第1038回・旧長尾欽彌別邸(扇湖山荘)

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鎌倉市鎌倉山1丁目にある「扇湖山荘」は、わかもと製薬の創業者、長尾欽彌の別邸として昭和9年(1934)に建てられた。相模湾を望む広大な敷地に、飛騨高山の養蚕農家を移築改造した和洋折衷の本館、伏見宮邸から移築されたとされる茶室「伏見亭」、近代を代表する造園家・小川治兵衛の作庭になる庭園から構成される山荘である。平成22年(2010)に鎌倉市の所有となり、現在は春と秋の年2回、庭園を中心に一般公開が行われている。

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山荘の正門。昭和の始めから第二次大戦前にかけて、胃腸薬「わかもと」の製造販売で財を成した長尾欽彌はその妻、長尾よねと共に晩年をこの山荘で過ごした。東京世田谷にあった本邸「宜雨荘」は現在、その一部(東京都立深沢高校敷地内「清明荘」)が残るだけであるが、「扇湖山荘」は敷地は縮小されたものの、建物や庭園の主要部は現在もよく残されている。

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正門をくぐると切通しの道があり、右手に本館及び周辺庭園、左手に茶室「伏見亭」の庭園がある。写真は本館と茶室との分岐から正門側を振り返った眺めである。上に写っているのは、茶庭と本館側の庭を結ぶ橋。

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正面から見ると大きな銅版葺の屋根と車寄、その前に配された円形のロータリーの植え込みが目に入る。一見平屋建に見えるが、地階を備えた二階建である。扇湖山荘は昭和56年(1981)に三和銀行(その後合併により東京三菱UFJ銀行)が取得、平成22年(2010)に東京三菱UFJ銀行から鎌倉市に寄贈されるまで、「鎌倉園」の名で研修所として使われていた。

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本館脇の庭門をくぐると斜面になっており、本館の全景を見ることができる。鉄筋コンクリート造の地階の上に二層の木造部分が載る。木造部分は飛騨高山の養蚕農家として使われていた古民家を移築改造したものである。設計者は長尾家本邸の設計も手掛けた大江新太郎と、その弟子の森口三郎による。

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大江新太郎(1876~1935)は、日光東照宮などの修復や明治神宮の造営を手掛け、近代日本の建築家の中でも特に和風建築に造詣の深い人物のひとりで、代表作として明治神宮宝物殿(国指定重要文化財)がある。邸宅では三菱財閥第四代社長・岩崎小彌太邸(戦災で焼失)や、陶芸家としても知られる川喜田久太夫(半泥子)邸(解体保存中)があるが、現在もそのまま残されているのは旧長尾欽彌別邸のみである。

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地階部分はアーチ型の開口部が連なる洋風の造りとなっている。
窓を覗くとカーテンの隙間から和室が見えたが、研修所として使われていた時期に造られた宿泊室などではないかと思われる。

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長尾別邸時代、地階は長尾夫妻が集めた美術品の収蔵庫となっており、戦後の一時期は私設美術館(長尾美術館)の展示室としても使われていたという。

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地階の上部はテラスになっており、木造部分の1階から出られるようになっている。
テラスの欄干には造りつけの照明ボックスがある。

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1階テラス。床には砕いた陶片が敷き詰められている。

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テラスから相模湾及び三浦半島を望む。
扇型に見える海が湖のように見えるとされることから、「扇湖山荘」の名が付いている。

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先述のとおり、木造部分は飛騨高山の古民家を移築したものであるが、移築に際しては洋風の地階を設けるなど、内外装にわたって改造が施されている。

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地方の古民家を買い取って改造を施し、自邸や別邸に移築する例は、弊ブログでも以前紹介した軽井沢の「三五荘」や、御殿場の旧秩父宮御別邸などが存在するが、扇湖山荘は建築家の手による大幅な改造が施されている点が特徴である。

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再び本館の正面に戻り、玄関の車寄。
地階部分と同様移築に際しての新設部分であるが、移築部分の大屋根を縮小したような形態である。

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式台を備えた正面玄関。
長尾欽彌・よね夫妻は、公爵で元首相の近衛文麿など各界の著名人と幅広く親交があったことで知られる。この玄関も、かつては様々な人物が出入りしていた筈である。

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1階玄関脇の居間は太い梁や柱など古民家の部材を活かした造りで、バーカウンターも備えた洋室になっている。

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収集した美術品の展示用に造られたのか、居間には造りつけの陳列棚がある。
大江新太郎が設計した明治神宮宝物殿内部にも、同じようなデザインの陳列棚がある。

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後補とのことだが、居間には囲炉裏も切られている。

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和室部分は古民家の造りを残す土間部分と、移築に際し全面的に改装された書院部分がある。
写真は土間部分で、奥には2階への階段が見える。

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なお、扇湖山荘の公開は基本的に庭園が中心で、建物内部の見学は窓から覗き見る形になる。写真の土間部分は唯一立ち入りが可能な区域であるが、上がることはできない。無論、2階は完全非公開。

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書院部分は「金の間」「銀の間」と称される二間続きの座敷と広縁で構成されている。
写真は花頭窓がある「銀の間」

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折上格天井を備えた「金の間」

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欄間や建具、照明器具など、館内の至る所に斜め格子のデザインが見られる。

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六角形の地階小窓と、テラスの床に敷き詰められた陶片に見られる刻印。

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書院鴨居の千鳥型釘隠しと、戸袋の透かし彫り。

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茶庭にある茶室「伏見亭」は、敷地内でも最高所にある。
山荘内の庭園は、茶庭を含めいずれも旧山縣有朋邸(無隣庵)などで知られる七代目小川治兵衛と、岩城亘太郎の手になるものである。

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昭和9年の山荘造営に際し、伏見宮邸から移築されたとされる茶室。

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「伏見亭」の床の間。

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現在、扇湖山荘は庭園が年2回公開されているが、本格的な保存活用の用途は未だ決まっていないようである。庭園は鎌倉の造園業者で構成される「鎌倉造園界」がボランティアで手入れをされているとのことである。

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今後の整備について課題は多いと思われるが、鎌倉における近代の優れた邸宅遺構として、有効に保存活用されることを期待したい。

(弊ブログ関連記事)
旧秩父宮御別邸
三五荘
明治神宮宝物殿
旧川喜田久太夫(半泥子)邸
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扇湖山荘本館

やっと建物が見えました。鎌倉で最も敷地面積が広いのでは? 製薬会社で財を築いた長尾欽弥の別邸として飛騨高山の民家を移築改修 昭和6年に着工し9年に竣工。設計は大江新太郎、森口三郎 海が扇型に見える事から扇湖山荘と名付けたのだが、ちょっとしか見えない 2階からなら、もう少し見えるのであろう ...

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