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第744回・千里寺本堂

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以前本ブログにて、昭和3年(1928)に京都御苑内で行われた昭和天皇即位の御大典のため建てられた饗宴場の一部を移築した大阪府河内長野市の観心寺恩賜講堂を紹介したが、同記事では吹田市に現存する千里寺本堂も同じく饗宴場を移築したものとして触れた。今回はその千里寺本堂を取り上げたい。

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千里寺は浄土真宗本願寺派の寺院で、阪急千里山駅のすぐ近くにある。大阪の北郊に当たるこの界隈は大正末期に関西有数の私立大学である関西大学を誘致、文教地域であると共に大阪の郊外住宅地として開発が進んだ地域である。

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御大典終了後、解体された饗宴場は3分割され、大阪の観心寺と関西大学、奈良の橿原神宮にそれぞれ移築された。観心寺のものは恩賜講堂として現存、橿原神宮のものは平成10年の台風で大破、解体され現存しない。関西大学に移築されたものが今日千里寺本堂として使われている建物である。

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関西大学に移築された当初は武道場などに使われていたが、昭和28年(1953)に千里寺に譲渡され、現在地に再移築された。屋根は当初銅板葺であったが、千里寺の所有となった後瓦葺に改装された。

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構造材、内外装材共に旧饗宴場の部材が多く再利用されているが、屋根が瓦葺きに変えられているためか、一見みたところ外観は、よくある寺院の本堂と変わらない印象を受ける。

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しかし細部をよく見ると普通の寺院とは異なり、観心寺恩賜講堂と同様の特徴が発見できる。

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洋風の装飾が施された外付けの照明燈は、観心寺恩賜講堂と同じものが取り付けられている。

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寺の本堂の扉としては少々違和感を覚える洋風の扉も、観心寺恩賜講堂でも同じようなものが取り付けられている。なお千里寺のものは観心寺と異なり、一部が硝子戸となっている。

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千里寺本堂は、観心寺恩賜講堂と同じく国登録有形文化財となっている。登録文化財であることを示す解説版が正面入り口脇に置かれており、そこに内部写真が掲げられている。

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観心寺恩賜講堂と同じようなシャンデリアが残り、天井も観心寺恩賜講堂と同様、天井画が描かれた折上格天井となっている。但し千里寺本堂は観心寺恩賜講堂に比べ、天井はやや造りが簡素なようである。

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内部は通常非公開であるが、落語会など地域住民向けの催事の会場として使われることもあるようだ。
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