第1030回・多度津の合田邸(その1)

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香川県仲多度郡多度津町本通にある合田(ごうだ)邸は、明治から昭和にかけて、讃岐の近代産業や文化を牽引した「多度津七福神」と称される富豪の唯一現存する邸宅である。大正から昭和初期にかけて建てられた和洋の多彩な建築群から構成される当邸は現在、保存に向けた取り組みが始まっている。当ブログでは先日初めて公開された合田邸を2回に分けて紹介したい。

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合田邸正面。写真手前から土蔵、来賓用門、玄関棟、応接間、土塀が続く。
合田邸を建てたのは、合田家2代目当主の合田房太郎(1861~1937)、3代目当主の合田健吉(1897~1975)で、昭和3年(1928)に現在の姿が完成したという。

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合田家は米穀肥料商から財を成し、2代目房太郎及び3代目健吉の二代に亘り、四国電力の前身に当たる四国水力電気や多度津最初の銀行である多度津銀行などの要職を歴任、「多度津七福神」の一員として讃岐及び四国地方の近代化に貢献した。また、房太郎・健吉は共に多額納税者として貴族院議員に選出されている。

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黒漆喰で仕上げられた玄関棟。この奥には本瓦葺きの主屋が建っている。
現在は壁土がかなり崩れ落ちているが、玄関棟両脇の土蔵と土塀も黒漆喰仕上げで、往時は非常に重厚な屋敷構えを見せていたものと思われる。

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玄関棟に続いて建っている応接間は、緑がかった釉薬をかけたタイル張りの洋館。街路に面した2つの小窓にはステンドグラスが嵌め込まれている。かつては金属製の格子があったようだが、現在は外されている。

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側面(北側)に回ると、塀越しに(写真奥から)書斎、大広間棟、土蔵、そして煉瓦倉庫が建っている。
土蔵は街路側のものとは異なり、白漆喰とナマコ壁仕上げであるが、こちらも壁土がかなり崩れ落ちている。

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土蔵に続いて建つ煉瓦倉庫。邸内では一番大きな倉庫である。個人邸で土蔵に加え煉瓦造の倉庫を持つ家は珍しく、多度津七福神と称された合田家の財力が偲ばれる。

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反対側(南側)に回ると、茶色い洋瓦葺の屋根に暖炉用の煙突がある洋館が見える。またその手前には、老朽が著しいが2棟ある離れのうちの1棟も見える。邸内には13棟(玄関棟、主屋、応接間、書斎、大広間、洋館、茶室、離れ2棟、土蔵2棟、煉瓦倉庫、ボイラー室)の建物がある。

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玄関棟脇の来賓用門は、応接間と同様に洋風に造られており、花崗岩と凝灰岩を組み合わせた重厚な造りで門柱の上にはアールデコ調の門燈が付く。門柱の石材は、形状・色調ともに左右対称になるように造られている。

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平成28年11月3~6日に、多度津町内外の有志によって結成された「合田邸ファンクラブ」の方々の努力と、合田家現当主の好意によって、初めての一般公開が行われた。

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玄関棟と主屋の間に造られた来賓用玄関。合田家には、香川県出身の第68・69代内閣総理大臣・大平正芳(1910~1980)や、歌人の北原白秋(1885~1942)、吉井勇(1886~1960)など、政治家・文化人も度々訪れており、邸内には彼らの命名による建物もある。(後述)

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玄関棟の家人用玄関を入ると、八角形を重ねた意匠の飾り窓がまず目に入る。
屋内に上がり、主屋と向かい合う縁側の廊下を進むと、応接間への扉がある。

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応接間の入口脇に取りつけられた、羽を広げた鷲を象ったデザインの帽子掛け。

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応接間内部。街路からも見えるステンドグラスの小窓が暖炉脇に配されている。
照明器具や家具など、創建時のものがよく残されている。

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玄関棟、来賓用門、応接間など街路に面した部分は、3代目当主の合田健吉によって昭和3年までに造営されたと思われ、その奥は2代目と3代目がそれぞれ建てた建物が混在している。

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暖炉に据え付けられた瓦斯ストーブは、近年まで実際に使われていたという。

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玄関棟及び応接間の奥には坪庭を挟んで主屋が建っている。主屋は2代目房太郎によって建てられた本瓦葺きの重厚な日本家屋である。また、主屋に隣接して3代目健吉によって建てられた書斎棟が建っている。(写真奥の建物)

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主屋座敷の床の間。
金粉を散らした壁紙や欄間の彫刻、書院窓など、豪商の屋敷にふさわしい造りが見られる。

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繊細な組子細工が施された書院窓の欄間飾り。

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主屋縁側から望む応接間棟。

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応接間の窓から望む書斎棟。
主屋とは短い渡り廊下で結ばれており、応接間棟と斜めに向き合う形で建っている。自然石を積み上げた基礎に数寄屋風の杉皮貼り外壁、斜め格子の両開き窓にハーフチンバー風の妻壁という外観を有する、和洋折衷の山小屋風洋館である。

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書斎も応接間と同様、一室のみの小規模な洋館である。窓際に配された応接用のソファとテーブル、机など、応接間と同様に創建時からの内装や調度類がよく残されている。

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書斎の書棚。漱石全集などが見える。
書棚の手前には造りつけの金庫室がある。

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応接間・書斎に残る家具。いずれも昭和初期のものである。
(左)応接間の椅子(右)書斎の机

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応接間・主屋・書斎の照明器具。昭和初期のアールデコ風意匠が見られる。
(上左)主屋縁側の吊り燈籠(上右)応接間の照明
(下左)書斎の照明(下右)書斎机の電気スタンド

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次回は主屋の奥にある大広間棟のほか、外観のみの公開ではあるが、中庭に面して建っている洋館や離れなどの建物を紹介したい。

合田邸 (その2)へつづく
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No title

書斎の金庫の写真があれば、見たいですね。

Re: No title

ご期待に沿えず大変恐縮ですが、金庫の写真はございません。
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