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第869回・京都大学工学部建築学教室本館

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京都大学吉田キャンパスの工学部建築学教室本館は大正11年(1922)の竣工。京都帝国大学(当時)工学部に大正9年(1920)に建築学科が創設されたことに伴い、初代主任教授となった工学博士・武田五一(1872~1938)の設計による。

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京都帝国大学の施設では初の鉄筋コンクリート(RC)造建築であり、それまで瓦屋根が載った赤煉瓦煉瓦造モルタル塗り仕上げ、あるいは木造ペンキ塗りの校舎が建ち並ぶキャンパス内で、フラットルーフを持つRC造の校舎は斬新な印象を与えたようである。

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当時流行のチョコレート色タイルを芋目地に貼った平坦な外観も目立つものであった。竣工当時、「建築」は「気障」を意味する隠語として学内で使われたこともあるという。

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タイルの貼り方を変えて装飾的に用いるのも、この時期のタイル貼り仕上げの建築では多くみられる。

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二階正面に設けられたバルコニー。

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バルコニーは正面の両端にも設けられている。

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武田五一は建築家であると同時に、主に京都を中心に教育者としても活躍、多くの人材を建築界に送り出した。京都との関わりは、文部省の命による図案研究のための欧州留学から帰朝間もない明治36年(1903)、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)の教授として京都に赴任したことに始まる。

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その後、帝国議会議事堂建設のために設立された大蔵省臨時建築部で技師を兼任、そして名古屋高等工業学校(現・名古屋工業大学)校長となり一時京都を離れるが、大正9年に京都帝国大学建築学科教授として京都に戻り、昭和7年(1932)の定年退官までその職にあった。

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玄関ホールの先には階段室が見える。緩やかな螺旋階段は鉄筋コンクリートならではの造形で、同時期の建物では旧札幌控訴院庁舎(現・札幌市資料館)でも見ることができる。

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階段室は上述の旧札幌控訴院庁舎と同様、背面に半円形に張り出している。

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階段室の窓には2種類のステンドグラスが嵌め込まれていることがわかる。

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ステンドグラス部分を拡大。

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国の登録有形文化財等特別の保存措置は受けていないが、建築学教室本館について京都大学では以前当ブログで紹介した土木工学教室本館や文学部陳列館などと共に、歴史的建造物として今後も保存・使用していくようである。
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