第79回・川奈ホテル

s_P2110203.jpg

静岡県伊東市川奈にある川奈ホテルは、昭和11年(1936)に大倉財閥の二代目・大倉喜七郎男爵によって開かれたゴルフリゾートホテル。スパニッシュスタイルの外観や英国風に仕上げられた重厚な大広間など、昭和初期のリゾートホテルの姿を現在に伝えている。

P21203102_convert_20170312234057.jpg

昭和3年(1928)、大倉喜七郎(1882~1963)男爵によってこの地にゴルフ場が開かれ、上流階級や外国人の人気を博していた。これに目を付けた静岡県(内務省)が「ゴルフ税」を導入し利用客から徴税することを発案すると、大倉男爵は激しく反発しゴルフ場を閉鎖して対抗、全面対決に至った。

s_P2120247222.jpg

当時、外国人観光客を誘致するためのホテル建設を各地で推進していた鉄道省国際観光局はこの状態を憂慮し、仲介に乗り出した。その結果、静岡県が事業主となり大倉財閥が大蔵省からの低利融資を受けて実施する形で、ゴルフを主としたリゾートホテルが誕生することになる。

s_P21203252.jpg

このように国が各種の便宜を図り、財閥や事業家によって建設された「国策ホテル」は川奈ホテルの他にも各地に存在する。現在も当時の建物が残されているものとして、雲仙観光ホテル(長崎県)、蒲郡ホテル(愛知県)、志賀高原温泉ホテル(長野県)、琵琶湖ホテル(滋賀県)などがある。

s_P2120249.jpg

手前の建物が昭和11年竣工の本館。奥の望楼を備えた建物は客室棟で、昭和32年(1957)の火災を受け翌年にかけて建て替えられたもの。当初は本館と同じ3階建で、特に望楼部分は和風の入母屋屋根が載っており、愛知県庁舎九段会館のような帝冠様式を連想させる姿であった。

s_P21202802.jpg

本館は外観、内装共に創建当初の佇まいがそのまま残されている。設計は戦前から戦後にかけて数多くのホテル建築を手掛けた高橋貞太郎による。現在はこの本館を挟む形で上述の客室棟や浴室棟、宴会室棟、ゴルフ用のクラブハウスが連なっているが、外観は全て本館と同じくスパニッシュスタイルで統一されている。

s_P2120244.jpg

玄関を入るとロビーとフロントがあり、その先に大広間へ続く硝子戸の扉がある。

s_P2120226.jpg

扉を開くと、英国風のチューダースタイルで仕上げられた重厚な大広間が現れる。

s_P2120231.jpg

外観は温暖な伊東の地をリビエラなど南欧のリゾート地に見立て、当時流行していたスパニッシュ様式が採用されているが、室内は英国のチューダー様式を中心にまとめられており、英国留学の経験がある大倉喜七郎男爵の趣味を反映したものになっている。

s_P2120233.jpg

大広間の暖炉。

s_P2120245.jpg

大広間から庭に続くテラス。
大広間を始めとする主要な部屋からは伊豆の海が一望できる。

s_P2120240.jpg

大東亜戦争中の昭和17年(1942)から敗戦までは海軍の徴用を受け、海軍病院として利用されていた。また敗戦後は全国各地のホテルや大邸宅の例に漏れず、米軍に接収された歴史を有している。

s_P2120228.jpg

大広間に隣接して階段を備えた小さなホールを挟み、大食堂(ダイニングルーム)とサンパーラーを配する。写真はホール中二階及び地階へ続く階段。

s_P2120297.jpg

ホールの中二階となっている部分は読書室となっており、大広間とサンパーラーを上から見渡すことができる。

s_P2120225.jpg

サンパーラー。外観の半円形に張り出した部分に当たる。フロリダやマイアミの別荘を思わせる造りとなっており、入口上部の窓は上述の読書室に当たる。

s_P2120287.jpg

大広間やサンパーラーは照明器具から家具の配置に至るまで、昭和11年開業当時の姿がほぼそのまま残されている。

s_P2120246.jpg

サンパーラーの周囲にはタイル張りのテラスを巡らせる。

IMG_2486_convert_20100307173239.jpg

大食堂(ダイニングルーム)内部。木組みを見せた天井などチューダー風の重厚さも見せるが、全体的にはモダンで明るい印象の食堂である。なお、大食堂の下には軽食堂(グリル)が設けられているが、こちらはごく簡素な造りとなっている。

IMG_2485_convert_20100307192232.jpg

大食堂の中央壁面にはタイル張りの噴泉が配されており、このあたりは外観に対応したスパニッシュ風の造りになっている。

IMG_2484_convert_20100307173051.jpg

大食堂天井の小窓に配されたステンドグラス。

s_P2120291.jpg

地階グリルの入口脇にはかつてのバーカウンターが残されている。現在、バーは昭和33年に建て替えられた客室棟1階に移転しており、このカウンターは使われていない。

s_P2120234.jpg

大広間に戻り、暖炉脇の扉をくぐると映写室を兼ねた談話室がある。こちらも堂々とした暖炉を備えた重厚な部屋である。

s_P21202372.jpg

談話室の暖炉。大広間の暖炉とは背中合わせになっている。

s_P21202322.jpg

大広間と談話室の暖炉は、現在でも冬季のうち一時期のみ薪を焚いているようだ。
現役で使われている暖炉は極めて少なく、貴重である。

s_P2120238.jpg

ギャラリーに張り出したボックスはかつて映写機が納まっていた部分で、背面の扉には現在も「CINE BOX」の文字が残されていた。

s_P21203022.jpg

二階ギャラリーから談話室を望む。当時はこの部屋で映画などを上映していたものと思われる。

convert_20100307172946.jpg

談話室の奥にはこじんまりとした造りの婦人用談話室が設けられており、タイル貼りの暖炉(火を焚かない形だけのもの)が設けられている。現在は囲碁将棋室として使われている。

s_P21202422.jpgs_P21202892.jpgs_P21202232.jpgs_P21202902.jpgs_P21202202.jpgs_P21202182.jpg

創建当初からのものと思われる照明器具の数々。

s_P2110210.jpg

昭和初期の財閥が贅を凝らして造り上げた空間を現在も体感できる貴重な場所である。

s_P2110208.jpg

平成28年(2016)、川奈ホテル本館は同時に敷地内に古民家を移築改造して造られた和風の離れ家である「田舎家」と共に、国の登録有形文化財として登録された。「田舎家」については、別記事で改めて紹介したい。

(参考文献)「近代日本の国際リゾート 1930年代の国際観光ホテルを中心に」砂本文彦著 平成20年 青弓社

(平成29年3月26日追記)
上記「田舎家」記事の投稿に伴い、写真を全面的に差し替えもしくは追加の上、本文を追加しました。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

syoukou

Author:syoukou
(ブログについて)
現存する近代日本の歴史的遺産(台湾など旧日本領土も含む)を建造物・土木構造物を中心に、思いつくままに取り上げております。

(写真について)
写真は特記しない限り管理人の撮影です。また絵葉書等の古写真は管理人の所蔵品、もしくは訪問先の展示品を撮影したものです。利用・転載等希望される場合は管理人まで御連絡頂けると幸いです。

(リンクについて)
リンクはフリーです。なお、リンクを張らせて頂いている他の方のページは一部を除き相互リンクとなっております。

(コメントについて)
記事と関係の無いコメントは削除させて頂く場合もあります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード