはファンクラブの方々を始め、5代目に当たるという合田家の現ご当主夫妻を始め、多度津町長や教育長なども参加、合田邸の保存に向けた関係者の熱意が感じられる素晴らしいものであった。この屋敷が将来、多度津町の誇るべき文化遺産になることを願わずには居られない。

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相当老朽が進んでいる建物もあるが、是非とも一括した形で後世に残して頂きたいものである。
そして拙劣な内容ではあるが、前後2回に亘る当ブログ記事を以て、合田邸の魅力を少しでも、一人でも多くの方にお伝え出来れば幸いである。

(注)本記事の作成に際しては見学会当日配布資料のほか、内部非公開の洋館や離れ、茶室については以下の資料を参照させて頂いた。

「香川県の近代化遺産(建造物等)総合調査報告書」 平成17年 香川県教育委員会編集・刊行 
「新讃岐の茶室」 昭和49年 十河信善・入倉忠雄著 毎日新聞高松支局刊行 

(平成29年11月3日追記)
平成29年9月23日に行われた3回目の一般公開の模様を、(その3)として記事にしました。
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