第1109回・中央印刷社屋(旧片倉組事務所)

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長野県岡谷市川岸上1丁目にある中央印刷社屋は、かつて日本最大の製糸工場であった片倉組(現・片倉工業(株))の本部事務所として明治43年(1910)頃に建てられた。その後、片倉組の流れを汲む中央印刷(株)の本社屋として使われ、現在も同社岡谷工場の事務所として使われている。国登録有形文化財。

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片倉組は明治6年(1873)、片倉市助が長野県諏訪郡川岸村(現・岡谷市)で始めた座繰り製糸を嚆矢として、明治28年(1895)には片倉兼太郎(初代)によって片倉組が設立された。

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生糸の製造は戦前日本の主要輸出産業であり、日本最大とも世界最大とも言われる製糸企業となった片倉組は財閥(片倉財閥)を形成したが、敗戦に伴う財閥解体で解散、現在は片倉工業(株)として存続している。

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諏訪湖を挟んで岡谷市の対岸にある上諏訪の片倉館は、片倉兼太郎(二代)が従業員の福利厚生のために昭和3年(1928)に建設した洋風建築の温泉浴場で現在、国指定重要文化財となっている。また、世界遺産となっている群馬県の旧富岡製糸場は片倉組(昭和18年以降は片倉工業)が昭和14年から平成17年まで所有していた。

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旧片倉組事務所は明治43年(1910)に、片倉組発祥の地である地垣外製糸場内に本部事務所として建てられ、戦後の昭和22年(1947)には片倉工業の印刷部門が独立して設立された中央印刷(株)の本社事務所となった。

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本社が東京に移転した後は岡谷工場の事務所となり、現在も現役で使用されている。

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構造は木造2階建で、外壁には人造石の付柱が並び煉瓦タイルを貼る。明治後期から大正期の工場における事務所建築の特徴を残している。

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屋根は当初瓦葺であったが、現在は銅板葺きに改められている。

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平成8年(1996)には国による登録有形文化財制度の導入に伴い、長野県における登録有形文化財認定第1号となった。

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旧事務所のそばに建つ倉庫と思われる小規模な煉瓦建築。
岡谷は明治から昭和にかけて生糸の生産で繁栄していた街であり、現在でも国指定重要文化財の旧林家住宅など市内の随所にかつての生糸の都の面影をみることができる。

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岡谷市に現存する同様の製糸業者の事務所建築として、旧山一林組製糸事務所が現存しており、旧片倉組事務所と同様、国の登録有形文化財となっている。
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No title

私の祖父が務めてた会社です。元々岡谷育ちで地元の会社に就職したものの東北から九州まで工場があり転勤だけで7回したそうです。片倉は地方の不良気味だった地方の製糸場を吸収し収益改善を図る事で財閥に成長した会社だったことから全国に工場があって富岡製糸場も片倉の工場でしたし、松本、熊谷、さいたま新都心のショッピングモールも工場跡地だったりと全国規模の企業だったんですね。
今も老舗繊維系企業として頑張っていて、私としては祖父の思い出もあって思い入れのある企業です。

Re: No title

貴重なお話ありがとうございます。自分もそうですが、やはりご自身或いはご家族との思い出がある建物には特別な感情を抱くものですね。
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