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第362回・旧多木久米次郎邸「同比閣」(多木浜洋館)

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我が国における化学肥料製造の草分け的存在としても知られる多木化学(株)の創業者・多木久米次郎が、兵庫県加古川市にある自邸内に迎賓館として建てた洋館。大正から昭和に亘り15年の歳月をかけて築かれ、外観を銅板で覆い尽くした木造四階建の異形の洋館は、地元では「多木浜洋館」または「あかがね御殿」の名で知られている。

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多木化学(株)は創業以来本拠を、加古川市は播磨灘に面した別府(べふ)に置いている。
山陽電車別府駅から播磨灘方面を目指して歩くと、途中多木化学の本社事務所に出会う。大正期以前の建築と思われる木造洋館である。

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多木化学本社玄関。細部までしっかりと造られた洋風建築であることが分かる。
なお、すぐ隣には創業当初、本店としても使われていた多木久米次郎の生家も残っている。

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別府川に差し掛かると、別府港に近い河口付近に異様な建物が見えてくる。旧多木久米次郎邸の洋館である。
大正7年(1918)に建設に着手、銅版張りの外観が完成したのが同13年頃、その後内装工事に着手、完成したのは昭和8年(1933)頃のことであったという。設計者は不詳。

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多木久米次郎(1859~1942)は、家業のひとつであった魚肥製造業を発展させて現在の多木化学を創立、化学肥料の製造販売で産を成し「肥料王」と称された人物。また明治41年から衆議院議員を6期務め、昭和14年から死去まで貴族院議員を務めた政治家でもあった。写真右側に写る森は旧多木邸に隣接する住吉神社。ここの境内には彼の業績を称えるため昭和11年に巨大な銅像が建てられている。

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実業家として、また政治家として郷里加古川に多大な貢献を果たした業績を称え建てられた銅像も、建立から間もなく戦時中の金属供出で姿を消した。現在は、海軍大将で当時内大臣であった斎藤実子爵(銅像建立と同じ昭和11年、2・26事件で暗殺された)の揮毫になる、「肥料王」の文字が刻まれた巨大な御影石の台座だけが残る。その上に置かれた石碑には「多木久米次郎翁銅像應召之址」とある。

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上記台座については後日談があり、自分で「王」と名乗るのは如何なものかという声が周囲から挙がったことを聞いた多木久米次郎は「王」を「主」に変えてこれで問題ないだろう、と片付けたとか。
(このエピソードは「NHK人間大学・近代日本の洋館をさぐる」第8回・肥料王(平成10年11月25日放映)にて藤森照信氏が紹介している)

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街路に面した1階外壁は煉瓦積である。昭和8年頃完成の建物の構造としては古い構造を採っているが、先述のとおり建物の外郭が出来たのは大正13年であり、起工は関東大震災前の大正7年である。

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煉瓦積といっても非常に堅牢に造られており、阪神大震災のときも建物につながる煉瓦塀と共に被害は全く無かったらしい。

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石造、和洋折衷の門。門をくぐるとすぐ右手に洋館玄関、そして現存しないが左手には日本館の玄関があった。

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石造の門は珍しい。
銅製の照明器具は当初からのものと思われる。

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銅板で建物を覆ったのは、潮風から建物を守るためと推測されている。
屋根、外壁、軒裏まで徹底的に銅板で覆い尽くされている。

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播磨灘を望む南側にはベランダ(3階の大きな硝子窓がある部分)を備えている。
全体的に閉鎖的な外観の中でも南側からの眺めは幾分開放的に見える。

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洋館正面。かつてはこの洋館と正面を向い合せる形で日本館が建っていた。藤森照信著、講談社刊「日本の洋館第三巻・大正編Ⅰ」の「多木久米次郎邸」の項には以下のように記載されている。「…現位置に、明治四十三年、豪壮な屋敷を構えた。庭に奇岩怪石を配し、不動明王など石像仏を立て、珍樹を植えた木造総二階の純和風住宅である。」
現在は庭石や不動明王の石像、玄関跡の石畳に面影を残す。

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多木久米次郎は日本館で日常生活を送り、洋館は専ら賓客の接待の為に建てた。室内も外観同様、建築の常識に囚われない大胆不敵な意匠を施した部屋の数々が広がる。

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建物は通常非公開だが、要予約で月に一度公開日を設けている。
残念ながら、内部写真は見学に際し、専ら個人観賞用という条件で撮影させて頂いているためお見せできない。
室内の様子は、下記の公式ホームページや上記の「日本の洋館」で見ることができる。
多木浜洋館ホームページ

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現在は多木家が設立した学校法人が所有・管理しており、多木化学が研修等社用で使用されることも多いようである。

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最上階の四階。一間のみ。

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現在内外装の修復が進められており、外部では戦時中の金属供出で失われた一階格子の復原、長年に亘って閉鎖されていたベランダの改修等が近年完了した。引き続き修復作業は随所で行われる予定のようであり、今後も期待される。

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洋館手前の石組がかつての中庭。中庭を挟んで日本館と洋館が並ぶ構成の邸宅であった。古写真によると日本館も洋館に劣らぬ壮大なものであったようである。

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洋館玄関と不動明王の石像。

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洋館玄関の上部には、明治時代から使い始め、現在も多木化学の商標として使われている「神代鍬」があしらわれている。

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この「神代鍬」の印は多木家の家紋と共に、建物の内外の随所で見られる。先述の門にも同様の装飾が施されている。

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旧多木邸洋館、門、煉瓦塀、銅像台座は平成14年に国登録有形文化財に選定されている。
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