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第614回・旧杉村楚人冠邸(我孫子市杉村楚人冠記念館)

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千葉県我孫子市の手賀沼周辺はかつて、以前取り上げた旧村川別荘など別荘が多く建てられていた。その中で現在一般公開されている建物には、旧村川別荘の他、昨年より新たに公開されるようになった旧杉村楚人冠邸がある。我孫子市指定有形文化財。

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明治から昭和戦前の新聞人・文筆家であった杉村楚人冠(本名・杉村広太郎 1872~1945)は、我孫子には明治45年に土地を購入、小さな小屋を建て週末を過ごしていたが、関東大震災後の大正13年(1924)に現在残る母屋を建てて昭和20年に死去するまで本宅として住んでいた。

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母屋の設計は、旧香港上海銀行長崎支店や神戸の旧トーアホテルの設計者である下田菊太郎。
これまで国内に現存する設計作品は旧香港上海銀行長崎支店のみとされてきたが、二例目が発見されたことになる。下田が耐震構造に精通していた建築家であったことから設計を依頼したものと考えられている。

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しかし竣工後間もなく至る所で雨漏りなどの不備が生じ、施主の杉村楚人冠にとって建物の出来栄えは到底満足できるものではなかったようである。結局自らその後何度も手を加えている。

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なお現在の母屋の姿は、杉村楚人冠が大幅に増改築を施した昭和4年頃の姿に復元を図ったとのことである。

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母屋竣工の翌年・大正14年に母屋に隣接して増築した新館。楚人冠の書斎やベッドルームが置かれていた。
楚人冠は母屋竣工後に下田菊太郎と手を切ったため、この新館の設計に下田は関与していない。

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昭和15年に敷地内に新築した蔵。屋根はセメント瓦が用いられている。

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母屋に戻り、洋館部分の南側を見る。
創建当初は吹き放しのベランダであったというが、昭和3年に行われた改築により、サンルームに改められた。

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暖炉の煙突。暖炉も当初は存在せず、大正15年に増設されている。

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和室部分の外観。一番奥の棟はかつては濡れ縁になっていたが、この部分は楚人冠没後に施された改築をそのまま残している。

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和室縁側及び洋館サンルームから見下ろす位置にある離れの茶室「清接庵」。昭和12年の増築。

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離れの茶室は、楚人冠の寝室としても度々使っていたようである。
なお現存しないが、風呂場も母屋から切り離された離れの形を取っていた。この配置から考えると楚人冠は風呂や寝室を母屋からわざと離して、庭伝いに行くことを好んだものと思われる。

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現存する敷地内の建物では最も古い「澤の家」。まだ別荘として使っていた大正11年にそれまでの小屋「枯淡庵」に代わって建てられた。母屋完成後は楚人冠の母親の居室として使われていた。

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「澤の家」は現在も修復整備が進められている。

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「澤の家」から母屋を望む。
広大な敷地内には、楚人冠が植えた椿を始めとする様々な植物が残る。

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洋館の内部はサロンと称される暖炉付きの洋室一間と、サンルームから構成される。

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サンルーム内部。

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家具調度や蔵書などもよく残されている。

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東京から呼び寄せた家具屋の見積額の高さに呆れて、出入りの大工に作らせた特製の書棚。
この書棚を始め、家屋内部の大型家具の配置はいずれも地震対策が入念に施されている。関東大震災で子息二人を失ったため地震対策には特に気を使ったようである。

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大正15年の改造で追加された暖炉。これも楚人冠によって設けられたもので下田菊太郎とは無関係。
この暖炉は楚人冠のお気に入りで、客人を通すにも家族団欒にも自らの寛ぎの場にも使っていたという。

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薪入れの箱に火箸や灰掻き棒、火の粉除けの金網など、附属品が一式揃う暖炉は珍しい。

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洋室から覗いた和室縁側。展示室も兼ねた和室は撮影禁止だった。

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書斎の楚人冠。

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現在の書斎。


現在、我孫子市杉村楚人冠記念館として母屋は有料公開、楚人冠の足跡を紹介している。
また庭園は無料で開放されている。

(参考資料)
「杉村楚人冠記念館解説書 楚人冠の生涯と白馬城」(館内販売資料)
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百年名家:「楚人冠邸」と「旧村上別荘」は我孫子を愛した文化人の館

”手賀沼の自然に魅せられ、我孫子を愛した文化人の生活を物語る極めて貴重な建物です”…と。 我孫子市は武者小路実篤や志賀直哉など多くの文人や芸術家が居を構えた別荘避暑地。 ゆかりある二人の文人宅①帝国大学教授の別荘「旧村上別荘」と ②国際的ジャーナリストの邸宅「杉村楚人冠邸」が、テレビ「百年名家」で紹介された。

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