第59回・旧土岐家住宅洋館

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群馬県沼田市の沼田公園内にある旧土岐家住宅洋館は、大正13年(1924)に旧沼田藩主であった土岐家の当主・土岐章子爵の住まいとして、現在の東京都渋谷区広尾に建てられた。平成2年(1990)に洋館部分が土岐家より沼田市に寄贈、現在地に移築された。ドイツの郊外別荘風の外観が特徴の和洋折衷住宅である。国登録有形文化財。

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土岐家は、江戸時代中期の寛保2年(1742)から明治2年(1869)の版籍奉還まで127年にわたり沼田藩主を務め、明治維新後は子爵に列せられた。この邸宅を建てた土岐章(1892~1979)は、最後の沼田藩主である土岐頼知の子で、土岐家の十四代目当主である。

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土岐章が子爵家の家督を継いだ頃には家産が大きく傾いており、そのためか大学卒業後の一時期はパンの製造販売に乗り出すなど、戦前の華族では少々異色の経歴を有する人物である。その後昭和に入ると貴族院議員に選ばれ、敗戦後の貴族院廃止までは政治家として活躍した。なお、その経歴から「パンの殿様」とも称されたという。

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パンの製造販売を経て、東京日本橋でワインの製造販売を手掛けていた近藤商会に入社した土岐章子爵は、発酵学の研究のためドイツに派遣されるが、留学中の大正12年(1923)に関東大震災が発生、日本に戻ることになる。帰朝後新たに土地を求め新築したのが現在残る邸宅である。

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昭和54年(1979)に土岐章元子爵は死去するが、その後も夫人が引き続き居住、使用されていた。平成2年(1990)に、当時の土岐家当主であった鉄道技術者の土岐實光(1922~2011)氏によって洋館部分が沼田市に寄贈され、沼田城址に作られた沼田公園の一角に移築された。

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現存するのは洋館部分のみであるが、内部は和洋折衷となっている。1・2階とも、写真の右半分は和室、テラスの張り出した左半分が洋室となっている。

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館内に展示されている新築当時の設計図の写し。洋館和室部分の先に平屋建ての和風建築が続いていた。また、和洋館の境目に当たる位置には半円形と思われる形状のサンルームが張り出していたようである。

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背面。勝手口の照明や、不規則な形状の銅版を貼り重ねた庇の軒裏などは少々凝ったデザインとなっている。

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玄関の裏手には大谷石の軒飾りを廻した納戸が設けられている。

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変化に富んだ正面外観。ドイツの郊外別荘を模したデザインとされるが、邸宅を新築する直前までドイツに滞在していた土岐章子爵の意向を反映させたものと思われる。但し先述のとおり、外観とは裏腹に室内は約半分が和室で構成されている。

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「牛の目窓」と称される横長の屋根窓はドイツの民家に見られるもので、日本では同時期のドイツ風意匠の洋館である大阪の旧谷口房蔵別邸(大正11年)の屋根にも、同様の意匠を見ることができる。

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設計は伊藤平三郎、施工は森田錠三郎とされるが詳しい経歴等は不詳。大正13年8月に着工、同年12月に竣工したという。

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かつては土岐家の庭園に張り出していたと思われるテラス。土岐章子爵は敗戦後の食糧事情の悪い時期には、かつての経験を活かして邸宅の庭先にパン窯を築き、自らパンを焼いていたという。

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玄関上部のアーチに嵌め込まれたモルタル彫刻のレリーフ。

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玄関脇の照明器具も凝ったデザインである。

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玄関のステンドグラス。同じデザインの窓が3つ連なっている。

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玄関の照明器具と同様、渦巻き状の模様が特徴。

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玄関ホールの先に応接間が設けられている。部屋の隅に切られた暖炉を除き、全体的に簡素な造りの洋室である。なお、突きあたりの硝子戸は外のテラスに続いている。

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応接間の隅には、抽象的なデザインを施した石積みの暖炉が設けられている。暖炉棚の上に土岐章子爵の肖像が飾られている。

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室内は外観ほど凝った造形は見られないが、この暖炉は材料、デザイン共に他であまり見かけない珍しいものである。

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応接間の奥に配された和室。
1階は主要な居室としては以上の2室のみで、その他は玄関ホール、書生室、トイレ、洗面所、納戸等がある。

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2階へ続く階段の親柱にも、ワラビのような渦巻状の装飾が見られる。

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2階も1階と同様に、和・洋1室ずつを配する構成となっている。写真は書斎。

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1階内部の見どころが応接間の暖炉とすれば、2階の見どころは座敷である。一見普通の床の間、書院窓を備えた日本座敷であるが、殿様の屋敷にふさわしく、一段床を高く上げた上段の間が設けられている。

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上段の間を正面から望む。公開されていないが、上段の間の奥には着替え用の小部屋が設けられているという。旧土岐子爵邸洋館は、旧藩主である土岐子爵家の接客内容が部屋の造りに現れている点でも興味深い建物である。

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旧土岐家住宅洋館は平成29年現在、沼田市によって現在建っている旧沼田城址の整備に伴い、中心街への再移築が検討されている。再移築予定地は明治後期の擬洋風建築である旧沼田貯蓄銀行の隣接地であるという。どのように利活用がなされていくかは未知数であるが、再移築を機に、現存しない日本家屋やサンルームも外観だけでも再現されないだろうか。

(追記)
本記事は平成29年3月13日に写真、記事本文ともに全面的に差し替えの上、書き改めました。

(参考資料)
「歴史遺産日本の洋館第4巻 大正編Ⅱ」藤森照信・増田彰久
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